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警戒

「魔女」として投稿していた回があまりに長すぎて読みづらかったので二つに分割しました。

内容には変更ございません。本日分(01/28)はこの後投稿します。

「さてそれでは最後に報酬を頂くとしよう!」


 魔女は高らかに声を上げた。

 びくり、とアリスの肩が揺れる。もしかして今からとんでもないお願いをされるとか、家が傾くくらいの金額を請求されるのでは、と思った。先ほどからこのような人を食ったような態度の時、軽薄な魔女は何かしら良くないことを言うのだ。


「なに、そう怯えるな。簡単なことだよ。今からあそこに行って冷えたレモネードを一つ買ってきてくれ。たったそれだけだ」


 ふい、と持ち上がった指先を目で追う。

 そこには続々と列に並ぶ人の波ができていた。次から次へと人が増えて押し合いへし合いしているので、気を抜いたらあっという間に列からはじき出されてしまうだろう。


(ちっとも簡単じゃない…!)


 悲鳴は上げなかったもののアリスの顔はそう叫んでいた。


「うひひっ、昨日訪れたときはすでに完売でねェ。ほら、今日は店番もあるし私はここを動けないから。大丈夫、一人一人にそんなに時間がかかるわけじゃないから思ったよりすぐ買えるはずさ」


 変な声で笑う彼女が初めて悪い魔女(・・・・)に見えた。


「う、分かりました…。確かに貴重な物を頂いたのですからこれくらいのお願いは叶えなければいけませんよね……」


 どちらかというとアリスは無理矢理日記帳とネックレスを押し付けられたはずなのだが、その2つがどんな価値を持つのか知らない内から魔女に対して変な恩義を感じていた。


 魔女から自分の分も買っていいよ、と余分に渡された銅貨を持ってアリスは勇み足で暴力的ともいえる数の人込みへと乗り込んだ。


 ひらひらと手を振って不慣れな背中を見送る。本当に飲物が欲しくて行かせたのか、ただ単にアリスがもみくちゃにされる姿が見たかったのか、どっちにしろ、ろくでもないことに変わりはない。



「頑張ってねェ、ひひっ。……で、さっきから君はずっと黙っているけど、私に話があるんだろう?だからあの子が心配なのにこうしてここに残ってる」


 先に切り出したのは魔女の方だった。ゆるりと足を組み替えるとノアの方へと首を傾げた。布越しなのに痛いくらいに品定めされているような視線を感じて青年は不愉快そうに鼻を鳴らした。


「彼女に渡した本、あれは本当に貴女が書いたものか?相当な年代物だ。どう考えてもあなたの見た目とは釣り合わない」


 憮然とした態度を隠すことなくノアは尋ねる。この女には回りくどいことをしても無駄だと早々に判断していた。


「私は私を信じる者に嘘をつかない、さっきそう言っただろ。君みたいな生意気な子猫はちょっと遊んでやろうとでも思うかもしれないがさっきの子は別だ。あの子はいいね、可愛い」


 偉そうな物言いに特に気を悪くした様子もなく飄々と魔女は答えた。

 対するノアは答えになっていない、といっそう目を尖らせる。しかしムキになったところでまともに答えてくれるとも思わないのでとりあえず次の質問へと移る。一番聞きたかったのはこれだ。


「さっき彼女に渡した石、あれは本物か?だとしたらどうしてあなたが持っている」


 青年はあの石の存在を知っていた。なぜなら彼が平民舎で入学から卒業までのテーマとして選択した研究課題は極東の魔女(・・)と呼ばれる人々のことだからだ。専門書がないのは勿論のこと、魔女にまつわる情報はあまりにも不明瞭で、それが果たして真実なのか嘘なのかは他でもない魔女に聞くしかないからだ。しかし彼女達は極力外界との関係を拒絶する。このような詐欺まがいの行商で見る魔女とは大抵が御伽噺に触発された偽物だ。


 アリスが受け取った双子の龍血石は曖昧な魔女に関する情報の中では珍しく真実だとされる説を持った有名な存在である。

 それはノア達の間では≪魔女の秘宝≫と呼ばれていた。

 ノアはその実物を目にしたことがある。今日のとは違う方だが。

 だから分かる。この女がアリスに渡したあれ(・・)は本物だ。


「また同じことを言わせるつもり?あれは間違いなく私が自分と妹のために加工したものだ」


 そんなはずはない。絶対にありえない。それなのに語られている逸話と同じことが起きている。姉妹が作った≪魔女の秘宝≫のうち、一つは妹の子孫へ、もう一つは製作者たる姉が持ち去ったままどこにあるか分からない。しかしその話はもう300年以上前(・・・・・・・)のことだ。


「貴女は一体…何者だ?」


 ノアは最後に重ねて問うた。


「おかしなことを聞く。最初からちゃんと名乗っているだろう?魔女(・・)だと」


 言いながら魔女は目元を覆う厚い布の結び目を解いた。

 燃え盛る業火のような色だ。


 どうしてだかは分からない。しかし一つだけはっきりしていることがある。魔女というのは炎のように赤い瞳をして、それで世界の理を見ているのだと。魔法という摩訶不思議な術は世界の理を改変する力だと。


「君はよく私たちについて勉強しているようだね。頭の硬い連中はどうだか知らないが、私は学びを求める者を好ましく思うタチでね。だから君にヒントをあげよう。あの娘にあげた日記帳を読みなさい。そうしたら君が知りたいことが一つか二つくらいは明らかになるだろう」


 といっても、と魔性の目がノアの頭のてっぺんから爪先までを値踏みするようにはいずり回る。ぞわりと背筋が粟立った。


「君には開けないだろうから、せいぜいもう一人(・・・・)の手を借りるんだね」


 驚愕と恐怖と殺意。そんなものたちがない混ぜになったような表情が一瞬で無粋な魔女へと向けられた。

 人生の大半をさすらいと共に生きてきた老獪な魔女にとってはそんなものはちっとも通用しなかったが。

 彼女は機嫌よく唇の端を釣り上げて、解けないようにしっかりと目を覆うための布を頭の後ろで結ぶ。


「せいぜいあれを上手に生かしな。ほらあの娘が帰ってくるよ。そんな顔をしていたら嫌われるぞ」



 少女と青年を見送って、また静けさが訪れた木陰で黒い髪の美女が気怠そうに紫煙をくゆらせていた。


「ふふ、幻覚を使ったのかと思ったのか。奇術なんかと一緒にされるとはね…、私は生憎そっちは得意じゃないんだ」


 少し前に別れた二人のことを思い出すとまた機嫌よく声をあげて笑ってしまいそうになる。

 呼ばれてやってきて見れば思わぬ収穫があった。あんな面白いもの、はじめて見た。

 ぼんやりと時間ばかりが流れていく日々で、 大した刺激もなく退屈さに任せてさすらい歩いていたが当面は娯楽に飽きなさそうだ。

 今のうちに縁を結んでおくのも悪くないかとつい要らぬサービスまでしてしまったがきっと良い方向に働いてくれるはずだ。


 魔女の手が再び煙管の準備をするために動き始める。

 煙管はいい。手間の割に3服しかできないという不便さを嫌って最近ではパイプの方が流行りだが彼女はもうずっと長いこと煙管を愛用していた。一服を大事に吸えるし、手がかかるものは可愛い。そして何よりいい練習(・・・・)になる。


「よっ」


 覇気のないぼんやりとしたかけ声と共にパッと赤い光が弾けた。


「使わないものはすぐに忘れていくからね…日々の研鑽っていうのは大事なものなのさ」


 大気に淡く溶けていく煙。魔女の手には煙管の他、何も握られていなかった。



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