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行ってきます

 そうして、わたしは学校に通うことになった。



「忘れ物はないか?」


「はい、大丈夫です」



 普通は転校初日は親とかが付いて来るものだけど、旦那様はお仕事なので、ロイが付き添ってくれることになっている。お家の前で互いに行ってらっしゃいをするのは、新婚チックで何だか嬉しい。



「これを」



 旦那様はそう言って、小さな布袋を手渡してくれた。お守りが入ってそうな少し厚手の綺麗な布で、けれど、形は巾着とか香り袋みたいな感じだ。



「何ですか、これ?」


「お守りだよ。肌身離さず持っていて」



 最初に感じた『お守り』っていう感覚は正しかったらしい。わたしは「ありがとうございます」って口にしてから、旦那様のお守りを首から下げた。ほんのりと爽やかなミントの香りがして、まるで旦那様に包まれているみたいな感覚を覚える。朝からとっても幸せな気分だ。



「この世界にもお守りってあるんですね」



 そんなことを口にしながらわたしは笑う。少なくともわたしは、現世では神社にも教会にも行ったことがない。だから、この世界にも神様的なものが存在するのか、正直なところよく分からなかった。



「この世界?」



 すると、ロイが不思議そうな表情でそう尋ねた。キョトンとした瞳はあどけなくて、大変可愛い。



(いけない、いけない)



 わたしはあくまでアイリスで、前世の記憶があることは旦那様もロイも知る必要が無い。気を付けないと、だ。



「ごめんごめん、言い方間違えちゃった。お守りなんて初めて見たから」



 わたしはロイを撫でながらニコリと笑う。素直なロイは「そうなんですね?」なんて言いながら笑っている。相変わらず滅茶苦茶綺麗な毛並みだし、ずっとモフモフしていたくなる可愛さだ。



「その中には俺の逆鱗が入っている」


「……へ?」



 すると、旦那様がそんなことを口にした。思わぬ言葉にわたしは目を丸くする。



(逆鱗ってあの、逆鱗?)



 よくゲームのレアアイテムになってて、諺にもなってるあの逆鱗だろうか。あれって確か、『触れるな、危険!』とかって意味だったような気がする。前世に戻って検索するとかできないから、正確な意味は分からないけど、旦那さまったら、そんなスペシャルなものを抜いてしまったんだろうか……!?



「そんなことして、大丈夫なんですか⁉」



 わたしは思わず旦那様に駆け寄った。見た感じ、痛そうなところとか、いつもと違う箇所は無いけれど、身体に支障を来しているんじゃないかと心配になる。



「大丈夫。……俺がいつもアイリスと共にいるって証だよ」



 旦那様は優しくて温かい神様みたいな笑顔を浮かべつつ、わたしのことを撫でてくれた。



(良いんだろうか?)



 キュンとハートをときめかせつつ、わたしは旦那様を見上げる。

 そりゃぁわたしも、旦那様といつも一緒にいたいし、旦那様の存在を感じていたい。でも、こんな風に与えられてばかりだと不安になる。わたしには旦那様に返せるものがなんにもないのに。



「アイリスに貰って欲しいんだ」



 旦那様はもう一度そう言って穏やかに笑った。

 旦那様にとって、逆鱗がどんなものなのか、正確なところはよく分からない。けれど、まるで心臓を預けられたみたいな、そんな感覚がして、胸にじわりと温かい感情が広がっていく。



「大事に……すっごくすっごく大事にします!」



 そう言ってわたしは旦那様に抱き付いた。旦那様はそっとわたしを抱き返して、ロイに目配せをする。ロイは心得顔でゆっくりと頭を下げた。



「さぁ、あんまりゆっくりしていると、遅刻してしまうよ」



 旦那様はそう言って、わたしに出発を促す。けれど、わたしは鳳族の翼を手にしたまま、じっと旦那様を見つめていた。



「……だって、先に行っちゃったらわたしが旦那様をお見送りできないから」



 見送られてしまったら、旦那様が無事に飛び立ったのを見届けられない。ここ最近の日課だったし、前世でもわたしの方が後に家を出ていたから、現世でも見送る側に立ちたいんだけど。



「それは俺も同じ。初日位はアイリスを見送らせて?」



 どこまでもわたしに甘い旦那様は、そう言って優しく微笑んだ。そんな風に言われたら、折れざるを得ないじゃない。



「ロイ、行こうか」


「はい、アイリス様」



 わたしが羽の真ん中をポチッと押すと、背中に丁度いい大きさの翼が生えた。極彩色の綺麗な翼で、付けている間はわたしの意のままに動いてくれる。

 なんて、初めて使ったのは旦那様とお出掛けをした次の日のこと。通学が始まるまでの間にいっぱい練習して、学校まで通えるように練習していたりする。

 ロイも、普段は元気に野山を駆け回るんだけど、わたしに合わせて魔獣用の翼を付けてくれた。



「では旦那様、行ってきます」



 軽く飛び上がってそう口にすると、旦那様は切なげな不安そうな、何とも形容しがたい表情を浮かべた。まるでわたしがいなくなっちゃうのを恐れているみたいな、そんな表情で。



(そんな表情しないで)



 旦那様にはいつだって笑っていてほしい。笑ってわたしを見送って欲しいって思ってしまう。



「お家に帰ってきたら、沢山のお土産話と、旦那様が大好きなお料理を作って待ってますね」



 少しでも笑って欲しくて、わたしはそんなことを口にする。

 すると旦那様は少しだけ目を丸くして、それから穏やかに笑って「気を付けて行ってらっしゃい」って言ってくれた。



(良かった。元気になってくれたみたい)


「行ってきます」



 もう一度そう言って、わたしはロイと共に学校へ向かって出発した。

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