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011 天然なすの住人による四者会議

 現在マリエッタはセドリック専用。寮内に存在する特別談話室にまたもや招待され、やたら座り心地の良い青い絹張りのソファーに腰をかけている。


「巻き込んでしまい、大変申し訳無いと思っている。しかし三人で協力し、何とかディアを正気に戻したい。それが今日君達をこの場に招待した理由だ」


(なるほど。だから怪盗ダイアが……)


 マリエッタは既に我がもの顔でソファーに陣取り、優雅に王室御用達。きちんと味のする紅茶を嗜む怪盗ダイアに警戒した視線を送る。


(というか、次こそ私がマウントを取ってやるんだから!!)


 マリエッタは決意を込め、メラメラと燃え盛る炎のようなどこか熱血漢のような暑苦しい視線を怪盗ダイアに向けた。


 というのも、前回ヒロイン組合防衛部の部員達が開催した「ヒロインらしく可憐に笑顔で悪役令嬢をぎゃふんと言わせる為の特訓」で生まれて始めてマリエッタは失神するという失態を犯した。


 怪盗ダイアの戯言に完敗したのである。


 そのあげく、防衛部のバトル系ヒロインの先輩達に「これだからコメディ系は」「あの子達、何でもオチを付けたがるから」という残念な視線を向けられたのである。


(でもさ、こっちは必死でそれこそ、髪振り乱して走っているのに隣で訳のわからない痛い言葉を吐き続けられてみて欲しい)


 誰だって全てを投げ出し、うっかり気を失いたくもなるというもの。


 マリエッタは誰に言うでもなく、密かに断言する。


(それに私は逆ハー界隈の住人じゃない。だから異性から甘い言葉をかけられるなんて対処しきれなくて当然なんだけど)


 そう。マリエッタは生まれてこのかたコメディ界隈を舞台に活躍していたヒロインだ。

 だからある程度「えっ、それはあり得ないんじゃ」というおかしな超常現象には人一倍慣れている。


(歩いていたらいきなりキウイの皮で滑るとか、空からタラバガニが振ってくるとか、その結果雷が落ちてきて骨の形が透けて見えちゃうとか……)


 その程度であればマリエッタは余裕で対処出来る自信がある。

 しかし、恋愛となると話は別だ。マリエッタの暮らす天然なすの小さな世界。そこでのヒーローはグレアム一択。


(しかも当て馬とかいなかったし、幼馴染補正で両片思いでスタートしたし)


 何度も言うがマリエッタの暮らす小さな世界はコメディだ。

 つまり恋愛難易度は乙女ゲー界隈や逆ハー界隈。それに正統派恋愛界隈に比べ断然イージモードである。しかもヒューマンドラマ界隈にありがちな、人類史上最古で、しかも終わりなきバトルであると噂される嫁姑の血肉を削るバトルもない。


(まぁそう考えると、バトル系ヒロイン先輩達が私の事を「これだからコメディ界隈は」って言いたくなる気持ちもわかるか……)


 結局納得してしまうマリエッタであった。


「マリー。君のその火傷しそうなくらい熱を持った視線で今夜は焼き肉パーティが出来そうだ」

「できません」

「あぁ、出来ないな。というか何でお前がいるんだよ」


 マリエッタの隣に座っていたグレアムが不機嫌な顔を怪盗ダイアに向ける。


「さっきセドリック殿下が仰っていたじゃないか。僕の力が必要だと」


 キラリンと白い歯を無駄にアピールする笑顔をマリエッタに向ける怪盗ダイア。


(押し付けがましいヴィランにもほどがある)


 マリエッタは怪盗ダイアを完全に無視する事に決め、とりあえず話を先に進めるべきとセドリックに顔を向けた。


「セドリック様。やっぱりディアーヌ様は迷い人だと噂される悪役令嬢。その人が代表を務める悪役令嬢組合に加入されているのでしょうか?」


 マリエッタの問いかけにセドリックは、あからさまに顔を曇らせた。


「私の調べによると丁度君達がこの国を救うために耐熱素材を収集していた頃。確か正確にはアクアゴブリンの元を訪れていた時期だ。あの時君達は魔法学校を不在にしていただろう?」

「あぁ、あれは本当に一言で表すならばギリギリ。際どい事件だったな」


 グレアムがかつての冒険を思い出したのか、眉間に皺を寄せた。


(主にギリギリだったのは、ゴブリンのハンケツパンツ……)


 マリエッタはヌルヌルテカテカ。エメラルドグリーンに輝くゴブリンの事を思い出し遠い目になる。


 何度も誰かのうっかりで滅亡の危機に扮するリーナス王国。その危機を救うのはいつもグレアムとマリエッタになる確率が高い。


(ま、今思えば主人公補正で最強だったのかも)


 マリエッタは納得し、一人静かにセドリックが口にしたゴブリンに思いを馳せる。


 ある時、リーナス王国に謎のウィルスが持ち込まれ、人々の高熱による体温上昇が熱波となり国を覆う事件が発生した。


 毎度お馴染み、リーナス王国滅亡の危機である。

 そこで主人公補正がかかり、何故か元気なグレアムとマリエッタはリーナス王国を救うべく立ち上がった。


(あの時は確か、熱冷(ねつさ)マシーンを作る為に頑張ったのよね)


 国を人々の高熱による熱波から救う為、叡智(えいち)をかけて設計されたその名も熱冷(ねつさ)マシーン。

 その完成にどうしても湖の周囲に生息するアクアゴブリンの体液が国家レベルで必要となったのである。


(何故ならアクアゴブリンの体液には耐熱効果があるから)


 そこでマリエッタとグレアムはスプーン片手に素材回収に向かった。しかしそこに生息していたアクアゴブリンはハンケツパンツに身を包み、とても見た目的に危険な状態だったのである。


(あの時はゴブリン達を説得するのが大変だったな……)


 寝冷えに悩むアクアゴブリン達をも救おうと、マリエッタはおへそまで安心パンツを開発した。そしてそのパンツを普及すべく、その活動に三ヶ月も月日をかけたのである。


(まぁ国も救えたし、アクアゴブリン達にこれで安心して寝られると泣いて喜ばれたから)


 結果オーライだけどねとマリエッタは清々しい表情になった。そして今はおへそまで安心パンツに身を包み安眠を手にしたであろう、ヌルヌルテカテカなアクアゴブリン達に思いを馳せた。


「君達がアクアゴブリンの寝冷え案件に手間取っている間に、どうやら迷い人とやらがこの国にも現れたらしい。ほら怪盗ダイア。君も覚えているだろう?」

「覚えてないな」


 素知らぬ態度の怪盗ダイア。


(まだセドリック様は肝心な事言ってないし!!)


 マリエッタの心のツッコミが炸裂する。

 悲しいかな、コメディ界隈に生を受けたサガである。


「君が「愛さレディ。今日からあなたも悪役令嬢」といったか。そんな題名のついた本を盗んだ子だよ」

「あぁ、あのおぞましい内容の……」


 怪盗ダイアが思い切り顔を顰めその身を震わせた。


「その設定集には何が書いてあったんですか?」


 すかさずマリエッタはセドリックに尋ねる。


「性悪ヒロイン達を貶める方法、悪役令嬢が愛されヒロインになる方法。性悪ヒロインを懲らしめる方法。性悪ヒロインからイケメンヒーローを奪う方法。確かそんな感じの事がツラツラと書き連ねてあったな」


 セドリックが淡々と恐ろしい言葉を口にした。


「女の怨念が詰まりに詰まって渋滞中という、そんな感じだったよ。マリーもやばいね」


 怪盗ダイアが小馬鹿にしたようにマリエッタに微笑んだ。


「性悪ヒロインとか……」


(どっちがよ)


 マリエッタは怒りを込め頬を膨らます。

 因みにこの「頬をふくらます」というあざとい行為は全世界共通ヒロインの特権スキルだ。


(ヒロイン以外がやったら、ただのあざとい子だし、同性からの評価が最低値を叩き出しかねないから要注意。もしそんな子がいたら、優しく「それはいけない」と諭してあげること)


 マリエッタは『ヒロインの心得友情編』のページ下に書いてあったワンポイントアドバイスを密かに思い出した。


「フグのようだね、マリー」

「黙れ怪盗ダイア。相変わらずお前は間違っている。いいか、マリーはフグをも驚愕(きょうがく)する可愛いさだ」


 グレアムは怪盗ダイアに間髪容れず指摘した。


(うーん、フグは可愛いけど、それでも素直に可愛いって言われたいような……)


 マリエッタは贅沢だとは思いながらも何処か微妙な気分になった。


「私は王子だ」


 突然セドリックが、この場にいる誰もが周知する当たり前の肩書を口にした。


「しかし私は天然なすの物語において、名前こそ与えられた存在ではあったが、そこまで重要――つまり主要キャラではなかった」

「まぁ確かにこの世界のヒロインはマリー。そしてヒーローは俺。ヴィランは怪盗ダイアだ。君はまぁ、前半に含みを持たせた感じで登場し、筆の乗った神にその扱いをついうっかり忘れ去られたという可哀相なキャラではあるな」


 グレアムはセドリックに憐れんだ視線を送っている。


「言われてみれば確かに。そう言えばセドリック様って本編で何をされていたんですか?」


 マリエッタは残酷とも思えたが、真実を知りたいという興味が勝りセドリックに不躾な質問をぶつけた。


「マリエッタ君……君は可愛い顔をして実は嗜虐しぎゃく性溢れるダークヒロインだったんだね……」


 セドリックが瞳を潤ませた。


「え、違います。良いこのみんなのお手本になるような、そんな素直なヒロインですよ?」

「ま、マリーは魔族の俺の側で育ったからな。俺の影響を受け邪悪な部分も持ち合わせているんだろう」

「そうだよねぇ。ヒーローが魔族な時点でアレなのにその上コメディ属性とか。確実に正統派ヒロインではないだろうね」

「ちょっと怪盗ダイア!!変な事言わないで。私は全世界が憧れるキラキラが漏れ出すヒロインなんですけど」


 マリエッタは怪盗ダイアを睨みつける。


「まぁ、思うのは自由だけどね」


 怪盗ダイアが嫌味っぽくそう口にした。


(おのれ、怪盗ダイアめ!!やはり悪とはわかり合えない。だって私はヒロインだもの)


 マリエッタは「だもの、だもの」と小さく呟いた。


「で、結局の所何が言いたいんだ?」


 グレアムが話題を本筋に戻した。


(流石ヒーロー。頼りになる)


 マリエッタはグレアムを愛情いっぱいの瞳で見つめる。


「その気持は有り難いんだけど、明日提出のレポートがまだ終わってなくて。ぶっちゃけ早く取りかからないとやばいんだよ……」

「えっ、だってグレアムはいつだって準備万端だったじゃない」


 明日提出のレポートを仕上げていないだなんて前代未聞の大事件だ。

 今までのグレアムは課題を出された日に仕上げ、なおかつ誰よりもクォリティーの高いものを提出していた。だからこそ将来を期待され、国から特別奨学生として補助金が出ている。


(どうしたの、グレアム!!)


 一体何があったのだろうか、具合でも悪いのだろうかとマリエッタはうかがうようにグレアムの顔をジッと見つめる。


「本編終わったらさ、なんか気が抜けちゃって」


 マリエッタの視線に気付いたグレアムは照れたようにそう口にした。


「あーグレアムのソレはあれだよ。受験と一緒。魔法学校に入る事がゴールになって、それを達成したら、目的達成とばかり腑抜けてしまうやつ。気持ちはわかるけどさー、やばくね?」

「燃え尽き症候群というやつだろうな。ま、人生走りっぱなしは辛いからな」


 怪盗ダイアとセドリックが妙に納得した顔でそう口にした。


「そ、そうなんだ。わかった。じゃ、とりあえず今後ディアーヌ様を元に戻す方法について話し合おう。まきで」


 マリエッタはこれ以上グレアムが堕落しないようにと、慌ててそう提案した。

 世間一般的なところ、比較的闇落ちしやすい魔界の王子だ。闇落ちした結果グレアムが人間を襲い、その結果自分がグレアムと戦う事になるのは御免だ。


(ほのぼのコメディ路線は死守する。そしてグレアムは堕落させない)


「マリー、ありがとな。俺最近自分に自信なくてさ。そうやって気にかけてくれると、ほんと助かるぜ」


 グレアムはそれはもう素敵な笑みを顔に浮かべ、マリエッタにそう言い切ったのであった。

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