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顔合わせ


 こぢんまりとした空間に円卓と四人分の椅子が用意された休憩室には、王子とミュリエッタの姿がある。

 柔らかなまなざしでミュリエッタと言葉を交わしていた王子は、アリスの訪れを快く迎え入れた。


「久しいな、シュキアス嬢。あれから身体の調子はどうだ?」


 親し気な王子の態度に、不自然さを覚えながらも頷く。


「ええ、おかげさまで随分と良くなりました」


 みなと共に学園街へと帰らずバカルディでしばらく治療を受けることになったアリスに十分配慮を、と指示したのは王子だ。滞在していた屋敷での扱いはいつにもまして丁寧だった。


「それは良かった。まぁ座れ。病み上がりの娘を立ちっぱなしにさせていると知られたら、宰相にますます嫌われてしまう」


 アリスは苦虫を嚙み潰したような顔をした。またそれか、と口に出さずともうんざりとした様子が見て取れた。

 家令も、母も、王子でさえ父がアリスを心配していると言う。


「伝令を聞いた後しばらく宰相は使い物にならなかったと父が。俺も城に戻ってから散々な目にあった」

「まさか、仕事一筋の父に限ってそんなことは。私にお気を遣われなくてもよろしいのですよ」


 皮肉交じりのそんな言葉に、王子はゆったりと笑った。


「難儀なことだ」


誰にあてた言葉か、アリスは聞こえないふりをして椅子の一つに腰掛けた。


「とにかく、これからしばらく、こうしてともに過ごすのだからよろしく頼むぞ、シュキアス嬢」


 円卓の上に差し出された手を無視することはできなかった。


(疲れる……)


 この場にやって来てものの十分と経たない内からドッと精神が疲弊した。ゴリゴリと何かが削られている気さえする。


 ぐったりとしたアリスは、黙ったままのミュリエッタに何気なく目を移した。

 アリスと王子が会話している間、じっと黙ったまま話に割って入ることもなく、今もアリスからの視線を受けてそわそわとしているのに、いつものようにやかましく喚きたてたりしない。

 少しは貴族社会に慣れてきたのだろう。

 アリスに話しかけて欲しいというオーラが余計に鬱陶しくて、きゅっと眉を潜める。

 それを会話の合図だとミュリエッタは取ったらしかった。


「お久しぶりです! アリス様!」

「オルデン子爵令、」

「もう、分かってますよシュキアス様。相変わらず頑なにその呼び名をやめて下さらないんですから!」


 夏の間の出来事はミュリエッタの親愛度を妙に上昇させたらしかった。

 全くもっていい迷惑だ。


「≪明星の乙女≫なんて大役、わたしに務まるのか不安だったんですが、シュキアス様がいるなら頑張れる気がします!」


 妙に気合のこもった様子である。両手で握りこぶしを作りながらそう息巻くミュリエッタにアリスの精気はますます吸い取られていくようだった。


 遠い目をするアリス。

 毒気を抜かれて覇気のない、どこかぼんやりとしたアリスを見て、王子は口角を上げた。


「シュキアス嬢はあまり乗り気じゃないな」

「えぇ、まぁ大事なお役目ですから。私に務まるようにはとても思えないもので」


 王子は、にっこりとよそ向きの席でする様な人好きのする笑顔を浮かべる。


「今回の祭りの運営には俺も関わっているんだ。いずれ王都で行われる祭りも指揮しなければならなくなるからな。今回はその予行ともいえる。祭りの成功にはシュキアス嬢の協力は欠かせない。ぜひ頑張ってくれ」


「はぁ……」


 げっそりとした返事に、王子は噛み殺しきれなかった笑いを漏らした。


「…ところで、もうとっくに集合の時間は過ぎていますが、あともう一人の騎士役の方は何を?」


 仮にも一国の王子を待たせているのだ、

 前回までの騎士役は平民舎の真面目そうな男だった。名前もちゃんとは憶えていないくらい存在感が薄かったけれど、彼ならば絶対に遅れはしない。きっと今回は違う人物なのだ。

 ミュリエッタが宵と暁の両乙女をこなすとき、進んで王子に騎士役を譲ったらしい彼は、アリスと同じくこの世界では脇役なのだろう。

 顔も思い出せぬ誰かに思いをはせる。


「あぁ、俺が一仕事頼んだんだ。今回の衣装製作者の縁者らしいから迎えをな。間もなく到着する頃だろう」


 鎮魂祭での≪明星の乙女≫と騎士たちの衣装は祭りの見どころの一つだ。

 毎年、熟練のデザイナーが腕をふるって制作するのだ。街の人々、特に少女たちは、光を受けてはためく純白のドレスや、繊細な刺繍を前面に施したヴェール、黄金の飾り紐をたらしたジャケット、素肌を飾る色とりどりの装飾品に目を奪われるのだ。


 エレオノーラの為に用意された衣装も、毎回素晴らしい出来栄えだった。

光沢のある濃紺の布地で仕立てたマーメイドラインのドレスで、深くスリットが入って白い素肌があらわになっていたのに、いやらしさを感じるどころか、そういったものが遠く及ばない神聖さを醸し出していた。まるで夜の女神のごとき美しさだった。

何より、あの黄金の髪がふわりと広がると、まるで星屑のようにきらめいて。

あの姿を本番で見せつけてやれなかったことが悔やまれてならない。


(今回もエレオノーラ様の舞は見られないのかしら…)


 学園街でミュリエッタと競う必要がなくなったエレオノーラならばあるいは。


 淡い期待に胸を高鳴らせていると、コンコンとノックの音が部屋に響く。


「噂をすればだな。入れ」


 薄く笑って王子が声をかけると、開いた扉から三人の男女が顔をのぞかせる。

 うち二人は、アリスにとっても知らないとは言えない間柄の人物だった。


「ミス・チェザリーニ!」


 そう、オートクチュール・チェザリーニのニナとチェルシーだ。


 驚いたように声を上げたアリスを見てニナは破顔した。


「お久しぶりですね! シュキアス嬢! プライベート以外でもお洋服を仕立てられることになって嬉しいです‼ あたしに任せて下さるんだからめいっぱい可愛くしますよー!」

「あなたが担当してくれるのなら心強いですね、ミス」

「やだ、ミスなんてよそよそしい! ニナって呼んでくださいな! あたしとシュキアス嬢の仲でしょう?」


 ぴくり、とミュリエッタの頬が動いた。

 アリスは走り寄ってきたニナにぎゅっと手を握られてぶんぶんと振られながらはにかむように微笑んだ。

 時々暴走することはあっても、からっとしたニナの性格はアリスの鬱々とした気持ちまで払ってくれる様で好ましい。数回顔を合わせただけのニナをその実アリスは結構気に入っていた。


「え、ええ。そうですねニナ。それにしても、随分派手な色ね」


 アリスの目はニナの頭に注がれている。

前に会った時、確かニナの髪は桃色だったはずだ。それが今は虹のように鮮やかな七色の髪をしている。


「これですか? 髪を染めるもので、うちオリジナルの商品なんですよね! 効果のほどを見せるためにあたしが普段から使っているんですけど、今回は気合を入れるために思い切っていろんな色に染めてみたんです」


 髪を染める商品があるなんて知らなかった。

しげしげとアリスはニナの髪を見る。

 派手な色だが、はっきりとした顔立ちに濃いメイクをしたニナにはとてもしっくりと似合っている。


「シュキアス様の林檎のような赤い髪もとっても素敵ですよ?」


 何を思ったのか、ずいっとミュリエッタがそこへ顔を出した。

 エレオノーラにも引けを取らない美少女の出現に、途端にニナの鼻息が荒くなる。


「暁のオルデン嬢⁉ まぁまぁまぁ! なんて飾りがいのある! ちょーっとこっち来てもらえます?」

「きゃっ!」


 ニナの顔が妖しく輝いた。

 がっちりとミュリエッタの腕を掴んで上から下になめまわすように観察し、物陰へとひきずりこもうとする。

ミュリエッタは突然の出来事に悲鳴を上げた。


「ニナ! お客様ですよ‼」


 チェルシーがそう言ってニナを止めにかかる。

 相変わらず自由人のニナに振り回されているらしいチェルシーは、王子やアリスに頭を下げるとニナの方へ小走りで向かう。


 ニナの勢いには王子ですら苦笑いを浮かべるのみで手出しができない。迂闊に注目されれば次の標的が自分になることを悟った目をしていた。


「すみません、驚かれたでしょう」


 控室に入ってきた三人の内、見知らぬ青年が頭痛をこらえるように顔をしかめたまま、深々と頭を下げた。

 若草色の柔らかそうにウェーブする髪を短くまとめて、黒い制服に身を包んだこざっぱりとした感じの男である。

 生気のない青白い顔に濃いクマが無ければきっと令嬢たちの心を容易く射止めることができそうな彼は、きっとニナの縁者だというもう一人の騎士役だ。


「姉が大変失礼を…」


 縁者とはいえ弟だったのか、とアリスは目をむく。

 だってあまりにも似ていない。

 今にも倒れてしまいそうなげっそりとした顔で、心底うんざりした雰囲気を垂れ流す青年は、どちらかというと苦労性のチェルシーが抱える雰囲気を感じさせる。


「似て…いませんね」


 ぽろりとアリスの口から本音がこぼれ出る。

 はっと口元を覆うと、青年は気にするな、とでもいう様な顔で苦笑する。


 深く深く、こちらまでその苦労が窺い知れる様な深いため息をついて、彼は頷いた。


「アルフィー・チェザリーニです。以後お見知りおきを、アリス・シュキアス侯爵令嬢」


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