ヘビーレイン
「っ、シャノワール!!」
「シャノ!」
「っ、大丈夫か!」
あまりの急展開に少し呆然としてしまったが、ミスミと所長とルーシャの声が響いて、ハッと意識が覚醒する。
「……ファー、ニア。大丈夫?怪我はない?」
「……っ、なんで庇うのよ!意味わかんない、意味、わかんない……」
ファーニアも混乱しているようで状況を掴めていない。
リゼラも私が庇うとは思っていなかったようで、驚いたように目を瞬いている。
「……へぇ、貴方も少しは成長したのね。もう見ているだけじゃない、というわけ?」
「…………。」
私は無言でリゼラを睨みつけたあと、ファーニアに向けて頭を下げた。
「ファーニア、ごめん。私のせいで貴方に酷い傷を付けてしまうところだった。……それと。……ミスミはきっと貴方だけを愛してるわけじゃない。でも、ミスミは私だけを愛しているわけではないから、それは信じてあげてほしい。ミスミが貴方に捧げる愛と、私に差し出す愛は別物、だから」
「……は?何、それ。あんたを許せってこと?……違う、違う!私はお兄ちゃんのたった一つの愛が欲しい!お兄ちゃんがあんたにあげてる愛も、そこの男二人にあげてる愛も、全部全部!全部欲しい!」
ファーニアの身勝手な言葉に、その場に居た人間は三者三様に呆れたような表情を浮かべた。
そしてミスミは、呆れたような、愛おしい者を見つめるような顔をしていた。
そして、ミスミは言った。
ファーニア。俺は、お前を家族として一番愛している。そしてシャノは、人間として一番、愛している。もちろんギルさんもルーシャも、二人とは違う形で愛しているんだ。
俺は一人の人間だけを一生愛すなんて器用な真似はできないから、形を変えたそれぞれの愛で、受け取って欲しい分だけ愛を捧げる。ファーニアにはファーニアのための愛、シャノにはシャノのための愛。
俺はファーニアを恋人にすることはできないし、家族愛以外の愛を与えることもきっとできない。……でも、今までお前に捧げた愛がお前への愛全てじゃない。俺はお前への捧げきれない程の愛を、たくさんたくさん抱えている。でもこれは見せられるほどお綺麗な形をしていないから、ずっと俺の中にあるんだ、昔から。もちろんこの愛はシャノへのだってあるし、それ以外もある。
……けどな、ファーニア。俺がお前に捧げてる愛は、お前にしか渡してない。だから俺の特別なたった一つの愛を、お前はもうずっと前から持ってたんだよ。
ああ、昔から。
ミスミの愛はとても綺麗で、尊いもので。
その愛を一度に、一心に浴びたファーニアは放心して口を開けたまま静止している。
この場で言うと消えかかった火をもう一度起こしてしまうため口には出さないが、ミスミの、それぞれのために形を変えた愛、及びミスミが一人で抱え続けている愛が私への愛にも形を変えていることを知って思わず流れ弾を食らってしまった。
そして今までも十分強烈だったミスミからの愛が、ミスミが私に受け取って欲しいと思っていた分だけだったと知って余計に。
それで。やはり確信した。
私には、ミスミの美しい愛を受け取る資格がないのだと。
今までその場の雰囲気に流されてどっちつかずの態度を取っていた。それは少なからずミスミから与えられる愛を心地よいと思っていたからだ。
自分が汚れていて、その手で触れただけで相手を穢してしまうことを知っていたはずなのに。
ミスミは、とても綺麗だ。
見た目も、心も、なにもかも。
こんな汚い血に塗れた私を想ってくれるその気持ちも、世界中の何よりも綺麗だ。
でもミスミには、ミスミにしか守れない人がいる。
ミスミの綺麗な愛は、私がいなければもっと相応しい、綺麗なものに注がれているはずだったのに。
ファーニアにだって、もっとたくさんの愛を注げたかもしれない。
ファーニアが愛に飢えてしまったのも、元を辿れば全部、全部私のせいだ。
国も、両親も。王族に生まれておきながら私は何も守れなかった。こんな、何もできない私のせいでミスミはファーニアを失うところだったのだ。結果的に私がファーニアを助けた形になったとしても。それでも、最初から私がいなければ。
国は、信じて愛した先代王と王妃、言わば国の父と母を一度に失ってしまった。
そして両親は、命を失った。
私が、自分の姉すらも止められなかったから。この手が誰にも、届かなかったから。
私が、出来損ないだから。
リゼラの歪んだ微笑みが、私に突き刺さった。




