010 友情、努力、根性、笑顔とイケメンヴィランズ
「ゆうじょーう」
「ファイオー、ファイオー」
「努力ーー」
「ファイオー、ファイオー」
「根性ーー」
「ファイオー、ファイオー」
「笑顔ーー」
「ファイオー、ファイオー」
「ヒロインーー」
「ファイオー、ファイオー」
今回もまた鏡経由でヒロイン本部を訪れたマリエッタ。
今日は魔法学校のジャージ姿に身を包み、体育館らしき場所をぐるぐる走って回っている。
というのも、現在マリエッタはヒロイン組合防衛部が主催する『ヒロインらしく可憐に笑顔で悪役令嬢をぎゃふんと言わせる為の特訓』という会に参加しているからだ。
ピィィィー。
笛の音が鳴ってようやくようやく休憩だとマリエッタは足を止め、その場に崩れ落ちる。
「た、体力が……」
マリエッタは四つん這いになり肩で息を整える。
「わかる。料理なら得意なんだけど」
マリエッタの隣でゴロリと寝転がるのはメアリーヌ。
「そもそも、バトル系悪役令嬢にはバトル系が立ち向かうべきだと思うんだけど」
「マリー。その意見には完全同意だわ。走ってる時間があったら、私達は国民の為にもギャグセンスを磨くべき」
「仰る通り過ぎるよ、メアリー」
マリエッタはメアリーヌの横で大の字になる。
「でもさ、マリーって魔法使えるんだよね?」
「うん。私こう見えて奨学金をもらってるくらいには魔法が得意」
「えっ、凄いじゃない」
「まぁね。コメディ界隈とは言えヒロインだから。メアリーは国ではどんな感じなの?」
「あー、私は一応侯爵令嬢って感じ」
マリエッタはガバリと半身を起こす。
「えっ、メアリーってお貴族様なの!?じゃ、ヒーロはもしかして青ひげ王子様?」
「正確には、ワイルド系青ひげ王子だけどね」
(ワイルド系青ひげ王子が三分間クッキング……やばいちょっとカオスで笑える)
流石コメディ界隈の住人だとマリエッタはニマニマした。
「ちょっと、笑わないで。物凄く素敵な人なんだから」
「ごめん、わかってる。メアリーがいい子だもん。きっと素敵な人に決まってる」
「そうよ。素敵。ってマリエッタのヒーローはどんな人なの?」
「魔界の王子だよ。髪型はなすのヘタみたいな感じで、それで普段は魔族って事を隠しているから分厚いもっさい眼鏡をかけてるの。だけどその眼鏡を外すと、美しい真っ赤な瞳。最近口癖が「ぶっ殺す」なのはイケてないけど、でも大好き」
マリエッタはメアリーヌにグレアムの素敵を余すこと無く伝え、満足気な顔を向ける。
「細かくありがとう……よっぽど好きなんだって事がわかった。なるほどね。なすのヘタでもっさい眼鏡でぶっ殺す」
プププと笑い出すメアリーヌ。
「そっちもワイルド系青ひげ三分間クッキングのくせに」
マリエッタは口を尖らせ、すぐにメリアーヌ同様ワイルド系青ひげ王子を想像し笑い出した。
「はい、ヒロインの皆様。休憩終了よ!!今日は若手ヴィランズの精鋭達が特訓の手伝いに来てくれました」
教官役のバトル系ヒロインがパンパンと手を叩きながらそう告げた。
「え、ヴィランズが?メアリー知ってた?」
「知らない。特訓の手伝いって何をするんだろうね?」
マリエッタとメアリーヌはそんな会話を交わしながら立ち上がる。そして教官の元に集まるべくトボトボと足を進めた。
(一体何をするんだろう?)
マリエッタは正直ヴィランズと共同で特訓をする意味が全く思いつかなかった。
何故ならヒロインの相方はヒーロー。その事実は全世界の常識だからだ。
(だからヒーローと訓練ならわかるんだけど)
何故ここでヴィランズなんだろうとマリエッタは疑問に思ったのである。
「今回私達は悪役令嬢を懲らしめる為にかつて敵対していたヴィランズとタッグを組む事になります。皆さんの中にはヴィランに対し個人的な恨みを抱く人もいると思います」
(まぁ、そうだよね)
マリエッタにも本編で因縁の相手がいた。怪盗ダイアだ。
魔法学校に生徒として侵入していた怪盗ダイアは次々と生徒の私物を盗み、一時期魔法学校を窃盗の恐怖に陥れたのである。
(あの時はみんながみんな疑い深くなっていて、殺伐としていたっけ)
マリエッタは魔法学校における暗黒時代を思い出し顔を歪ませた。
最終的にはグレアムとマリエッタが二人で放った魔法が奇跡的に脅威のシンクロ率を弾き出し、あり得ない庶民を舐めるなパワーと変換された。そして怪盗ダイアは地面にひれ伏す事となったのである。
(それで騎士団に逮捕されて、それから刑期を終えて)
現在は行方不明。国内にいるのかどうかすらわからない状況だ。
(怪盗ダイア……まさかヴィランズの中にいたりしないよね?)
成敗済みな上、一応罪を償ったので今更怪盗ダイアをどうこう思う気持ちはない。
けれど出来れば、過剰なほどの魔法パワーで床ペロリンさせた相手にはなんとなく会いづらいというのがマリエッタの本音である。
「――ということで、ヴィランズに入ってきてもらいます」
(あっ、聞いてなかった)
マリエッタが慌てた瞬間、教官がパチンと指を鳴らした。すると、教官の隣にボンッと白い煙が現れ突然黒いジャージを見に纏う男の人の群れが現れた。
「キャーー!!」
「イケメン!!」
「私は左から三番目」
「私は全部。というか誰でもいい」
主に逆ハー界隈と呼ばれる苺柄でハートのネックレスをしたヒロインたちが興奮した声を出す。
「あそこまで行くと、清々しい。というかみんなそれぞれもう何人もお相手のヒーローがいるんだよね?」
メアリーヌは理解し難いという顔をついうっかり逆ハー界隈のヒロイン達に向けている。
「ま、そういう運命の下に生まれて来たヒロイン達だから。それに沢山の人に愛されるって事だから、どの子も魅力的じゃん」
「あー確かに。私達よりはずっとレベルが高いよね」
「つまり私達もヒーローの愛は永遠なんて、あぐらをかいてちゃいけないってこと」
マリエッタはメアリーヌに恋愛上級者といった得意げな顔を向ける。
「たまには良い事言うじゃない、マリー。って右から五番目。こっち見てるけどマリーの知り合い?」
「えっ?」
マリエッタは慌てて前に並ぶヴィランズに顔を向ける。
(右から五番。ふむ、確かにイケメンだけど……ってやば目が合った)
マリエッタは右から五番。シルバーブロンドの髪に青い瞳の青年としっかり目が合った。そして何となく既視感を覚え首を傾げる。
するとそんなマリエッタを見て、右から五番の青年がふわりと顔を緩めマリエッタに微笑みかけた。
「うそ、怪盗ダイア!?」
マリエッタは慌てて口元を覆う。
マリエッタの記憶の中に存在する怪盗ダイアの姿よりずっと大人っぽく成長していてすぐには気付かなかった。
(だけど、確実にあれは怪盗ダイアだ!!)
マリエッタは動揺し忙しなく目を泳がせた。
「今回ヴィランズに協力を頼んだのは他でもありません。ヒロインの心得二十八。はい、おたんこなすのマリエッタさんお答え下さい」
マリエッタが明らかに挙動不審だったせいか、教官に名指してされてしまう。
(ちょっと、おたんこなすじゃなくて天然なすなんだけど)
咄嗟にそう思ったが、今やるべき事は一つ。それはまずヒロインの心得二十八を思い出す事だ。
「えーと、ヒロインは例えイケメンヴィランに誘惑されたとしても、悪にその身を落としてはならない……です」
何とか思い出す事が出来たマリエッタはこれで恥をかかないで済んだと、ホッと胸を撫で下ろす。
「よく出来ました。その通り。ということで本日はヴィランズの皆様のお力を借り、実際に誘惑に負け悪に寝返らない訓練を行いたいと思います」
教官が口にした言葉に驚くマリエッタ。
「えっ、悪役令嬢を倒すのにそれ必要?」
「奇遇ね、マリー。私も今まさにそう思ったわ」
「だよね。逆ハー界隈のヒロイン達なら訓練する意味あるかもだけど、私達はいらないよね?」
「そうよ。なすのへたと青髭ラブだし」
「だよねーー」
マリエッタは愛するなすのヘタ――グレアムを頭に思い浮かべ、メアリーヌの言葉に大きく頷いたのであった。
★★★
こうして始まったイケメンヴィランズの誘惑に打ち勝つ訓練。
当初は「必要ない」と口にしていたマリエッタであったが。
(かなり、ピンチなんだけど)
現在マリエッタはヴィランズ、もといイケメンヴィランとなって自分の前に現れた怪盗ダイアの本気を目の当たりにしている。
「残念だな。僕が本編前に君に出会っていたらきっと……」
マリエッタの横で汗一つ垂らさず、軽やかに走る黒髪に緑のメッシュの入った怪盗ダイア。
先程からゼーゼーハーハーと息を切らすマリエッタに涼しい顔でひたすら呑気に話しかけてきている。
そんな状況の中マリエッタはひたすら防御という名の無視を決め込み、顔をひきつらせながら体育館をランニングしている所だ。
(きっと何なのよ……というか、なんでランニングしなきゃなんないの?)
日頃の運動不足がたたったのか、マリエッタは既に瀕死状態。
正直、イケメンだろうとヴィランだろうと、なすのへただろうと、この際もう全てが邪魔でしかないと顔を歪ませる。
(お願い、一人で静かに走らせて、そしてゴールをさせて)
マリエッタは汗を垂らし、既にもつれそうになる足を何とか前に運びながらゴールテープを切る自分をイメトレする。
何故ならマリエッタはバトル系ヒロインである教官から告げられたミッション。
『イケメンに愛を囁かれながら体育館二十八周。みんなで精神力を鍛えましょう!!』
というツッコミ所満載であるミッションの最中だからだ。
(何はともあれ、あと少しで勝つ!!)
思うところは多々ある。しかしマリエッタはその全てに蓋を閉じ、残りあと二周でゴールという所まで来ているのである。
「額から流れる雫は、僕を見てドキドキしてるからなんだろうな」
(違うから。ただの皮膚にある汗腺という器官から出てきた液体だから……)
この世の悪霊を全て肩に乗せたかのように、げんなりし足取りも重くなるマリエッタ。
「この世の全ての者に君が殺意を抱かれたとしても、僕だけは君の味方だよ、小リスちゃん」
(私は一体何をしたらそこまで恨まれるの?)
怪盗ダイアから浴びせられる言葉に、いちいち指摘しなくてはならないマリエッタ。
どうみてもコメディのサガ。しかしそのサガのせいで精神、体力共にすり減り具合が限界値を突破しそうだと涙目になる。
(普通のイケメンヴィランで全然いいのに)
マリエッタはコメディ界隈にどっぷり浸かる怪盗ダイアにうんざりしつつ、しかしゴールを目指す。
「私はヒロイン。ハッピーエンドを背負う宿命の女よ!!負けない。言葉の暴力はんたーーい!!」
もはや自分でも何を言っているか良くわからないマリーはスピードをあげた。
「子リスちゃん、ちょっとペースがはやいんじゃないかな?」
(だって早くゴールしないと、心がもたないから!!)
マリエッタは最後の一周を自分の限界を超え、ハイペースで走る。
「あと五秒でマリー。君は失神する。何故なら僕の美しさにあてられてね」
(違う……運動不足がたたっただ……け……)
心で何とか言い返すマリエッタだったが、怪盗ダイアの言う通り。マリエッタはその場にパタリと倒れたのであった。