誓いの言葉
その日は雲一つない晴天だった。
「すごいドレスですね」
そう口にしたのはヒバリちゃんだった。わたしの着替えを手伝いながら、キラキラと瞳を輝かせている。
「ありがとうございます。お願いして、作ってもらったんです」
幾重にも重なるレースに、上品に施された刺繍。わたしのためのウェディングドレスだ。前世で作ってもらったドレスのデザインを必死に思い出しながら、出来る限り再現してもらった。
「よく似合っていますよ。きっと、リアン様もお喜びになると思います」
ヒバリちゃんはそう言って朗らかに笑う。
「ありがとう。ごめんね、まだ赤ちゃん小さいのに」
「そんなこと、気にしないでください。子育ては夫婦二人でするものです。今はアクセス様が見てくれてますから」
二人の間には先日、可愛い男の子が生まれた。アクセスによく似た顔立ちの、ヒバリちゃんみたいに穏やかな性格の子だ。すっかり子煩悩になってしまったアクセスを、旦那様とニコラスが何とも言えない表情で見ていた。
「それに、大事な親友の門出を側で祝えて嬉しいもの」
ヒバリちゃんの言葉に胸がじんわりと熱くなる。ありがとうと言って、わたしは笑った。
青空の下、わたしはゆっくりと深呼吸を繰り返す。ロイの子どもたちがわたしのベールを手に、ソワソワしている。緊張しているらしい。
(なんて、わたしが一番緊張しているんだけど)
ロイの子どもたちをモフモフ撫でた後、わたしは真っ直ぐに前を見据える。
ゆっくりと、何処からともなく扉が開いた。扉の向こうはステンドグラスから射し込む太陽の光に満ちていて眩しい。けれど、そこには確かに旦那様がいた。
前世で歩くことの叶わなかったバージンロードを、ゆっくり、一歩ずつ、わたしは旦那様に向かって歩いて行く。
色んなことが頭を過った。現世で初めて出会った時のこと。早く大人になりたいと悩んだこと。旦那様の気持ちが分からなくて、泣いた日も沢山あった。だけど、そのどれもが愛おしく、尊い。
宣誓台の前で旦那様は涙を流していた。ウェディングドレスに身を包んだわたしを見て、眩しそうに目を細める。
(やっと見せてあげられた)
そう思うと、わたしも涙で前が見えなくなる。だけど、この一瞬を、旦那様の胸に刻み込みたい。わたしという存在を、旦那様にきちんと届けたいと、わたしは前を向いた。
「この日が来るのを、ずっと待ってた」
旦那様は手を伸ばしてわたしを出迎え、ギュッと力強く抱き締める。アイリス、と旦那様が何度も何度もわたしの名前を呼ぶ。わたしはゆっくりと頷いた。
「こら、誓いの言葉がまだだろう?」
神父役を引き受けてくれたニコラスが、呆れたような声音で漏らす。恨めしそうな表情でニコラスを睨む旦那様の手をわたしは握った。
「さぁ、旦那様」
旦那様は幸せそうに目を細め、わたしと額を重ね合わせる。胸が熱く、ドキドキと鳴った。
「新郎リアン――――、あなたは病める時も健やかなるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、妻を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
ニコラスが尋ねる。旦那様はわたしのことを真っ直ぐに見つめ、「誓います」とそう口にした。
「新婦アイリス――――、あなたは病める時も健やかなるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、夫を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
今度はわたしに向かってニコラスが問いかける。わたしはゆっくりと深呼吸をした。
「――――――命ある限り、じゃありません」
旦那様が小さく目を見開き、わたしを見つめる。わたしはゆっくりと旦那様を見上げて、それから目一杯の笑顔を浮かべた。
「命ある限りじゃない。たとえこの命が尽きても――――死んでからも、わたしの心は、魂は、未来永劫旦那様のものです。旦那様だけのものです。絶対、絶対離れません。ずっとずっと、側に居ます」
そう言ってわたしは、旦那様を抱き締めた。瞳が涙で濡れている。わたしは更に言葉を続けた。
「わたしは、世界で一番の幸せものです。旦那様のお嫁さんになれた。それだけで、この世の中のどんな女の子より幸せだと思う。
だから、今度はわたしが旦那様を幸せにする番。わたしが居なくなった後も、旦那様が『堪らなく幸せだ』って思えるぐらい、わたしがこれから、沢山幸せにします! 精一杯、この愛情を伝えます! 旦那様が天寿を全うできないなら、わたしに旦那様の妻になる資格はありません」
旦那様が目を見開く。次いで縋るようにわたしを抱き締めた。
「アイリス、俺は……」
「わたしが旦那様にとってどれだけ大事な存在か、ちゃんと分かっているつもりです。だからこそ、わたしは今、ここで誓います。
わたしは絶対、死んでも旦那様の側に居ます。生まれ変わっても、絶対また旦那様のお嫁さんになります!
だから、旦那様も誓ってください。わたしを信じて! わたしが旦那様を幸せにするから、どうか最後まで生き抜いてください! わたしを、あなたの妻にしてください!」
その瞬間、旦那様の唇がわたしの唇と重なった。温かくて愛情に満ちた口付け。決して悲痛や口を塞ぐためのものじゃない。
「誓うよ――――」
旦那様は泣いていた。わたしを抱き締めて、縋るようにして泣く。そんな旦那様を、わたしは力強く抱き締める。
「誓う。俺も――――絶対にアイリスを幸せにするから」
今よりずっと――――そう旦那様が口にする。「はい!」と答えて、わたしは満面の笑みを浮かべた。