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勘違い


 まだまだ暑さの残る午後、うら若い乙女たちのお茶会の場は、少しでも涼を求めて温室のテラスから寮内のティールームへと移っていた。

 グラスの中で積み重なった氷がカランと音を立てて崩れていく。

 この暑い中では皆が冷えたグラスを片手に少し気だるげな様子で腰を落ち着けていた。


 暑かろうが寒かろうが社交の場はおろそかにできないのだ。これもまた将来自分が屋敷の女主人になった時に必要なスキルなので、少女たちは澄ました顔をして、時々額に浮かぶ汗をハンカチでぬぐっていた。


 例のごとくエレオノーラを取り囲むご令嬢たちのお茶会は学院の再開とともにつつがなく開かれていた。

 クラリッサを含め数名の娘が顔を出していないが、誰もそれに触れようとはしない。まるで何も知らないかのように、最初からお茶会のメンバーに彼女たちはいなかったかのように振舞っている。


(残念だけど、これが正解よね)


 夏の間ですっかり見慣れてしまったあの派手な顔が見当たらないことに一抹の寂しさのようなものを抱いて、アリスは慌てて邪念を追い払うように小さく首を振る。


(よりにもよってあの女に感傷を持つはずないわ。あんな高飛車な…)


 そこで浮かぶクラリッサの姿は、不敵な顔で高笑いをするのではなく、ボロボロの顔で心底ほっとしたようにアリスをのぞき込むあの時の顔だ。


 自分に結ぶ縁は最小限でいいと、そう思っていたはずなのだが。

 ふと空色が頭の隅にちらつく。


 自分から誰かを拒絶するより、クラリッサのように相手からこうして距離を取ってもらう方が何倍も楽なのかもしれない。


(なんて後ろ向きなのかしら)


 誰にも気づかれないくらいの小さなため息がアリスの口から零れ落ちた。


 ぼちぼちと近況報告が終わると、話題に上がるのは国を挙げての一大イベント、秋の鎮魂祭だ。


「もうすぐ秋だなんて信じられませんわ。確か鎮魂祭は一か月後でしたわよね?」

「ええ。王都では何度か経験いたしましたがこちらでは初めてです。何やら王都に並び立つ規模のものを行うようですわね」

「特に今年は王子殿下がいらっしゃいますから。殿下主導でそれはそれは素晴らしい祭りになるだろうとお父様から聞きましたの」

「まぁ! それは楽しみですわね」


 鎮魂祭、とアリスはイチジクのケーキを行儀よく口に放り込みながら、記憶をたぐる。

 国を挙げて行われる王国の一大イベントであり、貴族の子女が集うこの学園街では王都に並ぶ規模の祭りになるともっぱらの評判なのだ。

 残念ながらアリスは祭りが開かれている最中の街を散策したことはないが、いつも遠くから煌々と輝く街を見下ろしては、その賑やかさに心惹かれていた。


 勿論そんな大きなイベントともなれば物語(・・)が動かないはずもなく。

 エレオノーラが直接的にミュリエッタへ危害を加え始めるのはこの時期からだ。

 というのも。


「今年の≪明星の乙女≫の発表は見まして?」


 これである。

 きゃっと盛り上がる少女たちとは反対に、アリスは記憶の海に一人沈んでいく。


 鎮魂祭は七都市で選ばれた二人の≪明星の乙女≫―――≪宵の乙女≫と≪暁の乙女≫が各都市で一日ずつその日の終わりに舞を奉納し、街の人々が空に思いを乗せた灯籠を流すことで次の都市へと繋がれていく。

 このバランタイン王国の成り立ちには長く続いた争いの歴史が深く刻まれている。

 数多の国々を蹴散らし、覇道を突き進んだその道程にはたくさんの犠牲が積み重なっているのだ。

 この国がその罪の重さ故、今よりもっと昔、闇に覆われたとき、敵も味方もすべからく魂の平穏を祈った二人の巫女の存在で国は癒え、さらなる繁栄を築くことになったと言い伝えられている。

 鎮魂祭はこの言い伝えにあやかって、長く続いた宵をいたみ、訪れる暁に感謝することで秋の恵みを祝おうというものだ。


 この学園街も選ばれた七つの都市の一つであり、毎年貴族舎と平民舎から乙女に相応しい娘が選ばれる。

 今年選ばれるのはミュリエッタとエレオノーラ。物語の主役と悪役である。


「エレオノーラ様のご活躍が今から楽しみでなりませんわ!」

「どちらを舞われるのかもう決まっているのでしょうか? 優雅で荘厳な宵の舞も、華麗で力強い暁の舞も、エレオノーラ様が舞われるのならば天上の美しさでしょうね」


 皆がその姿を想像してはしゃぐ傍ら、アリスもつられてうんうんと頷いていた。

 何度か練習を見に行ったがこの世のものとは思えないくらい美しい舞だった。

 エレオノーラが担当したのは≪宵の乙女≫だったが、派手な動きよりゆったりと滑らかで形の美しさを重視するような舞はエレオノーラのイメージにもしっくりきていた。


 本番ではミュリエッタに妨害をしかけて、かえってエレオノーラ自身が舞を披露できずに終わってしまうのだが。


 そんなことを知らない氷の令嬢はいつもの凍てついた笑みを浮かべて礼を述べる。


「皆さま有難うございます。大事なお役目を頂けて光栄ですわ」

「噂では騎士役に王子殿下がつかれるとか。お二人の晴れ姿が今から楽しみでなりません!」


 アリスの片頬がぴくりと引きつった。その王子も今回話をややこしくさせる要因の一つだからだ。


 ≪明星の乙女≫にはそれぞれ騎士が一人ずつつく。正式な騎士のことではなく言い伝えの中に出てくる巫女を守護していた騎士の役のことで、こちらも乙女と同じく都市ごとに選ばれるのだ。

 学園街では王子と、平民舎の方から一人が選ばれることになっている。


 王子は確かにエレオノーラの相手として騎士役に選出された。

 ミュリエッタが≪明星の乙女≫に選ばれたことは不満だったが、王子が自分を選んだと思っていたエレオノーラは満足していた。

 しかし、ある日、舞の練習の後ミュリエッタの相手役を務める王子の姿を見てしまう。

 それに嫉妬したエレオノーラがミュリエッタをあの手この手で怪我を負わせて≪明星の乙女≫の役から引きずり降ろそうとする。

 そうして失敗したエレオノーラはかえって自分が怪我を負う羽目になり、ミュリエッタが二役を務めた末に大成功を収めるのがこの鎮魂祭のあらすじである。


 考えれば考える程ミュリエッタにとって都合の良い作りになっているのだ、この物語は。


 ちらりとアリスは隣のエレオノーラの様子を伺う。掲示を見たのならば、自分の下に記載されていたミュリエッタの名にも気付いているはずなのに相変わらず特に動じた様子は見せていない。


 予想していた通りだが、案の定このお茶会でミュリエッタへの悪意が吐き出されることは無かった。皆自分から藪をつつく勇気もないので、不自然なほどにミュリエッタの名も、オルデンのオの字も聞こえてこなかった。


 そのまま、お茶会は平穏を保ったまま解散の時間を迎えた。


 去り際、一人の令嬢がはっと思い出したようにアリスへと向き直る。


「言い忘れましたが、応援しているのはエレオノーラ様だけではありませんのよ。アリス様もおめでとうございます。頑張ってくださいませ」


 そう言って丁寧にアリスへと頭を下げた。続々と彼女に続くように少女たちがアリスへと似たような励ましの言葉をかける。


 アリスはきょとんと目を丸くするも、礼を返した。

 心当たりはないが、きっと≪明星の乙女≫に選ばれたエレオノーラをしっかり支えてくれ、というようなことだろう。それならば言われなくてもそうするつもりだ。


「エレオノーラ様が全力を尽くせるよう私も精進します」


 控えめな笑顔でそう告げるアリスに、令嬢たちは何とも言えない生温かい視線を向けていた。

 その視線の意味にアリスが気付いたのは翌日のことだった。


すっかり投稿が遅くなってしまい申し訳ありません!

この二週間くらい少しバタバタするので投稿が不定期になってしまうかもしれませんが気長にお待ちくださると幸いです<(_ _)>

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