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初めてのお出かけ

 旦那様の朝は早い。

 太陽が昇る時間に合わせて起床し、身支度を整えて、それから一時間、みっちりと朝の鍛錬をする。竜人だからといって鍛えなかったら身体は鈍るらしく、ストイックに身体を苛め抜く旦那様は最高に格好良かった。

 そんな旦那様のために、わたしはパンを焼くことにした。

 パンはこっちの世界の主食だから、お店で簡単に既製品が買える。だけど、ハーブやベリーを練り込んで味の変化を楽しめるし、何より愛情をたっぷり込められるから良いなぁって思ったのがキッカケだった。



(本当は味噌や納豆があったら良かったんだけどなぁ)



 前世の旦那様は、和食も洋食もどっちも好きで、曜日ごとに朝食の内容を変えたりしてたんだけど、如何せんこの世界には和食向きの食材が少ない。と、いうより、必要性が少ないから開発が進んでいないというのが正解なんだと思う。



(大豆に似た豆はどっかに存在するだろうし)



 わたしたちが住む国は四季があって、それこそ前世の気候に似ているし、自然育つ植物なんかも似るはずなのだ。



「旦那様」


「ん? どうした、アイリス?」



 ある朝、朝食の席で、わたしは旦那様にそう切り出した。

 テーブルには焼き立てのパンとミルク、ロイが育てているフルーツが並んでいる。



「今日、ロイと一緒にお買い物に行っても良いですか?」



 屋敷に来てから向こう、わたしは敷地の外に出たことが無かった。

 旦那様は日中仕事に行ってていないし、ロイと遊ぶのは楽しいけど、そろそろ外が恋しくなっていた。

 前世の味を再現するために食材を探してもらおうにも、口頭だけでイメージを伝えるのは難しいし、自分で買いに行った方が断然早い。



「……欲しいものがあるならロイに買いに行かせるか、俺が買ってくれば良い」



 旦那様のお返事は、さり気なーーくわたしの提案が却下されたことを意味していた。

 魔族に襲われて命を落としかけたわたしを、旦那様が外に出したくないのは分かる。心配してくれているんだって分かってるんだけど。



「でもでも、いつまでも引き籠っていたら身体に悪いですし、この辺りの地理にも詳しくなりたいんです!」



 今日のわたしは簡単には引き下がらなかった。旦那様を見つめながら、唇を尖らせる。すると、旦那様は眉をへの字に曲げて、わたしを見つめた。



「まだ、この間の傷が癒えたばかりだろう?魔族の中には血の臭いに集まる者が多い。この間のように襲われたら――――――」


「リアン様の血の加護があるから平気ですよ、きっと」



 そう口にしたのはロイだった。人懐っこい笑みを浮かべ、私の隣でブンブン尻尾を振っている。



「ロイ――――」


「アイリス様には今、最強種族『竜人』様の血液が流れているんです。その事実だけで、殆どの種族はアイリス様に手出しができなくなるんですよ」


「へぇ……そうなんだ」



 ロイは無邪気にそんなことを言っているけど、旦那様のご機嫌はちょっぴり斜めだ。きっとわたしに隠しておきたかったんだろうな。



(まったく、過保護なんだから)



 前世ではそんなことなかったけど、それってやっぱりわたしが幼いからなんだろうか。もう少し大きくなってから出会うべきだったのかなぁって一瞬考えたけど、一分一秒でも早く出会いたかったし、一緒にいたいから仕方ない。



「分かった」



 旦那様の声にわたしはハッと顔を上げた。



「良いんですか?」



 嬉しくて、ついつい声が弾んでしまう。



(どうしよう、何を買おうかなぁ)



 食料品もそうだけど、屋敷で育てるお花とか、インテリアとか、色々と当てもなくブラブラ歩いて過ごしたい。



「アイリス」


「はい」


「代わりといったらなんだが――――俺も一緒に連れていけ」



 思わぬ言葉にわたしは大きく息を呑む。

 旦那様と一緒にお出かけって。それって。



(デートだ!)



 コクコクと大きく頷きながら、わたしは胸を高鳴らせた。

 どうしよう、嬉しいなぁ。旦那様とお出かけできるなんて、そんなのご褒美以外のなにものでもない。



「今日は仕事で遅くなるから、明日でも良いか?」


「はい、もちろん! すっごくすっごく楽しみです!」



 旦那様は仕方がないなぁって顔でわたしを見つめて、それから優しく頭を撫でた。

 その日のわたしは有頂天だった。

 外出が許可されて、それだけでも嬉しいのに、旦那様と一緒に出掛けられるんだもの。



(明日は何を着ていこう)



 旦那様がわたしのために買ってくれたドレスを並べながら、わたしはうーーんと唸り声を上げる。

 人外の美しさを誇る旦那様の隣を歩くのだから、わたしだってそれなりの格好をしなくちゃならない。未来の妻としてはご近所で『旦那様がちんちくりんを連れている』なんて噂が立つわけにはいかないし、何より旦那様に可愛いって思って欲しいもん。上から下までバッチリ決めていかないと。



「ねぇ、ロイはどの服が良いと思う?」



 隣で機嫌よさげに尻尾を振っているロイに問いかけると、彼は首を小さく傾げた。



「うーーん、僕はどのお洋服もアイリス様にお似合いだと思います。リアン様の愛情がたくさん詰まっていますし」


「そうよね……本当。旦那様の愛情がたくさん…………」



 口にしてみて、それからすぐに後悔した。心臓がバクバク鳴り響くし、恥ずかしくて堪らない。本当、わたし愛されてるなぁ。



「旦那様はどの洋服が好みだろう?」



 咳払いをしながら、わたしはもう一度疑問を口にする。

 旦那様が選んでくれた以上、ここにあるのは全部彼のお眼鏡に適った洋服なんだけど、その中でもどれが旦那様の一押しなのか知りたい。



(前世でもなぁ、デートのたびにこうやって洋服選びに悩んだんだよねぇ)



 なんて、悩んでたのは本当だけど、その分だけわたしは幸せだった。

 着飾ったわたしを見たら、旦那様はどんな顔をするんだろう。可愛いって言ってくれるかなぁって想像するだけで楽しかったし、幸せだった。

 実際に『可愛い』って言葉にしてくれることは少なかったけど、嬉しそうな笑顔が、わたしを撫でる手のひらが、旦那様の愛情をしっかりと示してくれていた。



(あっ……)



 その時、一枚のドレスがわたしの目に留まった。

 どのドレスも素敵だけど、前世の記憶にある思い出の一枚に似たそれを、わたしは手に取って宛がう。



(これに決めた)



 ふふ、と笑いながら、わたしはゆっくりと目を瞑る。

 明日が来るのが、楽しみで堪らなかった。

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