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真っ白なドレスと、前世の願い事

「アイリスは未だ準備中か?」


「はい。女性の準備には時間が掛かるものですよ、リアン様」



 扉の向こうで、旦那様とロイの声が聞こえる。



(ごめんね、旦那様。いつも待たせてしまって)



 前世でも、デートのたびにわたしはそうやって謝って、でもその度に旦那様は良いよって笑って許してくれた。



(楽しかったなぁ……待ち合わせのドキドキ感を味わうの)



 出会ってすぐに一緒に住んでいるのだし、現世で味わうことはないかもしれないなぁ、なんて思いながら、わたしは笑った。



「スミマセン、お待たせしました」



 わたしはそう口にしつつ、ドキドキしながらドアを開けた。



「アイリス、準備は……」



 旦那様はそう言って目を丸くする。

 ドアの前にはいつも通り、最高に素敵な旦那様と、外出用の小さなシルクハットを被ったロイがいた。二人とも準備万端って感じで、何だか申し訳なくなる。



「旦那様っ」



 わたしは下から旦那様の顔を覗き込む。そしたら、旦那様はわたしからそっと目を逸らした。



(がーーん!)



 思わずわたしは心の中でそう叫ぶ。

 目を逸らされてしまうぐらい、待ちくたびれてしまったんだろうか。もしかして、チビなのに準備に時間が掛かりすぎだって呆れられたのかもしれない。後悔とかショックとか、色んなものが一気に押し寄せる。



「アイリス様、可愛いです! よく似合っていらっしゃいますよ!」



 その時、ロイがそう言ってわたしの方に駆け寄った。ショックで打ちひしがれていたわたしは、ロイの一言で少しだけ気持ちが浮上する。



「そう? 良かった……でも、旦那様を酷くお待たせしてしまって…………」



 ごめんなさい、ともう一回口にして、わたしは俯いた。気を抜くと涙が零れ落ちそうだった。



(どうしよう……旦那様に嫌われたら、わたし生きていけない)



 こんなことなら気合入れて準備なんてしなければ良かった。普段通りに着飾って、旦那様の隣を歩けるだけでも十分幸せだったのに――――。



「アイリス、顔を上げて」



 その時、旦那様がそう言って、わたしの両頬を優しく包んだ。本当は今にも泣き出しちゃいそうで嫌だけど、これ以上旦那様に嫌われたくないから言われた通りに顔を上げる。すると、目の前には滅茶苦茶甘く、はにかんだみたいに笑う旦那様の顔があった。



「ドレス、すごく似合ってるよ」


「……へ?」



 心臓がドキドキと高鳴って、全身がめちゃくちゃ熱くて、溶けてしまいそうになりながら、わたしは目を見開いた。



「髪型も綺麗にセットしてるし、お化粧も……すごく可愛い」



 さっき逸らされたはずの旦那様の瞳は、真っ直ぐにわたしに向けられていて、そんでもって頬がほんのりと紅い。もしかして……もしかしてだけど、旦那様、照れていらっしゃる?



(きゃーーーーーーーー!)



 心の中でそう叫びながら、その辺を走り回りたい気分だった。

 天国から地獄ってきっとこういう気分だ。良かった、嫌われてなんか無かった!そう思うと心が熱くて堪らなくなる。

 旦那様がわたしのことを撫でてくれて、面と向かって可愛いって言ってくれて、ここ最近のわたしはすごい。前世で非業の死でも遂げたのだろうかって思うぐらい、甘やかされてる。



「嬉しいですっ! ありがとうございます! 旦那様のために、一生懸命準備しました」



 満面の笑みを浮かべながら、わたしは旦那様を真っ直ぐに見上げた。本当はギュッて飛びつきたかったけど、そこはさすがに我慢した。クルッて回って見せたら、旦那様は眩しそうに目を細めて、頭をゆっくり撫でてくれる。



「アイリスは白が良く似合うね」



 旦那様の言葉にわたしは微笑む。

 わたしが選んだのは、真っ白な布地にレースが可愛らしいドレスだった。

 前世で初めて旦那様とデートしたときに着ていた服とよく似ている一着で、その時は『まるで花嫁さんみたいだね』って、旦那様に言われたくて一生懸命選んだ。



(初めてのデートで花嫁さんだなんて、重かったのかもしれないけど)



 旦那様が『可愛い』ってたくさん褒めてくれた思い出はわたしの宝物で。一生――――死んでも忘れることはなかった。



「ーーーーまるで花嫁さんみたいだ」


「え……?」



 その時、物凄く唐突に前世のわたしの願いが叶った。

 あまりのことに自分の耳が信じられないくらいだったけど、何度思い返してみても、旦那様の言葉が、声が、ハッキリと心に焼き付いている。

 旦那様は太陽でも見つめる時みたいな眩しそうな、けれど温かい瞳をしていた。まるで自分の花嫁さんでも見るような優しい表情に、わたしの目から涙がポロポロ零れ落ちる。



「アイリス?」



 急に泣き出したわたしを心配して、旦那様がわたしを抱きかかえる。



「どうした? どこか痛むのか?」



 焦ったような表情の旦那様。わたしは首を大きく横に振って答える。



(違うんです、旦那様。わたしはただ、ひたすら嬉しい)



 まるで一生分の幸せを使い果たしてしまったんじゃないかって思う程、わたしは幸せだった。



「目にゴミが入ってしまいました」



 旦那様の胸にギュッてしがみ付きながら、わたしは笑った。

 もしも現世でまた、わたしが旦那様の妻になれたら、結婚式ではさっきみたいな顔で笑って欲しいなぁって思う。真っ白なウェディングドレスを着て、綺麗にお化粧をして、きっとわたしはまた泣いちゃうけど。笑って許してくれたらすごく嬉しい。

 優しくて温かい旦那様の腕の中でそんなことを思いながら、わたしは一人微笑むのだった。

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