来世でも、絶対に一緒になろうね
カーテンから射し込む優しい陽の光に目を細める。柔らかく甘い香りに心が安らいだ。
「どう?」
ベッドに横たわるわたしの側に旦那様が座る。彼の腕の中に、小さな温もりが抱かれていた。
「かっわいいでしょう?」
わたしが尋ねると、旦那様は瞳を潤ませる。何度も何度も頷きながら、旦那様は温もりにそっと頬を寄せた。
結婚から十年。
わたし達は呆れるほど、幸せな日々を送っていた。何処に行くにも、何をするのも二人一緒で、どんな些細なひと時さえも楽しい。旦那様と一緒に居られることが、幸せで堪らなかった。
それだけでも十分幸せだったのに、神様はわたし達に更なる幸せを授けてくれた。
「――――小さいな」
「うん。小さいけど、ちゃんと生きてるね」
すぐ隣で眠る小さな存在に向かって、わたしは手を伸ばす。小さな小さな手のひらが、わたしの指をギュッと掴む。その愛らしさに、笑みが漏れた。
「ありがとう、アイリス。本当に、ありがとう」
旦那様の言葉に、わたしは目を細めた。
わたし達二人は結婚十年目にして、二つの小さな命を授かった。
正直言ってわたしは、妊娠や出産は諦めていた。ミセス・カルバートも亡くなったご主人との間に子はできなかったって聞いていたし、異種族間での妊娠は奇跡みたいなものだって、分かっていたから。
だから、妊娠が分かった時は、本当に本当に嬉しかった。
けれど、全てが順風満帆だったわけじゃない。旦那様は実は最初、わたしの出産に反対していた。
「危険すぎる。何が起こるか分からない」
竜人と人間との間に子を授かった例はないらしく、出産時に何が起こるか分からない、というのがその理由だった。
「んーー確かに、出産の時点で角が生えてたらお産の時に痛いかも」
正直な感想を口にすると、旦那様は真剣な表情でわたしのことを見つめた。
「痛い、じゃ済まないかもしれないだろう?」
切実な声音。わたしは旦那様のことをギュッと抱き締めた。
「分かってます。旦那様がわたしを心配してくれてること。だけど、旦那様とわたしの子どもなんですよ?」
言えば、旦那様は今にも泣き出しそうな表情で唇を引き結ぶ。
「わたしは――――旦那様に『嬉しい』って言って欲しいです」
ポンポンと赤子を宥めるように背中を撫でると、旦那様はわたしの肩口に顔を埋める。
「嬉しい――――嬉しいよ、アイリス」
「うん」
不安は当然あった。普通のお産でさえ、命を落とすこともある。だけどそれでも、わたしは旦那様の子を産みたかった。
旦那様はわたしの出産のために、ずっと疎遠になっていた実家のお母さまに連絡を取った。わたしの力になって欲しいと。自分を産んだときのことを教えてやってほしいと、そう言ってくれた。
「俺にとっては、アイリスが何よりも大事だから――――」
お父様の件は今でも許していないみたいだけど、旦那様がわたしのために実家と歩み寄ってくれたことが嬉しい。
おかげでわたしは、竜人族の妊娠が人間のそれとあまり変わらないこと、角は最初はふにゃふにゃだから心配しなくて大丈夫なことなんかを知ることができた。知っているってことは結構重要で、必要以上に怖がらずに済んだのは大きい。その甲斐あってか、初産、双子にもかかわらず、驚くほどのスピード出産だった。
「身体は大丈夫?」
「うん。寧ろ元気すぎるぐらい」
わたしはそう言って身体を起こし、旦那様にギュッと抱き付く。旦那様は抱いていた赤子をベッドに横たえ、わたしのことをきつく抱き締めた。
「あのね、旦那様……わたし、毎日『今日が一番幸せだ』って、そう思うの」
朝、隣に眠っている旦那様を見る度に。一緒にご飯を食べて笑う度に。手を繋ぐ度に。口づける度に。毎朝、毎晩、幸せだなぁとそう思う。
「でもね……間違いなく、今日が一番幸せだと思う」
旦那様は小さく頷きながら、わたしの瞼に口づけた。心と身体が言葉にできない温かさに満ちている。きっと、旦那様も同じ気持ちじゃないかな。そう思うと、涙が出るほど嬉しい。
「旦那様――――わたしをあなたの妻にしてくれてありがとう。本当に、本当に、ありがとう」
ありったけの想いを込めて、そう伝える。旦那様は「俺の方こそ」って口にしながら、言葉を詰まらせた。感極まると言葉がうまく出てこない癖は、今もあんまり直っていない。だけど、そんな旦那様だからこそ愛おしいと思う。
「愛してるよ、アイリス――――」
(うん、知ってる)
前世でも、現世でも。旦那様がどれほどわたしのことを愛してくれているのか、ちゃんと知っている。何度生まれ変わっても、わたしは旦那様の妻になりたい。心の底からそう思う。
「わたしも、旦那様を愛しています」
言えば、旦那様は泣き出しそうな表情で笑う。
「「来世でも、絶対に一緒になろうね」」
どちらともなくそう口にして、わたし達は口づけを交わすのだった。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
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