シン
ロージアとの対話から数日後、探偵事務所にロゼットが訪れていた。
「あれから母に呼び出されて、また暴力を振られるのかと思ったら突然頭を下げられてびっくりしたんです。それで、今までのことを謝罪されて……。許すつもりは無かったんですけど、もう二度と近づかないと言われてもういいかという気持ちになっちゃいました」
「それは良かったです、こちらも母君を殺すことにならなくて安心しましたよ」
「ふふ、そうですね。それで母は、私が安定した職を持つまでの生活費と学費を全額出してくれるみたいで……。でもそれではやり甲斐が無くなるので少しは自分で稼ぐことにしたんですけどね」
それを聞いて、ほっとした。
私が身分をバラしてロージアを責め立てたせいで逆上して、ロゼットの学費を払わなくなったらどうしようと少し考えていたのだ。
まあその不安を話すと所長が、そうなれば僕がロゼットを養うから大丈夫、と言ってくれたのだが。
「本当に、ありがとうございました。ギルブライトさん、シャノワールさん。また何かあったら依頼させてもらいますね!」
「本当ですか!助かります。それでは、また」
「はい!」
ロゼットは笑顔で帰って行った。
色々想定外はあったが何はともあれ一件落着、初仕事もなんとかなって良かった。
「シャノ、今回の件で伯爵家のロージアに身分を明かさせてしまって悪かった。でも本当に助かったよ。君が居なかったらこんな結末は有り得なかったかもしれない。本当に、ありがとうね」
「いえ、身分を明かしたのは全部自分の意思ですし解決したのも身分のお陰で、私は何も……」
「それはそうかもしれないけど。でも君の言葉、格好良かったよ」
「……そうですか?」
「ああ、次からもその調子で頼んだよ、シャノワール」
その数日後。
今度は探偵事務所らしく、人探しの依頼が来た。
やたらと顔を隠した男が、最近家から逃げ出した罪人を捕まえて欲しいと。
罪人が逃げ出す家とはどういうことだろうと考えたが、詳しいことは何も語られなかったので気にしないことにした。
しかし探偵事務所の仕事は人探しが主とはいえ、逃げ出した罪人を探すのは果たして探偵の仕事なのだろうか。
仕事が少ないので稼ぎもなく、依頼が来たらとりあえず受けている現状断ることはしなかったが、虱潰しに探して見つかるものなのか。
罪人なら警察の管轄だろうにそうしないということは、警察には頼めない事柄なのだろう。
警察に頼めない罪人、嫌な予感しかしないがまあ仕方ない。
私と所長は、罪人の特徴を聞いて聞き込み調査を開始した。
手がかりも少ないし、罪人ならばもう他国に逃げてしまったかもしれない。私も所長も、長丁場の仕事になることを覚悟していた、が。
その罪人は、想像の何倍も早く見つかった。
依頼者は、その罪人はまだ年若く、とても脱獄犯とは思えない見た目をしていると言っていた。
そして、とある日の聞き込み調査でとても可愛らしいが薄汚い浮浪者が居ると聞き、淡い期待を込めて教えてもらった場所に行くとそこには。
プラチナブロンドの髪に意志の強そうな赤い瞳の少年がいた。
「あの……、すみません、特に他意があるわけでは無く、最近脱獄したという罪人は貴方ですか?」
「…………!」
あまりに直球すぎる所長の問いかけに、当たり前だが罪人(仮)は逃げ出した。
「所長……!あんな聞き方したら逃げるに決まってるじゃないですか、何をしてるんですか……」
「いやぁ、ごめんね。でも逃げたってことは彼が罪人ってことで、ほぼ決まりでしょう?」
「それは、そうかもしれないですけど」
「ほらほら、ぼさっとしてないで追うよ!」
罪人の少年がこの辺りで浮浪していたことは事実らしく、もうまともにご飯も食べていないのだろう、体力が無いようですぐに追いつけた。
「やっと捕まえた……!僕たち、探偵をしていてね。脱獄犯を捕まえてくれって依頼されて君を探してたんだ」
「…………嫌だ」
「……嫌って言ったって、犯罪を犯したのも脱獄したのも、全部君だろう?」
「違う!逃げたのはおれだけど、おれは捕まるようなことは何もしてない……!」
「……どういうこと?」
少年にも何か事情があるようだし、話も聞かず無罪を主張する少年をそのまま依頼者に引き渡すのは少し躊躇われたので、とりあえず一旦事務所に帰り少年の話を聞くことにした。
事務所に帰ってとりあえずお茶を出しながら話を聞いたところ、少年は身寄りが無くまともに働ける歳でもないので、同じような境遇の友人と二人でなんとか小銭を稼いで暮らしていたそうだ。
ところがそんなある日、友人が突然ナイフを持って襲いかかってきた。明確な殺意があって襲ってきたわけではなかったので、なんとかナイフを躱して話を聞こうとしたところ友人が自分で自分の腹を刺したという。
何がどうなっているのか分からないが、このままでは友人が死んでしまうと思い人を呼びに行こうとした。が、そんな時友人が突然高らかに叫んだのだ。こいつに刺された!と。
少年は訳がわからないまま居合わせた通行人に通報され、牢獄に入れられたというのが事の顛末だった。
少年の言うことが本当かどうかも、仮に本当だったとしても友人の意図が何一つ分からない。
「うーん、その話が本当だったとしたら依頼者は何かしらの事情を知っているんだろうね。とりあえず君はまだ見つかってないことにして、経過報告のために依頼者に会って探りを入れよう。……そういえば、依頼者は何故か警察に頼まなかったよね。となると……君はどこの誰に捕まってたの?」
「……国だよ、国。おれはこの国の王城、ミザリー城の地下牢獄に入れられてた。なんでこんなガキが王城に入れられたのかは分かんねえけど……」
「……それ、って……」
国、王城。私が逃げ出した、あの場所。
……でも、いくら殺人事件の犯人候補と言えどこんな少年が起こした事件に国が関わるはずがない。
ということは、恐らくこの少年の言っていることは本当なのだ。
王族、またはその関係者が何らかの目的でこの少年をちゃんとした理由付きで王城に入らせる必要があった。
そのために「同じような境遇の友人」を雇い、少年に近づかせて事件を偽装した。
表向きは殺人事件の犯人とだけ言っておけば、事件の程度も犯人の年齢も周囲の人間が知ることは無く、特に疑われることもなく少年を王城の地下牢獄に入れることができる。
……あの依頼者も、きっと王族の関係者だったのだ。
不自然なほど顔を隠していたのも、万が一にでも関係者だとバレないように、ということだろう。まんまと騙されてしまった。
……しかし。国の目的も何も分からないが、こんな悪趣味なことをしそうな人間を一人だけ知っている。
リゼラ・ブラクリニアス・ミザリア。
私の実の姉であり、この国の女王陛下だ。




