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祈りと誓い

 旦那様に連れられて屋敷の外に出ると、敷地の中に両親のお墓が用意されていた。

 白く立派な墓石に、お父さんとお母さん、二人の名前が綺麗に彫られている。指で二人の名前をなぞってみても冷たく無機質で、温かかった二人のぬくもりはそこにはない。あぁ、二人は本当にいなくなっちゃったんだなぁと実感した。


 昨夜、わたしは二人の亡骸は殆どまともに見ることが出来なかった。逃げることに必死だったし、旦那様に命を救ってもらった後で気を失ってしまったためだ。けれど、襲われたときの衝撃や二人の悲鳴、血の臭いを身体が覚えている。現実を受け止めるにはそれで十分だった。



「ありがとうございます、旦那様」



 こうして両親をきちんと弔うこと、二人の死と向き合うことができたのは旦那様のおかげだ。『両親が亡くなったのにあまり悲しくない』、自分で自分を『薄情』だなんて思っていたけど、本当は虚勢を張っていたんだなぁってよく分かった。心からの感謝を込めて、わたしはゆっくりと頭を下げた。



「……悲しいか?」



 わたしの傍らで、旦那様が尋ねる。わたしは少しだけ考えて、素直にコクリと頷いた。

 こうして墓前に立つと、楽しかった思い出や後悔、色んな想いが胸を過る。

 たった十年。けれどその十年の間に、二人はわたしに沢山の愛情を注いでくれた。そんな二人にわたしは何も返せなかったんじゃないかなぁって。そう思うと涙が零れる。


 旦那様は何も言わず、わたしの頭を優しく撫でてくれた。泣くなとも悲しむなとも言わず、励ますこともせず、ただわたしの感情を受け止めてくれたことがとても嬉しかった。



(そういえば……)



 前世でどんな風に生を終えたのか、わたしはちっとも覚えていない。旦那様を看取った記憶だってない。なんでなんだろうって考えてもハッキリとした答えは出なくて。でも、多分だけど、旦那様と一緒に暮らせて、ただひたすら幸せだったからなんだろうなぁって思う。


 お父さんやお母さんも、次に生まれてくるとき、嬉しかったこと、幸せだった記憶だけを覚えていたら良いなぁって、そう思った。



 お父さんたちに祈りを捧げた後、わたしたちは食卓を囲んだ。

 今日のメニューは野菜とお肉を数種類のスパイスと一緒に煮込んで、米と一緒に食べるワンプレート料理――――簡単に言うとカレーライス的なものを作った。



「初めて見る料理だな」



 カレーライス(擬き)は、現世でも似たようなメニューが出回っているけど、旦那様は食べたことがないらしい。



(今の旦那様はわたしと違って、ただの人間じゃないもんね)



 スプーンで掬った料理をまじまじと見つめる旦那様を見ながら、わたしはふふ、と笑った。

 現世での旦那様は『竜人』という種族らしい。

 魔人にも大きく分けて三つの種族があって、竜、鳳、麟なるものに分かれる。わたしが昨日襲われた風切り族ってのは鳳族に属されるのだと、日中ロイが教えてくれた。



(それにしても)



 旦那様が竜人だなんて素敵すぎる。あの美しさ、高潔さ、完全無欠さや神秘的な所とか、何処を切り取ってみてもピッタリだ。

 元々人外の美しさを誇っていた旦那様だけど、実際に人ならざる存在になって、更に神がかった感じがする。拝みたくなるほど綺麗。っていうか、実際に拝んでしまう。わたしが見つめ過ぎて、いつ穴が空いても不思議じゃないくらいだ。



「美味いな」



 その時、旦那様がポツリとそう漏らした。その表情はめちゃくちゃ優しくて、穏やかで、それでいて可愛い。心臓がキュンキュン音を立てて高鳴った。



「良かったです! 頑張った甲斐がありました!」



 わたしはそう口にしながら満面の笑みを浮かべた。

 実際問題、記憶があっても、身体は思う様に動いてくれないもので。野菜を切るにしても、鍋の中身を混ぜるにしても、昔みたいに上手くできなかった。味付けだけは、前世で旦那様が『美味しい』って言ってくれた時の記憶を元に必死で再現したけど、結構苦労したのだ。



「――――頑張ってくれたんだな」



 旦那様はそう言って、わたしのことを撫でてくれた。あぁ……なんかもう、今死んでも本望かもって思うぐらい幸せで、嬉しくて、頬が熱くて堪らない。



「それはもう! アイリス様はリアン様のために、それはそれは一生懸命、料理を作っていらっしゃいました」



 感無量で口が利けないわたしのために、ロイがそう口にする。

 ロイは思う様に作業の進まないわたしのために、色々なことを手伝ってくれた。正直、ロイがいなかったらわたしは最後まで料理を作れなかったかもしれない。前世の知識で無双するなんて、現実には中々難しいのだ。



「アイリス」


「はい」


「明日以降も、俺のために食事を作ってくれるか?」



 神々しいほどに旦那様の笑顔が輝く。一瞬、なにを言われたのか理解が追い付かなかったけど、わたしの頬はみるみる内に真っ赤に染まる。



(それって、それって……!)



 旦那様の言葉を頭の中で反芻して、悶絶しながら、わたしは何度も何度も激しく頷いた。


 嬉しい。どうしよう。嬉しすぎて心臓が痛い。

 だって、これじゃまるでプロポーズだ。『毎日おまえの味噌汁が飲みたい』みたいな。少なくともわたしにはそんな風に聞こえる。名実ともにってわけにはいかないけど、実質やってることは妻と変わらない。


 わたしが成人するまであと五年。それまでの間、わたしは何としてもここに居座って、旦那様の妻の座を正式に勝ち取らなきゃならない。

 これだけは――――旦那様の妻の座だけは、絶対、誰にも譲ることができない。だからわたしは、旦那様にとって誰よりも魅力的な女の子になる。前世みたいに、めちゃくちゃ愛される妻になってやるんだ、って胸に誓う。



「お任せください! このアイリス、精一杯頑張ります!」



 ねぇ、旦那様。これはわたしの宣戦布告。

 絶対絶対、わたしは現世でもあなたの妻になるから。



「頼んだぞ」



 そう言って穏やかに微笑む旦那様に、わたしは満面の笑みを浮かべた。

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