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旦那様と男心①

「と、いうわけで二人とも! わたしに男心を教えてくださいっ!」



 翌日のこと。学校帰りに旦那様の職場へ向かったわたしは、ニコラスとアクセスの二人を近くの喫茶店へと引き摺り込んだ。旦那様は今夜は遅くなるって言ってたし、クラスの男子に聞くよりも、旦那様の友人である二人の方がずっとためになる意見が聞けるはずだ。勢いよく頭を下げたわたしに、アクセスがそっと首を傾げた。



「……と、いうわけで、と言われてもな」



 アクセスは憮然とした表情でわたしを見つめつつ、小さくため息を吐く。



「まったく、相変わらず空気を読まない奴だなぁ。僕には分かるよ。リアンのことだろう? ホント、アイリスちゃんは健気だねぇ。任せて。お兄さんが色々教えてあげる」



 ニコラスはニコニコと微笑みながら、グラスに入ったストローをクルクル回している。中身は前世でいうメロンソーダみたいな、甘くてシュワシュワで、子どもに人気の飲み物だ。ニコラスの方がわたしよりもずっと、子どもみたいだなぁなんて思いつつ、わたしはコホンと咳払いする。



「それで? 具体的にはどういったことが聞きたいの?」


「えっと……その、二人はどういう時に女の子に触りたくなる?」



 思い切ってそう尋ねると、二人は目を丸くしてわたしのことを見つめた。



「触りたくならないってことは、わたしって旦那様に『まだまだ子ども』って認識されてるのかな? それとも、子どもの頃から知ってるだけに、いつまでもチビに見えてるとか? っていうか、もしかしてわたし、色気ない?」



 本当は一つずつゆっくり尋ねるつもりだったのに、いざ口を開くと、疑問が次々と口を吐いて出る。ニコラスはうーーんと唸りつつ、そっと身を乗り出した。



「そうだねぇ。僕は博愛主義者だからなぁ。女の子のことは皆可愛いと思うし、愛でたくなる。触るとふわふわして気持ち良いし、軽率に撫でたくなるね。アイリスちゃんのこともそうだよ。リアンが怒らないなら、今すぐにでも抱き締めるんだけど」


「――――おまえ、いい加減にしないと、本当に首が吹き飛ぶぞ」



 ぼそりと呟きながら、アクセスがニコラスを横目で見る。ドスの効いた声音なのに、絶えず口に運ばれるスイーツのせいで迫力はない。

 因みにニコラスは、この四年の間に三回も訴訟を起こされてしまった。理由は全部痴情の縺れって奴なので、本当にいつか、誰かに首を狙われてもおかしくないとわたしは思う。



「ねぇ、アクセス達の目には人間ってどんな風に見える? そもそも子どもだとか大人だとか、そういう概念はあるの?」


「どんな風……まぁ、大きくなったとは思うが――――確かに、大人になったとか、そういう風にはあまり思わないな」



 聞かれて初めて考えたんだろう。アクセスは言葉を選びながらそう口にする。



「そっかぁ……そしたら、旦那様もそういう認識なのかなぁ」



 呟きながら、わたしは密かに唇を尖らせた。

 前にアクセスは、人間は似て非なるものだと――――彼等にとって人間はゴリラやチンパンジーのようなもの――――だと教えてくれた。その認識がそっくりそのまま当てはまるとすると、確かに猿に対して『大人になった』とか、そういう風には考えないような気もする。

 でも、そうだとしたら、わたしと旦那様の関係はずっとこのまま。変わらないってことになってしまう。それじゃあ困る。すっごく困る。だって、旦那様とわたしは結婚するんだもの。やっぱりこのままじゃダメだ。



「ねぇ、どうしたら良いの? どうしたら旦那様はわたしを『大人』だって認識してくれる? ……ううん。大人って思わなくても良い。どうしたら、前みたいに触ってくれるようになるかなぁ?」



 自分でも驚くほど、切実な声が響く。すると、二人は顔を見合わせ、小刻みに肩を震わせた。



「なっ……! なんで笑うの?」



 信じられないことに二人は、揃いも揃って笑っていた。ショックのあまり、目尻に涙が浮かび上がる。ニコラスは猶もクスクス笑いながら、わたしの頭をそっと撫でた。



「ごめんごめん。アイリスちゃんがあまりにも可愛いこと言うからさ」



 瞳に滲んだ涙を拭いながら、ニコラスはふぅと息を吐く。思わずアクセスを見ると、彼は目を細めて笑っていた。



「笑わないでよ。本気で悩んでるのに」


「うんうん。そうだよね。恋をすると、人は盲目になるものだよね」



 そう言ってニコラスは、わたしにメニュー表を手渡す。甘いものでも食べて機嫌を直せということらしい。やっぱり子ども扱いされている。きっとそうに違いない。



「……ねぇ、アクセス。さっきの、旦那様に直接聞いてみても良いと思う? アクセスはもし、ヒバリちゃんにこういうこと言われたら、嫌?」



 わたしはそう言ってアクセスを見た。

 アクセスは二年前に、ヒバリちゃんっていう大層可愛い女の子と結婚した。人間程ではないけれど、彼とは種族違いの恋に当たるらしい。一族から猛反対に遭ったものの、最終的にアクセスはヒバリちゃんとの愛を貫き通した。

 いつも不愛想なアクセスが、ヒバリちゃんに対しては終始優しい顔をして接している様子は、見ていてとても微笑ましい。わたしの憧れの夫婦だ。


 因みに今日の会合のことは、ちゃんと事前にヒバリちゃんの許可を得ている。本当だったらヒバリちゃんにも会いたかったけど、今は身重なため、外出を控えているのだ。赤ちゃんが生まれたら旦那様と一緒に会いに行く予定なので、すごく楽しみである。



「まぁ、リアンにはリアンなりの考えがあるんだろう。あまりそう苛めてやるな」



 ややしてアクセスは、そんなことを言って笑った。



(――――どちらかというと、苛められてるのはわたしの方だと思うけど)



 そんなことを考えながら、わたしは唇を尖らせる。



「でもさ、あんなにいっぱい撫でてくれてたんだよ? たくさんギュッてして、手も繋いで……それなのに、さ」



 言いながら目頭がツンと熱くなった。今でも頭や手のひらに、旦那様の手のひらの温もりが残っている。ギュッてされたときの幸福感が心をときめかせる。それなのに、こんな状態じゃ生殺しにも程がある。折角、ようやく、大人になれたのに。



「そんなに気に病む必要ないと思うなーー。アイリスちゃんの憂慮はさ、どうせ、あと数十分で片がついちゃうものなんだから」



 そう言ってニコラスは悪戯っぽく笑う。わたしはムッと唇を尖らせた。



「数十分? まさか。2年近くも悩んでるんだよ?」



 そんなに簡単な話なら、端から悩んだりしない。



「「2年近く悩んでいても、だ」」



 だけど、ニコラスとアクセスは二人してそう断言した。あまりにも自信満々な二人の様子に、わたしは首を傾げる。何だか釈然としなかった。



***



 それから数十分。たっぷりとスイーツを堪能してお店を出た時には、空はどっぷりと暮れていた。



(こんな遅くに一人で帰ったら、さすがに旦那様に怒られちゃうかなぁ?)



 普段はもっと早く帰るのだけど、ニコラスとアクセスが一緒なのを良いことに、時間の確認を忘れていたのだ。とはいえ、旦那様から貰ったお守りは持っているし、まだ極端に遅い時間ではない。そうそう危ない目には遭わないだろう。そう思った時だった。



「あっ……」



 夜空に浮かぶお月様みたいに、そこだけがハッキリと輝いて見える。白銀の髪の毛が風に揺れて、エメラルドみたいな瞳が真っ直ぐにわたしを見つめる。



「旦那様!」



 そう口にしながら、わたしは旦那様に駆け寄った。迎えに来てくれたのかな? そんな風に思うと、やっぱり嬉しくて堪らない。きっと避けられちゃうだろうなぁって思いつつ、少しだけ勢いを付けて旦那様に飛び込む。



「アイリス」



 だけど、わたしの予想は思い切り――――良い意味で外れた。旦那様はなんと、わたしのことをギュッと抱き留めてくれたのだ!

 その途端、ゾワゾワと背中を駆け巡るような快感が走る。あまりの温かさと、久方ぶりに味わう旦那様の香り。心臓がドキドキと鳴り響いて、胸がぎゅーーーーって締め付けられて、息もできないくらいに嬉しい。涙がぶわっと溢れた。



「迎えに来たよ」



 旦那様が甘えるようにそう囁く。身体が一気に熱くなって、自分で自分を支えてられない。旦那様の身体にしがみ付く様にして顔を上げると、心臓がひと際大きく跳ねた。

 旦那様は笑っていた。けれどそれは、切なげな愛し気な表情だった。見ているこっちが苦しくなるような、すっごい破壊力を持った表情。



(こんなの絶対反則だ!)



 振り返れば、ニコラスとアクセスが何とも言えない表情で笑っている。



「だから言っただろう?」



 そう言ってニコラスがニヤリと口角を上げる。その瞬間、二人が言っていたのはこのことか、とようやく察しがついた。

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