先導者はハンサムウーマン
「本当にあっさり通れちゃったね」
「はい。アクセス様が仰った通りでした」
広い石造りのホールに、わたしとロイの声が木霊する。
本当だったら今日は役所はお休み。来庁者向けのエントランスは閉まっていたので、わたしたちは職員向けの入り口から建物の中に入った。
警備の人から「今日はお休みだよ」って止められたけど、旦那様の名前を出したら快く中に入れてくれた。
「ねぇロイ、ニコラスとアクセスも今日、出勤してる?」
二人も旦那様と同じく、この役場で働いている。定休日の今日、出勤している可能性は低いと思ったけど、一応二人の分の差し入れも余分に用意していたのだ。
ロイはクンクンと匂いを嗅ぐと、小さく首を横に振った。
「いえ。お二人の匂いはありません。さすがに今日はお休みされてるみたいですね」
「そっか。ありがと」
わたしはロイを撫でながら、ニコリと笑った。
お休みの日に身体を休めるのは大事なことだ。良かったって思うと同時に、旦那様にも早く休めるようになって欲しいと思う。
「アイリス様、こっちです! こっちからリアン様の匂いがします」
ロイはそう口にしつつ、嬉しそうに尻尾をブンブン振っている。二日ぶりに旦那様に会えることが嬉しくて堪らないらしい。ふふって笑いながら、わたしはロイの隣を歩いた。
(思ったよりも皆ちゃんとお休みしてるんだなぁ)
静まり返った庁内を歩きながら、わたしは密かにそんなことを思う。エントランスは明るかったけど、人少なな庁内は薄暗くて、少し不気味だ。きっと普段は明るいんだろうけど、魔族はそれぞれが魔法を使えるし、最低限の灯りが確保できれば良いって考え方なんだと思う。ロイが使える魔法は限られてるし、わたし達は薄明りの中を進んだ。
(なんというか、冒険のダンジョンみたいな感じ?)
前世のわたしはあんまりゲームとかしなかったんだけど、弟がRPGをプレーしてる画面を見せてくれたことがあって、その時と絵面がとても似ている。言うならば、今すぐにモンスターが現れて、わたしたちに襲い掛かってきそうというか。本当に雰囲気満点だ。
「あら? お嬢ちゃんたち、もしかして迷子?」
その時、後から唐突に声が掛けられて、わたしはビクッと身体を強張らせた。振り向くと、少し離れたあたりに、手のひらサイズの小さな灯りが浮かんで見える。そのすぐ側に薄っすらと人影が見えて、それが声の主だってすぐに分かった。
「危ないわよ、こんな暗い中を灯りもなしに進むなんて」
「すっ、すみません。わたし、魔法が使えなくて」
「ん? ……あら、私と同じ竜人の気配がすると思っていたけど、あなた人間なのね」
声の主はわたし達の近くまで来たかと思うと、灯りを掲げてそっとわたしの顔を覗き込んだ。よくは見えないけれど、声の主は女性で、スラリとした長身の持ち主だ。可愛いというより、カッコいい感じの声音で、喋り方も何処かきびきびしている。
「こっちの子は小狼族ね。あなたたち、何しにここに来たの?」
「旦那様……いえ、リアン様に差し入れを届けたくて」
「リアンに?」
そう言って女性は目を丸くした。この反応、どうやら旦那様のことを知っているらしい。何となく胸がドキドキした。
「そう。だったら丁度いいわ。私も今からリアンのいる部屋に行くの。一緒に行きましょう?」
女性はサバサバとした口調でそう言って、クルリと前を向いた。ついて来いってことらしい。
「はい。よろしくお願いします」
遠慮する理由も無いので、わたしは女性の後ろをくっついて歩いた。ロイも内心暗いのが怖かったらしく、尻尾を振って喜んでいる。
「それで? あなた達、リアンとどういう関係?」
女性がわたし達を先導しながら、ロイに向かって訪ねる。如何にも仕事ができる、って感じの無駄のない印象で、なんとなくわたしの背筋が伸びた。
「僕はリアン様の身の回りのお世話をしています。麟族のニコラス様からリアン様を紹介していただきました」
「……あぁ、ちょこちょこリアンに会いに来る、あの派手な人ね。知ってるわ」
女性はクスクス笑いながらそう言った。女性のニコラスへの評価も面白いけど、ロイが旦那様のところで働いている経緯を初めて聞いたわたしは、そちらの方に興味津々だった。帰ったらもう少し詳しいことを聞いてみよう、なんて思いつつ、わたしは小さく笑う。
「それで、人間のお嬢ちゃん。あなたは?」
「あっ……えっと、わたしは森で魔族に襲われたところを、だ……リアン様に救っていただいて」
「へぇ……あのリアンがそんなことをねぇ」
女性は心底驚いた声でそう言った。わたしにとっては旦那様はいつだって優しいし、正義感に溢れている方だから、どうして女性が意外に思うのかよく分からない。けど、深くは突っ込まないようにした。
「その時、両親が殺されてしまったので、リアン様がわたしをご自宅に置いてくださってるんです」
その瞬間、女性は声も出さずに立ち止まった。急なことに勢いを殺せなくて、わたしは女性の腰のあたりに額をぶつけてしまう。慌てて「ごめんなさい」って言ったけど、女性には聞こえてないみたいで。
「あ……あの…………」
「そう。そうなの」
女性の声は少しだけ震えていて、わたしは何だか喉の辺りが詰まった感覚がした。チラリと振り向いた女性の瞳は、金色の光を放って揺れている。
この感覚は前世で覚えがある。わたしが旦那様と付き合い始めて以降、幾人かの女の子に向けられた感情。それに伴うほろ苦い感覚だ。
(この人、旦那様のことが好きなんだ)
胸の辺りをギュッと握りながら、わたしは上手く呼吸が出来なくなっていた。




