押し掛け女房の策略
(さて、どうしたものか)
旦那様が出掛けてしまった今、どうするべきか改めて考えなければならない。
選択肢は大きく分けて二つ。
一つ目は旦那様の迷惑にならないよう、ここをひっそりと去ること。
二つ目は太々しく居座って、そのままここで暮らしていくこと。
(旦那様は、ここに居ろとも、出ていけとも言わなかった)
わたしに決定権を委ねているのか、それとも別の意図があるのかはよく分からない。元々旦那様は、あまり自分の考えを打ち明ける方じゃなかったし、いつもわたしの好きなようにさせてくれた。
(よく考えたら、前世で同棲を始めたときも、わたしが半ば強引に押し掛ける形だったなぁ)
勝手に自分の家を解約して、大きなカバン一つを持って旦那様の家に押し掛けたあの日。旦那様は驚きつつも、仕方がないなぁって笑ってくれた。本当は困っていたのかもしれないけど、わたしはそれがとても嬉しかった。
とはいえ、あの時わたし達はどちらも良い大人だったし、今とは状況が全然違う。違うけれど、本当はわたしの中でとっくに答えは出ていて。
(絶対、旦那様の側を離れないもん!)
そう心に誓っていた。
「あの、アイリス様」
その時、ロイが躊躇いがちにわたしに声を掛けた。あざといと表現するのがピッタリな程、可愛らしいい表情に、ついつい触りたくなる柔らかい毛並み。思わず手を伸ばすと、彼はスリスリと頬擦りをした。
「改めまして、僕はリアン様の身の回りの世話をしている、ロイと申します」
ロイはそう言って気持ち良さげに目を細めた。
可愛い。めちゃくちゃ可愛い。こんな子が側にいたら、癒されるなぁ。
わたしはロイをめちゃくちゃに撫でながら、ウットリと目を輝かせた。
「よろしくね、ロイ」
「はい。――――あの、アイリス様は元々リアン様のお知り合いなのですか?」
「え?……どうしてそう思うの?」
質問に質問で返すのは失礼だって分かってるけど、どうしてロイがそう思ったのか気になる。
だって、わたしは旦那様のことを知っているけど、旦那様はわたしのことを覚えていないんだもの。知り合いとも言いづらいし、かといって知りあいじゃないとも言いづらいし。
「僕は、リアン様がこんな風に人と関りを持つのを初めて見ました。同族の方すら遠ざけて、一人で森の奥深くに住んでいらっしゃるような方ですから」
「そうなの?」
それって、わたしは特別ってことだよね?そうだよね?そんな風に思うとニヤニヤが止まらない。
「はい。いくら怪我をしていらっしゃるとは言え、アイリス様を家へ連れ帰ると仰った時には、ビックリ致しました」
ロイの言葉が胸に沁みる。何だか涙が滲んで来た。
嬉しいなぁ。やっぱり記憶はなくても、旦那様はわたしのことが分かったんだ。だって約束したもんね。生まれ変わっても一緒になるって。だから、わたしをここまで連れてきてくれたんだ。きっと、そう。
「そっか……。だけど、わたしと旦那様は知り合いってわけじゃないの。わたしが旦那様を一方的に知ってるだけ」
「そうでしたか」
ロイの質問に答えながら、わたしは考えを巡らせる。
「ねぇ、ロイは旦那様の身の回りの世話を一人でしているの?」
「はい。それ以上は不要だと、リアン様が仰いますので」
「……こんなに広い家なのに?」
尋ねながらわたしは周囲を見回した。
わたしが今いるのは、大きなベッドが一台置かれた寝室らしき場所だけど、ここだけでもわたしが現世で両親と住んでいた家よりも大きい。おまけに、少し開いたドアの隙間から見える居間はもっと広くて、調度類も物凄く立派だ。
「旦那様はあまり家にはいませんし、一人でもそんなに大変だとは思いません」
「そっか」
そっかぁ。それじゃぁわたしが『小間使いになります!』って立候補しても、あんまり響かないのかなぁ。でもなぁ。厄介になるからには、何かしらメリットを提示しないと。
「ロイ、キッチンを借りても良い? わたし、旦那様に命を助けてもらったお礼がしたいの。食事ぐらいならわたしでも準備できるから」
「もちろんです。正直僕は炊事は苦手で――――きっとリアン様も喜びます」
わたしの提案に、ロイは喜んで賛成してくれた。
良かった。自分の仕事を取られるって思われたら大変だなぁって思ってたけど、そんな心配は無かったみたい。
わたしはベッドから降りて、すぐにキッチンへと向かった。
幸いなことに、この世界の食材は前世の食材と殆ど同じだった。わたしたちがいる国の主食はパンだけど、ちゃんと米も売られているし、調味料なんかも充実している。そりゃあ、まったく同じではないけど、旦那様が好きだった和食に近しいものが作れる程度には、選択肢が充実していた。
「足りないものが有ったら言ってください。僕が買いに行きますから」
「本当? 助かるなぁっ」
キッチンに立ちながら、わたしはウキウキしていた。
(嬉しいなぁ。また旦那様にご飯が作れるんだ)
瑞々しい人参、玉ねぎなんかを手に取りながら、わたしは声を上げて笑う。
わたしにとって、旦那様にご飯を作る時は、至福のひと時だった。
どんな顔をして食べてくれるだろう。美味しいって言ってくれるだろうか。そんな風に想像するだけで、幸せを二倍も三倍も味わえる。
失敗しちゃうこともあったけど、旦那様はそれでも『美味しい』って言って食べてくれた。そんな旦那様の優しさが大好きだったから。
(うん……きっと今回も喜んでくれる)
旦那様の顔を思い浮かべながら、わたしはひとり笑みを浮かべた。