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今、会いに行きます

(来ちゃった……!)



 目の前に聳え立つ重厚な雰囲気の建物に、わたしはゴクリと唾を呑む。前世で言う世界遺産みたいな、歴史と文化と人の手を結集しました!って感じの建物なんだけど、今も現役バリバリに使われている。というかここ、旦那様の職場だったりする。



「すごいねぇ、ロイ。緊張するね」


「はい。僕もここに来るのは久しぶりなので、緊張してます」



 ロイは首に蝶ネクタイを結び、鼻息も荒く前を見据えている。

 なんて、本当はそんなに畏まることは無くて。ここは魔族のために存在するお役所。旦那様は国のために働くエリート官僚なのだ。

 なんでわたし達がここにいるかっていうと、話は一昨日の晩に遡る。




「泊まり込み?」


「うん。2~3日帰れないらしいよ」



 そう答えたのは旦那様のお友達、ニコラスだった。

 なんでも、旦那様は急なお仕事でしばらく帰宅できなくなったらしく、ニコラスはそのことをわたしに伝えに来たのだという。



「気の毒だよね~~。僕ならそんな仕事すぐに断るか、後輩に投げちゃうんだけど、リアンは真面目だからさ。全部自分で引き受けちゃうんだよね~~」



 旦那様のために作った夕食を代わりに食べながら、ニコラスは楽しそうに笑っている。



「……全然気の毒そうに聴こえないんですけど」


「あっ、バレた? 実際問題、本人が納得の上で引き受けてるなら良いかなぁ~~って思ってさ。まぁ、急遽でっかい仕事が舞い込むような部署に配属されてるのは本当に気の毒だけどね」



 ニコラスは悪びれることなく、そんなことを言った。



(でも、確かに旦那様ってそういう所があるんだよね)



 引きが強いとでも言うべきか。前世でも、それまで平和だった部署が旦那様が着任した瞬間、急に不夜城みたいな部署に様変わりした。それ以降も、何かにつけて新しい仕事を引寄せる旦那様は、何かに憑かれてるんじゃないかと噂されていたらしい。



(まさか、現世でも同じ目に合っているとは)



 旦那様の顔を思い返しながら、わたしは胸が苦しくなった。



「ニコラス、旦那様は大丈夫なの?」


「平気平気。竜ってのは特別丈夫な生き物だからさ。数日位飲まず食わずでも支障はないし。そもそも天寿を全うするか、自分と同等以上の魔力の奴にやられない限りは死なない生き物なんだから」



 ニコラスは大層くつろいだ様子でロイを撫でつつ、穏やかな笑みを浮かべている。



「うーーん、つまり格下相手に殺されることはないってこと?」


「そういうこと。あと、自分で自分を殺すこともできない。そういう生き物なんだよ」



 きっとニコラスは、わたしを安心させたいんだろう。旦那様が頑丈だってことはよく分かった。

 だけど、いくら頑丈でも、疲れないわけでは無いだろうし、何日も飲まず食わずじゃ身体は弱る。わたしは旦那様のことが心配で堪らなかった。



 翌日、今度はニコラスの代わりにアクセスがやって来た。



「アクセス、旦那様は? 元気にしてる?」


「……案ずるな。あいつはそんなにやわじゃない」



 アクセスは手土産にシュークリームを持参してくれた。旦那様がいつお戻りになるか分からないので、夕飯は余分に作ってある。アクセスを食卓に案内しつつ、わたしはホッと胸を撫で下ろした。



「あと数日は帰れないとの伝言だ」


「そう……。忙しいのね」



 ちゃんと食べているだろうか。眠っているだろうか。そんなことを尋ねたくなる。



(――――いや、きっと寝るなら一旦家に帰ってるだろうな)



 旦那様は、家と職場との往復時間が勿体ないから職場で眠る、なんてタイプじゃない。帰ってこないのは、そもそも眠るつもりがないからなのだろう。



「――――まだ二日目だろう」



 アクセスはそう言って困ったように笑う。不安が顔に出ていたのかもしれない。わたしはブンブンと首を横に振った。



「分かってます。しばらく旦那様には会えないのは寂しいけど、ちゃんと留守を守りますから」



 そう口にしつつ、わたしは内心、寂しくて堪らなかった。

 旦那様に会えないのは、現世で出会ってから初めてのことで。旦那様の笑顔が見たい。声が聞きたい。アイリスって優しくわたしの名前を呼んでほしい。大きな手のひらでよしよしって撫でて貰って、シトラスの香りに包まれたい。



(会いたい、会いたい! 会いたいよ!)



 すると、わたしの心の声が届いたのか、アクセスは小さくため息を吐いた。



「アイリス、明日は学校休みだろう?」


「はい、そうですけど」



 唐突に話題が変わって、わたしはそっと首を傾げる。



「リアンの奴に昼飯でも差し入れしてやれ」


「……!」



 アクセスの提案に、わたしは目を丸くした。



「良いの? 人間のわたしが行っても」



 それは素朴な疑問だった。魔族と人間は根本的に違う存在らしいし、そもそもわたしは子どもだし。旦那様に会いに行ったところで門前払いをされる可能性が高いように思うからだ。



「リアンや俺の名前を出せば自由に庁内を歩ける。不安なら俺が迎えに行ってやっても良い」



 アクセスはそう言って軽く目を伏せた。



(アクセス~~! めっちゃ良い人っ)



 旦那様に恋してなかったらキュンってしてたかも、なんて思いつつ、わたしはアクセスを見上げた。



「でもでも、いきなり行って旦那様の迷惑にならないかな? 寝る間も惜しんで仕事していらっしゃるのに」



 わたしには旦那様が今、どんな状況か分からない。もしも旦那様のお仕事の邪魔をしてしまって、嫌そうな顔をされてしまったらって思うと、少し怖い。旦那様はそんな人じゃないって分かってるけど、不安になってしまうのが乙女心って奴だと思う。



「……逆に、おまえが行ってやらないと、あいつはきっと不眠不休のまま、いつまでも働き続ける。昨日はニコラス、今日は俺をわざわざここに寄こした理由ぐらい、おまえにも分かるだろう?」



 アクセスの言葉に、胸が甘く疼いた。



(そうだよね。アクセスの言う通りだ)



 この二日間、ニコラスやアクセスがわたしのところに来てくれた理由――――それは旦那様が『帰れない』って事実を伝えるためだけじゃない。わたしのことが心配だから――――わたしのことを想ってくれているから、そうしてくれてるんだ。



「わたし、旦那様に会いに行きます!」



 わたしの返事に、アクセスは満足そうに頷いた。

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