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001 ストロベリーブロンドの悲劇

お読み下さってありがとうございます。



 全寮制の魔法学校に通うマリエッタは穏やかな日差しが差し込む中庭のベンチに腰をかけていた。マリエッタの隣には、なすのヘタのような髪型をした黒髪の青年が座っている。


 マリエッタと同じ孤児院出身。幼馴染のグレアム・イーストンだ。


(とうとう私は告白されちゃうのかな)


 現在マリエッタは緩みそうになる口元に力を入れ、何とかだらしない顔になるのを必死に堪えている。


「つまり、何が言いたいかと言うと、俺たちって物心ついた時からの知り合いって言うか、もはや家族って言うか」


 いつもはわりと端的な物言いをするグレアム。

 しかし今日は遠慮がちだ。その上遠回しな言葉を重ねなかなか要点を口にしない。


(かれこれ、三十分はこんな感じだけど)


 そんな所にもグレアムの実直さを感じ、グレアムを愛してやまない気持ちに全身が包まれるマリエッタ。


「そうだよね。私達ってずっと一緒に育ったわけだし。家族みたいなもん。異議なしだよ、グレアム」


 昂ぶる心を完璧に隠し、マリエッタはグレアムに自然な感じで相槌を打つ。


 そして緊張した様子で隣に座るグレアムの顔をひっそりと観察する。

 黒髪に分厚い眼鏡。グレアムは一見すると冴えない見た目だ。しかし実際は違う。


(眼鏡を外したらとっても格好いいんだから)


 でもそれはグレアムの幼い頃を知るマリエッタだけの秘密。


(だってグレアムが格好いいってみんなにバレたら嫌だもん)


 グレアムは誰よりも優しいし、努力家で頭だっていい。その上見目麗しい事が周囲に知られてしまった場合、女子生徒からモテモテになる事は間違いない。

 マリエッタはその事だけは避けたいと切実に願う。


(だってグレアムは私の初恋で、もうずっと好きな人だから)


 自分だけがグレアムの良さを知っていればいいのだ。


「俺とお前はもうずっと傍にいるのが当たり前で、しかも家名だって同じイーストンだろ?」


 うんうんとマリエッタは頷く。

 二人に共通するイーストンは孤児院の名前。この国の決まりで孤児院出身者は出身孤児院の名前を家名として名乗るシステムになっている。


(だから、グレアム・イーストンとマリエッタ・イーストン)


 二人の家名は被っている。

 マリエッタは心でグレアムと自分の名前を呟き、何だか今更照れくさくなる。


(家名が好きな人のものに変わる事を喜ぶ人もいるけど。でもやっぱり私はイーストンが好き)


 イーストン孤児院はマリエッタにとってグレアムとの思い出がいっぱい詰まったかけがえのない場所だ。

 勿論良いことばかりではない。親がいないという事で辛いことも沢山あった。それでもやっぱり大好きなグレアムと同じ家名を既に名乗れるというのは、今思えば嬉しくて得した気分だとマリエッタは浮かれた気分になる。


「だから今更って感じなんだけど」


 グレアムが膝の上に乗せた自分の手をギュッと握りしめた。


(どんとこい、グレアム。はい喜んでの準備は完了よ!!)


 興奮で鼻の穴が若干膨らむマリエッタ。その事に気付いて慌てて鼻先から力を抜く。

 一生に一回きり。大好きな人からのたぶん愛の告白なのだ。


(完璧な私で受け止める、だってグレアムのこれから口にする言葉は私の一生の宝物になるはずだから)


 マリエッタはこの瞬間を一秒でも見逃すまいという気迫でグレアムの横顔を見つめる。するとグレアムも緊張した面持ちでマリエッタにゆっくりと顔を向けた。


「マリー、俺はお前の事が」


 マリエッタの心臓がこの瞬間、世界で一番幸せに鼓動を打った。


「もうずっとす――」


 あと一文字でこの世界がバラ色に包まれる。

 マリエッタがそう確信した、まさにその瞬間。


 体の中にあった何かがパリンと割れる音がした。


 そしてよく通る女性の声がグレアムが言いかけていたマリエッタにとって非常に大事な言葉を無残にもかき消した。


「ストロベリーブロンドの髪色……見つけたわ」


(え?何?)


 不穏な声に慌ててグレアムから顔を反らすマリエッタ。

 最初に目に入ったのは、自分と同じ魔法学校の黒いワンピースの生地だ。そしてそのまま顔を上に向け、マリエッタは驚きでピシリと固まる。


 そこにいたのは赤髪ツリ目、そして女性としての魅力を余すこと無く完璧に兼ね備えた艶やかな美女ディアーヌだった。


(えっ、何でディアーヌ様が私を睨んでいるのだろう?)


 マリエッタはあり得ない光景にキョトンとした顔になる。


 マリエッタの前に現れたディアーヌはこの国の第一王子であるセドリックの婚約者であり、名門と言われる由緒正しい侯爵家の娘。

 庶民であるマリエッタとは通常であれば人生が交わることがない、マリエッタ曰くあっち側の人間だ。


「隠しても無駄よ。あなたがヒロインね」

「え、ヒロインですか?」


(それって、物語の女主人公の事だよね)


 一体それと自分に何の関係があるのだろうかと、マリエッタは間の抜けた顔をディアーヌに向ける。


「ストロベリーブロンドの髪。リスみたいなくりんとした琥珀色の瞳。全体的に庶民にしてはあり得ないくらい可憐な顔。完全一致だわ」


(だから一体何が?)


 ベンチに腰掛けた自分を睨みつけながら観察するディアーヌ。

 その口から飛び出す言葉の意味がマリエッタにはいちいち不可解過ぎる。


「体の作りは貧相だけど、でも物好きな人間はいるし」


 手に持った扇子で顔半分を隠したディアーヌはマリエッタの体をくまなく視線で確認する。

 ディアーヌの不躾な物言いと態度に段々とマリエッタは苛々してきた。


(突然現れて人生最大、愛する人からの大事な言葉を奪った罪。許すまじ)


 ディアーヌを睨みつけ、ついでに雷魔法を天から数本落としたい嗜虐しぎゃく的な気持ちをマリエッタは何とか堪える。何故ならマリエッタは後ろ盾も何もない庶民だから。


(悔しい。だけど、お貴族様に楯突くなんて出来ない)


 ここで楯突けば、グレアムと結婚する事も出来ないかも知れない。運良く出来たとしても二人にいつか子供が出来たら、その子を巻き込み酷い仕打ちをされてしまうかも知れない。


(それに、グレアムと私の実家。イーストン孤児院に対する配給の割り当てが減らされてしまう可能性だって高い)


 マリエッタの脳裏に古びた服を身に着け常にお腹を空かし、それでも健気に生きる小さな子ども達の顔が浮かぶ。


(更に言えば、グレアムと私の魔法学校の奨学金が停止されてしまうかも知れない)


 だから我慢とマリエッタはギュッと膝の上に揃えた両手を握りしめる。


「しかも今まさに男を誘惑中なのね。あなた名前は?」


 ディアーヌはマリエッタの隣に座るグレアムに視線を移した。


「グレアム・イーストンです」


 渋々といった感じでグレアムが自身の名を口にした。


「あら、イーストン。つまりあなたは孤児院出身なのね?」


(いちいち言うこと?)


 マリエッタの心は逆撫でされる。


「なるほどね。先ずは身近な男で腕試しってとこかしら?」

「失礼ですけれど、何の事を仰っているのか全くわかりません」


 マリエッタは怒りを込めた顔になり、とうとうベンチから立ち上がった。


「あら、私がうっかり的を得た事を言ったから本性を出したのかしら?」


 不敵な視線をマリエッタに向けるディアーヌ。


「悪いけど今後はあなたをしっかりと監視させてもらうわ」

「監視ですか?」

「そう。あなたはこれから次々と男を誘惑するであろう属性持ちだから」

「誘惑する属性って何ですか?」


 マリエッタは錯乱していると思われるディアーヌに冷静に問いかける。


「あなたのそのストロベリーブロンドの髪色よ」


 ピシリと扇子を閉じ、誇らしげに告げたディアーヌ。

 その姿に思わず首を傾げるマリエッタ。


(ええと、一体何?私の髪の毛がピンクだから絡まれてるってこと?)


 でもそれは仕方のない事だ。

 髪色は遺伝による所が大きい為、本人が自由に選ぶ事は出来ない。


(というか、生まれて来る時に自分で髪色を選んだ人がいたら是非とも会ってみたいんだけど)


 マリエッタはディアーヌが自分に絡んできたあまりにくだらない理由に気付き、その場で脱力した。


 しかしこれはヒーロー、ヒロイン、悪役と言った言葉が乱立するおとぎの世界で起こった、後に「ヒロイン悪役令嬢の変」と歴史に名を刻む事になる大きな事件の始まりであった。

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