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012 ヒロインは定員制

 グレアムのレポート提出の期限が迫る中。

 マリエッタは「もう絶対に横道に逸れてやるもんか」と固い決意を胸に抱き、紅茶で喉を潤した。


(おいしい)


 マリエッタの張り詰めた心がふわりと緩む。


「おとぎの国において私はヒーローになれなかった王子だけで集まるモブ王子組合に加入している」


(モブ王子組合!?)


 どうやらおとぎの国の住人は、何かと組合を作りたがる傾向があるようだ。

 マリエッタはその事に気付き、また賢くなれたと満足気に再度紅茶をすすった。


「そこで得た情報によると、迷い人の持っていたノート。実はそのノートは神の創作ノートと呼ばれる究極のアイテムらしい」

「究極のアイテムですか?」


 マリエッタは初耳だと驚く。


「そう言えばヴィランズの間でも、そのノートの存在は話題に上がっているな」

「あぁ、ヒーロ組合でも話題になっていた。確かそのノートに書き留めた事は強制力として物語に影響を与えるとか。そんなノートだろう?」

「え、でもだったら、私は世界の神になるって書けば手っ取り早くないですか?」


 マリエッタのとっておきの閃き。それに対し三人は目を丸くする。


「やはり、マリエッタ君はダークヒロインなんじゃ」

「まぁ、その発想に思い当たってしまうという事は、確実にヴィラン側に堕ちかけているだろうね」

「だよな。天然系を売りにしていたはずのマリーがやたら鋭い指摘をするようになった。やっぱこれも悪役令嬢のせいなんだろうな」

「えっ、グレアム、それはどういうこと?」


 マリエッタは驚きつつグレアムに説明を求めた。


「つまりマリーはディアーヌ様がこの世界のヒロインになるべく働いている事により、その影響をモロに受けているということ」

「そうだろうね。転生者である悪役令嬢に洗脳されたディアは確実に君をこの国から追放しようと画策しているようだから」


(追放キター!!)


 マリエッタは思わず心でヒロインらしからぬ叫び声をあげる。


 今の今まで「流石に国外追放に比べたらマシ」などと乙女ゲー界隈のヒロイン達の話を完全なる上から目線で他人事だと思っていた。


(でも他人事ではない。国外追放は嫌)


 この先もこの国で生きて行く気満々。グレアムとの人生設計をしっかりと立てていたマリエッタは怯える。


「ダブルヒロインを立てられるほど、この国の設定に余裕がないからね。ディアが悪役令嬢としてここ、天然なすの世界のヒロインとなるか。それともマリエッタ君がその座を死守出来るか。二つに一つだろうね……」

「そんな……」

「しかも既に本編が終了しいている状況で、新たにディアーヌ嬢が自分に都合の良い物語に変えようとしているんでしょ?ま、その影響は計り知れないだろうねぇ。ご愁傷さま」


 怪盗ダイアの他人事っぷりにマリエッタは呆れる。


(でも実際のところ私は国外追放で済むかもだけど。最悪神が創造した物語を勝手に改編したら、国が滅びかねない可能性もある)


 マリエッタの脳裏に「国が滅びたのち、全国指名手配よ」と自嘲的に口にしていたヒロインの姿を思い出す。


(なんかやたら細かったし、やつれていたような)


 きっとヒロイン組合に顔を出せるようになるまでの道のりは想像を絶するものだったのかも知れない。


(それに、それに。ハッピーエンド確約が外されちゃうかも)


 現在でもディアーヌの台頭により、多少おかしな現象。例えばグレアムが「すき」とマリエッタに告白出来ない。そしてキス出来ないなどの弊害は起きている。


 けれど最終的にこのまま行けば、マリエッタはグレアムと結婚する運命だ。


(だってハッピーエンドって声が聞こえるもん)


 心の奥底にその声が響き、だからこそどんな事があっても今までは安心安全で暮らしてこれたのである。


(でももし、ディアーヌ様にこの国を乗っ取られたら……)


 もはやグレアムと結婚どころか、マリエッタは犯罪者として国を終われる羽目になるかも知れない。となると、生きるか死ぬかサバイバル系元ヒロインとして一生を密かに終える人生を歩む羽目になるかも知れないのである。


(そんなのバッドエンドでしかない。やだ、幸せになりたい。ハッピーエンド希望)


 マリエッタはキッと顔を上げる。


「これは私がヒロインの物語です。絶対にディアーヌ様に譲りません!!」


 マリエッタは高らかにそう宣言した。


「そうだな。俺だってマリーとこの先ずっと、今までのように明るくおかしく暮らしたい」


 隣に座るグレアムがマリエッタに真摯な顔を向けた。

 グレアムに以前のような実直さを感じ、マリエッタはドキリと胸が高鳴る。


「私だってそうだよ。見た目なすのへただけど、いつでも私を支えてくれたヒーローらしい紳士なグレアムとまたのんびり世界を救いたい」


 マリエッタの中のグレアム大好きリミッターが溢れんばかり、こんもりと膨れ上がる。表面張力で何とか堪えている状態だ。


「ふむ。そうか。しかしそれは無理かも知れない」

「えっ、何で?」

「確かに本編中は、俺も全年齢対象向けというサガを背負い、お前に対する邪な気持ちはこれっぽっちも抱かなかった。しかし俺は今、色々と解放されてしまっている」

「……なるほど?」

「何なら俺がマリーに向ける気持ちは、愛だの恋だのを通り越し、オールデイズ十八禁と言っても過言ではない」

「なっ!?」


 堂々とした表情でカミングアウトしたグレアム。

 マリエッタは赤裸々すぎるグレアムの台詞に言葉を失った。


「あー、遅まきながら訪れた思春期的な?」

「まぁ、私達はすでに十六歳ですしね。生存本能的にそういう年齢ではありますからね」


 一気に連帯感を醸し出す男性陣。

 満場一致な雰囲気に、なるほど男子はそういうもんなのか……とマリエッタは納得しかけてハッとする。


(いやいやいや、ここは女性向けだから)


 その上、ディアーヌによって中途半端に堰き止められた気持ちのせいで、マリエッタの恋愛における許容範囲はは未だ全年齢対象のままである。


 手を繋ぐだけでドキドキするし、キスされるかも知れない。そんなシチュエーションですら顔から火が出るほど恥ずかしい。


 それにこの先グレアムとキスをする機会に恵まれたらそれはきっと、弾けるレモンくらい爽やかであるべきだし、そうでなければならない世界なのである。


「ぶっちゃけ、グレアムだって殿下だって自分好みの女の子に迫られたらピーでピーだろ?」

「据え膳喰わぬは男の恥とか言うけどさ、流石に俺はピーでピーは躊躇うかもな」

「確かに迷う所ではあるが、何かの間違いでピーでピーした場合、私は立場上、媚薬でピーでピーという事にして逃げる」


 セドリックの言葉にグレアムが目を丸くした。


「お前モブ王子のくせに、最低だな」

「グレアムは知らないだろうけど、セドリック殿下は意外に昔からそういうとこあるよ?」

「怪盗ダイア君。君は勘違いをしているね?誠実が歩く男と言われているのだよ、私は。はっはっはっ」


 怪盗ダイア、セドリック。そしてグレアムがピーピーと、もはやヒヨコかよ!!と指摘したくなるような、全く意味不明な会話を口にしている。


 マリエッタにはピーピーとしか聞こえない。

 けれど、これは全年齢対象のヒロインが知るべき知識ではないからこそのピーピーなのであるに違いないと、マリエッタは確信した。


(やめて、これ以上グレアムを穢さないで!!)


 色情魔のようになったグレアムをマリエッタは蔑んだ目で見つめる。


(ディアーヌ様め!!)


 かつてないほどディアーヌを恨むマリエッタであった。


「それで、今後はどうするんですか!!」


 マリエッタはつい口調を荒らげる。


「マリーがめちゃくちゃ怒ってる」

「まぁ、リミッターがかかってるしねー。仕方ないよね。というか、グレアムお預けか。うける」

「全然ウケないだろ!!」


 セドリックに掴みかかる勢いのグレアム。


「マリエッタ嬢……今の話は国家レベルで内密に」


(言えませんよ、言えませんとも、言えるかボケ)


 三段活用気味にツッコミを入れるマリエッタ。


「コホン、神の創作ノートについては現在も迷い人である悪役令嬢の手元にある」

「それはいずれヒーローズ、ヴィランズ、そしてヒロインズで一致団結し奪い返すつもりらしい。人外ヒーローの会議で俺はそう聞いている」


 グレアムが壁に沿って置かれた大きなのっぽの古時計を気にしながらそう口にした。


「そうだね。各々の代表達が合同で作戦を練っているようだし。ま、モブ王子組合は呼ばれていないがな」


 セドリックがしょぼんとした顔になる。


「まぁモブ王子だしな。となると、先ずは目先の厄介な存在をどうするかって事だが……ぶっ殺すのが手っ取り早くね?」

「グレアム、たまにはいい事言うじゃん。グツグツ魔法の鍋で煮込むのはどうかな?」


 お互い憎むべき敵認定をしているはずの怪盗ダイアとグレアムがディアーヌをこの国から文字とおり抹消する事で盛り上がった。


「ダメよ!!ある意味ディアーヌ様だって被害者じゃない。話し合えばきっとわかる。だって同じ人間でしょう?」


 マリエッタの口が勝手に動いた。


(やだ、そんな事思ってないのに!!)


 むしろ今までの事を思えば、ディアーヌに対しギッタギタでギッチョンチョンという、擬音まみれな感情しかマリエッタは湧かない。


「流石ヒロイン。模範的回答をありがとう。私もディアーヌをぶっ殺したり、ぐつぐつ煮るのには反対だ」


 セドリックがマリエッタに微笑む。


(ごめんなさい)


「やっぱりヒロインはあんなにディアに酷いことをされても許すだなんて、君は正真正銘のヒロインだ。蚊にだって、喜んで腕を差し出す心優しい女性なんだね」


(うっ)


 マリエッタを正統派コメディ系ヒロインだと疑わないセドリックの澄んだ瞳にマリエッタは心を(えぐ)られた。


 実際のマリエッタは蚊に腕など差し出さないし、むしろ吸われる前に迷わずバチンする冷酷なヒロインだ。


「私はこうなる前のディアを知っている。彼女は決して悪役になれるような女性ではなかったし、何より私は今なお彼女を愛している」


 赤面もせず、王子らしく堂々と言い切ったセドリック。


(セドリック様、モブであるあなたが一番主人公らしく切実ですね……)


 マリエッタは自分とグレアム。そして怪盗ダイアをまとめて恥じた。


(いや、セドリック様はピーでピーする、駄目王子だった)


 マリエッタはうっかり爽やかな容姿と誠意ある言葉に騙されかけた自らを未熟者だと深く反省した。


「それでディアの事だけど。とりあえず、正攻法で目覚めさせてみようと思うんだ」


「正攻法ですか?」

「うん、モブ王子組合の会合で聞いたんだけどね?」


 自慢げな顔をしたセドリックの口から飛び出した正攻法の作戦。

 それを聞いたマリエッタは思った。


(たぶんそれ、うまくいかない)


 しかし、グレアムがレポートを仕上げる時間確保の為に、ひとまずその案に賛成する事にしたのであった。

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