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アクセスの待ち伏せ

「驚いただろう?」



 ニコラスとアクセスを追い出した後、旦那様はそう漏らした。一瞬何が言いたいのか分からなかったけど、旦那様を見つめながら、わたしは小さく笑う。少しだけ紅く染まった頬。恥ずかし気に寄せられた眉や、尖った唇が可愛くて堪らない。



「はい、正直ビックリしました」



 クスクス笑うわたしを、旦那様はそっと抱き締めた。怖い思いをさせたことを気に病んでるのだろう。よしよし、って頭を撫でてくれた。



「……本当は悪い奴らじゃないんだ。アクセスはぶっきら棒だけど、根は優しい奴だし、ニコラスは軽薄だけど情に厚い奴で――――」



 ポツリポツリと旦那様が二人のことを話してくれる。聞きながら、わたしはなんだか胸が熱くなった。

 旦那様は、あんまり人づきあいが上手な方じゃない。だけど、一度自分のテリトリーに入った人間はすごく大事にする人だ。前世で中学時代からの親友を紹介してくれたときも、すごく優しい顔をして笑っていたのを覚えている。



(なんだかんだで、ニコラスとアクセスは大事な友人なんだろうなぁ)



 旦那様の大事な人はわたしにとっても大事な人だ。

 たとえ、どんなにセクハラめいた発言をされても、話し掛けに碌に反応してくれなくても、旦那様の友人というだけで滅茶苦茶尊い。絶対的に尊いのだ。



「わたし、嬉しかったです」



 旦那様を見上げながら、わたしは笑う。その一言で旦那様には十分だったらしい。穏やかに目を細めて笑ってくれた。



「ありがとう」



 旦那様の笑顔がとても眩しかった。


 翌日のこと。

 授業を終えたわたしを待っていたのは、思いがけない人物だった。



「アクセス……」


「うむ」



 昨日初めて会ったばかりの旦那様の親友、アクセスが校門の所に立っていた。アンニュイでエキゾチックな雰囲気、愛想の欠片もないアクセスに、同級生たちはタジタジだ。

 そもそも、人間と魔族が接する機会はあまりない。魔族には野蛮な種族も多いし、現にわたしの両親も鳳族に属する風切り族に殺されている。怖いと思う子どもがいても、無理はない。だけどわたしは、アクセスが本当は優しい人だって知っていた。



(なんて、昨日は殆ど話せなかったんだけど)



 ニコラスのマシンガントークを冷めた目線で見つめるアクセスに、わたしはうまく話し掛けることができなかった。彼の仏頂面にめげたっていうのもあるけど、今はあんまり喋りたくないのかなぁって思ったのが理由だった。チラチラと目線は合ったから、何となく話したいことがあるのは分かっていたんだけど。



「わたしに会いに来たんですか?」


「……それ以外ないだろう?」



 問いかけに問いかけで返しつつ、アクセスは穏やかに目を伏せた。彼の物言いはキツイ。でも、旦那様も言ってたけど、別に悪気があるわけじゃないんだと思う。前の人生でもこういう人はいたし、あんまり気にはならなかった。



「ここは目立つから移動しよう」


「はい。どこに行くんですか?」



 家で話すつもりなら、わざわざこんなところまで迎えに来ない。わたしは小首を傾げつつ尋ねた。



「――――ついて来い」



 そう言って、アクセスは踵を返した。



 アクセスに連れられてやってきたのは、近くにあるカフェだった。メルヘンチックな印象のお店で、パステルカラーで彩られた内装に、メイドみたいな給仕服に身を包んだ店員さん、メニューには物語のタイトルみたいな長い名前がついている。ロイみたいに、人の言葉を喋れる猫やウサギなんかも店員さんをしていて、癒しの空間って感じだ。



「アクセスの趣味?」



 思わずそう尋ねると、アクセスは仏頂面のまま「悪いか?」と答えた。何が悪いとでも言いたげな表情だ。



(そっか。好きなんだ……)



 心の中で呟きつつ、わたしはアクセスの視線の先を追う。彼は憮然とした表情でメニューを凝視していて、可愛い店員さんには見向きもしない。店員さんの方はアクセスのことをチラチラ見ているけど、どうやら女性からの視線には興味がないらしい。



「……言ってくださったら、家でもデザートを用意したのに」


「わざわざチビッ子の手を煩わせることは無い」



 そう口にしつつ、スイーツのイラストを愛し気に撫でるアクセスに、わたしはふふっと笑った。


 注文を済ませてからも、アクセスの口数は少なかった。時々何とも言えない表情でわたしを見たり、店員の猫さんをモフモフして遊んでいる。



(何か話があるのは間違いないけど)


 アクセスはきっと、幼女を出しにしなくても、こういう場所に一人で来れるタイプだと思う。だから、このお店に来ること自体が彼の本題ではない。けれど、ある程度食事が進むまで口を割る気はないらしいので、わたしは黙って従うことにした。



「それで、わたしに何の用ですか?」



 商品が来て、ある程度小腹が満たされたところで、わたしは思い切って尋ねた。

 アクセスは、テーブル一杯に並んだスイーツを順番に突きながら、なんとも喜怒哀楽の判別しづらい表情でわたしのことをそっと見ている。なんとなーーく身体に緊張が走った。



「おまえは、リアンのことをどう思っている?」



 すると、アクセスは真顔でそんなことを尋ねてきた。まるで結婚の挨拶の詰問のようだなぁなんて思いながら、わたしはゴクリと唾を呑む。アクセスはわたしのことを『チビッ子』って呼ぶくせに、寧ろ大人として扱っているような感じがして、何となく背筋が伸びた。



「旦那様はわたしにとって、何よりも大事な人です」



 どんな風に答えるべきか迷ったけど、わたしは正直にそう口にした。胸がドキドキしている。こんな風に想いを打ち明けるのは、現世ではロイ以来だ。



「それは、恋心を抱いている、という意味で捉えて良いのか?」



 アクセスは更に質問を重ねてきた。真顔で尋ねるものだから、中々にプレッシャーを感じてしまう。けれどわたしはコクリと頷いた。



「はい。わたしは旦那様が好きです」



 はぐらかそうかなぁって一瞬だけ思ったけど、旦那様への気持ちに嘘は吐きたくない。わたしの言葉に、アクセスは小さなため息を吐いた。



「そうか。……まぁ、そうだろうな」



 アクセスの瞳に少しだけ陰りが見える。感情が読み取りづらい人だけど、この感じはあまり宜しくない。アクセスの眼差しから『憐み』みたいなものを感じてしまう。



「単刀直入に言う。あいつに恋をするのは止めろ」



 思った通り、アクセスは真顔でそんなことを言った。瞬時に身体中の血液が凍り付くような感覚が走る。心臓の辺りがザワザワと騒いでいた。

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