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ライアー








ロゼットの母、ロージアは、結構本格的に所長に惚れてしまったらしい。

所長は確かに若くて顔もいいが、どちらも貴族であるということを考えるととてもじゃないが年齢的に釣り合わない。

だがもう恋する女の顔をしているロージアは、先程からチラチラとこちらを睨んできている。明らかにお前は邪魔だと訴えかけている視線に少し居心地が悪い。


ロージアから視線を外すと、所長と目が合う。

所長は少し微笑んで、小声で少し席を外して、と呟く。

助かったと席を立ち扉を開け、去り際にこっそりとロージアの顔を伺うと勝ち誇ったような顔をしてこちらを見ていた。


まさかロージアは私と所長がそういう関係だと勘違いしているのだろうか。勘弁して欲しい。



「おや、どうされましたかお客様。お話は終わったのですか?」



部屋の傍で待機していた執事だ。ちょうど良かった。




「いいえ、あとは大人同士で話をしたいらしく追い出されてしまいました。どこかでギルブライトさんを待っていたいのですが……空き部屋などはありますか?」

「ああ、なるほど、そういうことなら今日は天気もいいですし、ロージア様ご自慢のお庭で待たれてはいかがでしょう?」




そういえばこの屋敷に来た時、薔薇が咲き乱れた庭があった。あそこならば退屈しなさそうだ、とは思ったが。


本当は褒められることではないどころかバレたら面倒なことになるが、一応自分は探偵事務所で働く身だしバレたらまあ所長が何とかしてくれるだろう。

単純に興味もあるし、少しだけこの屋敷の中を見て回ることにした。

執事には庭に向かうとだけ告げて、執事と別れる。


ここは二階なのでとりあえず下に降りてみることにした。

一階に部屋は五、六室ほど、そして調理場があるようだ。


さすがに部屋に入るのはまずいとは思うものの、まあ厄介なことになったら所長が……と開き直り、人がいたら迷ったことにしようと決めて左側から部屋を見ていく。


一番左の部屋は住み込みの使用人の部屋なのか、狭くて家具も安っぽいものが多い。人はいなかったため、部屋の中に入ってみる。

が、特に何も無かったのでさっさと出て次の部屋に入った。


二つ目の部屋のドアノブに手をかけた瞬間、誰だ!と大きな声が聞こえて、驚いて手を離す。



「……あ、すみません。ロージア様との対話で訪れたのですがちょっと迷ってしまって……」

「なんだ、お客人か。驚かせて悪かったな」



良かった。怖い人ではなかったようだ。

扉が開いて、背の高い強面の男が出てくる。



「……?随分可愛らしいお客人だな。嬢さんみたいな子供が、ロージア様と対話?」

「ああ、いえ。私は上司の付き添いで……」

「なるほどな。で、その上司とはぐれちまったのか?」

「上司はロージア様と対話中なんです。子供の私は追い出されてしまって……」



そういうことか、と笑いながらなんとか納得してくれたようだ。

二階で対話が行われているのだから迷子になんてなりたくてもなれないような距離なのに、一階で不法侵入をしようとしていた不審者が迷子ですと言って信じてしまうなんて、お人好しにも程があるというか恐らく馬鹿なのだろう。



「それで、上司を待つ間どうするんだ、嬢さん」

「ああ、庭で……」

「シャノワール」

「……あれ、所長。お話は終わったんですか?」

「いや、まだだけど、そろそろ本題に入れそうだから呼びに来たんだ。君も、聞いておきたいだろう?」



本題とは、ロゼットにしている非道なこと、の件だろう。

私が退出する時、ロージアはもう大分所長に惚れていたし、完全に籠絡するのにそう時間はかからないと思ってはいたが想像以上にあっさりだ。



「そうですね。それでは失礼します」

「ああ、もう迷子になるんじゃないぞ、可憐なライアー」

「……え?」

「なんでもない、なんでもない。じゃ、またな」





ライアー、嘘つき。何だ、もしかして迷子と嘘をついたのがバレたか、まあバレたところで一端の使用人なら大した問題ではないが、しかしまたね、とは。

もう会う機会はないと思うが、ただの挨拶だったのだろうか。

まあ、いいか。


そうして所長と共に客間へ戻ると、ギルブライトの姿を見て表情を明るくするが、私の姿が見えた途端一変し私を睨みつけるロージア。なんとも素直な人だ。



「レディ、おまたせしました。貴方と二人きりで話がしたくて追い出してしまいましたが、考えてみればここは知らない屋敷。この子が退屈してしまうだろうと連れ帰ってきました。まあお気になさらず」

「ああ……そうね。分かったわギルブライト様。貴方がそう仰るなら……」



うわあ、堕ちている。

退出際の勝ち誇った笑みを思い出すと、また邪魔だなんだと私を追い出そうとするかと思ったがギルブライトが言うならと納得してしまった。

こんな数分で何をしたんだ、所長……。



「さて、ではお話の続きをしましょう。レディの娘さんの話です。レディは旦那様を亡くしておられますよね。娘さんは今どうやって暮らしているのです?」

「私が奴隷として雇ってあげて、学費も払ってあげてますわ」

「……そうですか!先程は娘は精々使用人がいい所と仰っていましたけど、奴隷は使用人以下ですよね。何故使用人にしないのですか?」

「あんな出来損ないとは言え実の娘を自分の家の使用人にするのはちょっと外聞が悪いでしょう?だから誰にも内緒で奴隷にしてあげたのですわ」



ぺらぺらと最低なことをなんでもないかのように話すロージアに吐き気がする。

何が雇ってあげてる、だ。何が払ってあげてる、だ。

何が奴隷だ。何が。



「……黙って聞いていれば。出来損ないは貴方でしょう。実の娘に奴隷だの使用人だの。何様のつもりです?家事も子育てもろくに出来ず全て夫任せ、夫が居なくなれば娘も捨てて。貴方は何も持っていないんです。ロゼットに対して、何も。そんな貴方がロゼットを好きにする権利なんて一つもありません」

「……はあ?突然なんですの?母親は子供を産んで育ててあげているのです。子供を持たない貴方には分からないでしょうけど、母親というのは子供を好きにする特権を持っているのですよ」

「……貴方はロゼットを育てていないでしょう。それに、それに……。母親が子供に対して持っている特権なんて、献立の決定権くらいです……!」



一思いに思ったことを吐き出して、少しスッキリした。

ちらりと所長を見ると、深くため息をついて頭を抱えていた。ごめんなさい、所長。


ロージアの方に向き直ると、ロージアは目を見開いて顔を真っ赤にしていた。いい気味だ。



「なん、ですって……?……ただの小娘が知ったような口を聞くんじゃないわ!貴方それでも貴族なんでしょう?潰してあげるわ、貴方の家ごと、この私が!」



愚かな人。

所長が言っていただろう、貴方にお会いするに相応しい地位は持っている、と。

もしロージアより地位が低いなら、はっきりそう告げている。でも、伯爵家には言えないほどの地位だから。

こんなところにいてはいけない地位だから、濁していたというのに。


……もう、いいか。潰すと言ったのだ。私に。ならば、これはれっきとした正当防衛だ。




「……貴方、このシーゼリカ・パーム・ミザリアに何を言っているの?」

「……ミザ、リア……?ミザリアって王家の……。ふふ、そんなはずないでしょう。こんな生意気な小娘が王族だなんて、ふざけるのも大概にしなさい。それに、王家にシーゼリカなんて娘がいるなんて聞いたことないもの!」

「それは私が側室の娘だから。母が平民の出だったから、王家の汚点と呼ばれ表には出てこなかっただけ。……私は、現女王リゼラの腹違いの妹、シーゼリカ。れっきとした王族です」



うそ、嘘よ、そんなはずないわ。ねえギルブライト様、冗談よね?こんな失礼な娘、今すぐ追放すべきですわ、と喚いていたが、所長は冷静に、静かに言った。




「残念ながら、事実ですよ。彼女が王族なのも、貴方が……王族を、罵倒したことも」



と。



「そ、そんな……。そんな、はず……っ、シーゼリカ殿下、なんでも、なんでも致します。どうかお許しください、どうかお慈悲を……!」

「……身分を明かさず貴方には逢いに来たのは私です。貴方を罰する権利は、私にはありません。でも。

このシーゼリカ・パーム・ミザリアの名の元に、貴方の娘、ロゼットに誠心誠意謝罪すること、そして、謝罪が済んだらもう二度とロゼットに近づかないことを誓いなさい」

「は、はい、承知致しました……!」



ロージアは顔面蒼白のまま、涙ながらに平伏した。

王族であると明かすのはちょっと想定外だったが、スッキリしたのでまあ良しとしよう。






「……帰ろうか、シャノ」

「はい、所長」

「それにしても、あんなに拒絶していたのに都合のいい時だけ家の名を借りるなんて、見かけによらず狡いことをするんだね」



「……貴方には言われたくないです」





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