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邂逅


 舞の練習は顔合わせの翌日から始まる。祭りまでの短い期間で少しでも完成度を高めるため毎日行われる練習初日で既にアリスの心身は限界を訴えていた。主に身の方だが。


(格差っ…!)


 眼前では、もうすっかりと今日教えられたばかりの振りのコツを掴み、全体の動きを反芻して身体に馴染ませるように一人練習に励むミュリエッタの姿がある。

 荒削りながらどことなく神々しさすら感じられるその姿に、舞を教えた修道女も、パートナーを務める王子も魅入っている。


 対してアリスはといえば、振りは完璧に頭に入っているものの、それを再現しようとしてはふらふらと前後左右にふらつき、全て通して演じてみようと思えば体力が追いつかず、今は渡された冷たい水を片手に明星の間の端に大人しく座っていることしかできなかった。


 軽やかに跳びはねてみたり、スカートの裾が美しく円を描く様に回ってみたり、純真無垢な暁の乙女そのものが舞っているかのようなミュリエッタの姿を見ているのは精神がゴリゴリと削られていくような心地がした。

 エレオノーラの付き添いで来ている時は何気なく見ていた姿だが、当事者となった今は呑気に眺めてはいられない。あれの隣に立つのだ。


(エレオノーラ様ならば、私の様に無様を晒すこともないのに…)


 ミュリエッタの凄さは確かに認めるが、今までのエレオノーラだって負けていなかった。初日から白くて長い腕を羽の様に広げて———。


(そう、こんな風に)


 記憶の中のエレオノーラをなぞるようにして、手の甲を内に反らして腕を真横に伸ばす。


 ≪宵≫は王国に満ちていた闇を全て引き受けた。

 争い、怒り、悲しみ、死。人々に疎まれる全ての毒をその身に引き受け、その身の終焉をもって全てに幕を下ろした。新しい時代の幕開けは暁が開いたものだが、宵はその障害になるもの全てを暁の前から葬り去ったのだ。


 今でこそ神聖視されて≪明星の乙女≫として暁と同格に祀られているが、彼女たちが本当に息をしてこの世界に足を付けていた頃、きっと彼女は悪に他ならなかったのだろう。


 そんな彼女に唯一寄り添い忠誠を誓った騎士。滅びの時を共に迎えた宵の乙女唯一の味方。


 アリスは彼らとは違う人間だ。ただその境遇に己を重ねずにはいられない。

 この身はエレオノーラの為に存在するのだから。アリスはエレオノーラの騎士なのだ。


(でも……、もし私が宵の乙女ならその騎士は…)


 ちらついた空色にアリスはそっと腕を胸に寄せた。


「大したものですね」


 横から簡単したような声が上がって、アリスははっと現実に引き戻された。

 隣に腰掛けるのはアリスに付き合って休憩を取っているパートナーのアルフィーだ。あのニナの弟ということでアリスは勝手にこの青年に親しみを覚えていた。


「まるで本物の暁の乙女の様ですよね」


 ミュリエッタがパートナーだったらこの青年も楽だったろう。少なくとも練習序盤で休憩を必要とするようなことにはならないはずだろうし。

 口にして芽生えた申し訳なさにアリスは口を閉ざす。


「あぁいえ。そうではなくて…。いや、彼女の舞が素晴らしいのは確かなんですが、」


 ふ、とアルフィーの険しい目つきが和らいだ。


「俺がすごいと思ったのはあなたですよ、ご令嬢。まだほんの一、二回しか振りを見ていないのにもうすっかり覚えているんでしょう?」

「それは…」


 何回も見ているから。半分反則技だ。


「ありがとうございます。とても素敵な舞を何度も目にしたことがあって…。といっても残念ながら身体が追いついてくれないみたいですが」

「俺もですよ。元々運動は苦手なんです」


 そう言うアルフィーの動きは確かにアリス程ではないものの、王子に比べるとぎこちなさが目立った。ひょろりと細い体躯もあいまって、何となく不釣り合いな感じがするのだ。

 アリスは自分たちを選んだ何者かに文句を入れたいくらいである。


「お互い、頑張りましょうね」

「ほどほどに、ね」


 アルフィーはちらりと暁の二人を見て言った。意味深な目配せにアリスはくすりと顔を綻ばせた。



 時間は瞬く間に過ぎていく。

 毎日、毎日、自分のカリキュラムが終われば学院内の教会へと向かう。練習を重ねて一週間も経てば、大体の流れを追えるようになった。アリスもまだ危ない箇所はあるものの、ひとまず形にはなってきている。


(これならなんとか当日までには…)


 合わせの練習が終わった後、一人残って練習を続けていたアリスは、あふれた汗をぬぐいながらようやくほっと息をついた。エレオノーラに見劣りするが、できる限り忠実に型をなぞった舞はできそうだ。

 何とかなりそうだ(・・・・・・・・)と思った自分に気が付いて、虚を突かれた。


「私……」


 いつの間にか普通に成功させるつもりでいた。


 物語を正しく(・・・)進める為には、ミュリエッタの妨害をしなくてはならない。そして当日はミュリエッタ一人の力で舞を成功させなくてはならない。アリスが当日舞うなんてもってのほかだ。

 それを忘れてすっかり練習に没頭してしまっていた。


 アリスはため息をつくと、壁に背を預けてぺたりと床に腰を下ろす。少し上を見上げれば二人の乙女の姿が目に映る。

 宵と暁、二人の乙女の間に確執の様なものは無かったのだろうか。


 あればいい、と思う。宵の乙女が本当の悪役だったどんなに楽か。

 昔も今も、アリスは人に敵意を向けることが得意ではない。

 小さく頭を振ってアリスは立ち上がった。


 今回のメインはミュリエッタが王子と二人で祭りの≪明星の舞≫を成功させることだ。


 最悪アリスはどうにかして本番に出られなく(・・・・・)なってしまえばいい。


 影を帯びた琥珀色の目がちらりと自分の傷跡をなぞる様に見る。


「方法はいくらでもあるんだから」

「どういうこと?」


 西日の差し込む室内に細く伸びる影が二つ。一つはアリスの、もう一つは———


 ふいに訪れた静寂を破る凛とした声に、アリスは身を固くした。


『血の色? 私とお揃いね』


 血の様に真っ赤な髪が不気味だとからかわれたアリスの手を取ってそう言った。

 曲がったことが大嫌いで、誰よりも正義でいようとする。


 その正しさをいつから疎ましく思うようになったんだろうか。ミュリエッタの味方でさえなければ、アリスの敵に回ることもなかったのに。


「何かよくないことをたくらんでいるんじゃないでしょうね」


 その名をあらわす鮮やかな朱色の髪を背にはためかせて、マリー・バーミリオンはきっとアリスを睨みつけた。


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