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狐と狐の


 勢いよくなだれ落ちていく土砂に巻き込まれて、あっという間に消えた姿に、ミュリエッタは咄嗟に駆けだした。


「いけません!!」


 気付いた騎士の一人が慌ててその手を掴んだ。

 崩れ行く大地に飛び込むなんて自殺行為だ。


「放してっ!! シュキアス様ぁっ!」

「落ち着けミュリエッタ!!」

「いや!! やめて!! 行かせて!!」


 騎士に代わってオズウェルが、めちゃくちゃに手を振り回すミュリエッタを腕の中に囲い込んで抱き上げると、有無を言わさず安全な方へと駆けて行く。

 悲痛な声を上げるミュリエッタに自分まで胸を締め付けられるような思いがして、苦しさに顔を歪ませた。


「シュキアス様…シュキアス様……!」

「ここは危険だ! とりあえずは態勢を立て直さなければ」


 異常を察知して暴れる馬たちをなだめるのに大半の騎士が苦心している。人手が圧倒的に足りない。

 だが人手があってももうあの状態では手遅れに―――。


 浮かんだ嫌な想像に頭を振った。

 よりにもよって、よりにもよってどうして彼女なのだ。

 運命の悪意を感じずにはいられない。


 もしみすみす死なせてしまうようなことがあったら自分は一生友人に許してもらえなくなる。いや、それ以上にもっと恐ろしいことが起きる気さえする。


「クソッ! やっぱり一緒に来るべきだったか!!」


 数刻前の判断が今更後悔を運んでやってきた。



「報告します! 屋敷の中に怪しい人物はいませんでした!」

「客室の一つが荒らされ、鍵が壊されていました! 既に誰もいないようです」

「使用人の数名が怪我をして医務室で処置を受けていました! 全て客人を屋敷に引き留めようとして負わされた怪我のようです!」


 数名の騎士の報告を聞いて、ノアは片手を上げた。人を従えることに慣れた様子に、誰もその青年が一学生であることに気が付かない。

 ごく自然に敬礼をして、騎士たちは部屋を出た。


 そうして残されたのはノアともう一人の男、それから男の執事だけだ。


「ね、私の言う通りでしょう?」


 それ見ろとでも言わんばかりの顔で男はため息まじりにそう言った。

 それがどうも芝居めいた様子で、こちらの失言を誘っているように見えて癪に障る。

 負けじとノアも申し訳なさそうな顔をして言葉だけの謝罪を述べる。


「情報提供には感謝していますが、どうしても一度確認は必要ですから。お気を悪くされたら申し訳ありません」

「いえ、あなたも殿下のご命令を受けただけのことですから。今のはちょっとした独り言みたいなものですからお気になさらないでください。怪しまれるのも当然のことですし」

「恐縮です」


 笑顔の裏でノアの疑念は深まるばかりだった。


『アリスとミュリエッタが部屋にいない』


 日が暮れ始めた時分にマクマホン家の令嬢クラリッサが心配そうな顔をして王子の元を訪れた。

 ミュリエッタのこととなると箍の外れる王子がすぐに捜索に乗り出した。


 しかしいくらたっても二人は見つからない。街での目撃情報すらない。

 これはいよいよおかしいと本腰を入れて捜索隊を組んでいる途中、この男、キリク・グルジエフがやってきたのだ。

 そうしてジャック・カーターのことで話があると。


 一連の事件の実行犯はジャックだと目されていたが、手下が捕まった昨晩からジャックの姿は部屋に無く、その捜索が秘密裏になされているところだった。

 ここにきてまさかの情報。あまりにタイミングが良すぎるのでさすがに完全にキリクの言うことを信じるわけにもいかず、王子は二人の令嬢がジャックに閉じ込められた星見の館へ、ノアはキリクの屋敷へとやってきていた。


 そうしてキリクが関わったという証拠は見つからず、その情報がおそらく確かであることから、ノアはキリクの無実を認めないわけにはいかない。


(関わっていたとしてもそう易々と尻尾はつかませてくれないだろうがな)


 ノアはこのキリクという男に自分に似た空気を感じていた。

 ぱっと見好青年でうさん臭さとは程遠いところにいるようだが、あまりに人工的すぎる。後ろに控える執事だって気を付けてはいるものの音を立てずに行動する癖がついているのが見て分かる。

 ノアはこういう人種を知っている。


「いくつかお伺いしたいことがあるんですが、構いませんか?」

「勿論です」

「ありがとうございます。それでは、ジャック・カーターと出会ったのはいつですか?」

「ガーデンパーティーの時でしょうか? 手あたり次第に声をかけているようでしたのでその流れで」

「どういう内容でした?」

「至ってありきたりな話ですよ。卒業後に自分と手を組まないかという宣伝です」


 確かにジャックは強い貴族の後ろ盾を欲しがっていた。ノアは頷く。


「今回の旅行の初日に、さる令嬢の部屋が荒らされる事件があったのですが、僕たちはこれをジャックの仕業だと思っています。何かご存知のことはありますか?」

「いいえ、何も。今回の旅行中に彼と言葉を交わしたのはほんの数回ですし、周りに人が多い時ばかりだったのでそういった話は何も」

「金に困っているような様子は?」

「いえ、少なくとも盗みを働くほど困窮した様子はありませんでしたよ」


 さらりと告げられた言葉にノアは片眉を上げる。


「盗み? 部屋で何か盗まれたことを知っているんですか?」


 ノアは何か物が盗まれたなんて言っていない。ミュリエッタの部屋が荒らされたことは噂で瞬く間に広がっていたがその詳細は明らかではない。

 だがその程度のことで切り込ませてくれるほどキリクは甘くなかった。


「ええ、まぁ。おおよそのことは私も存じ上げていますよ。私もこの街にいくつか店を持っていますからね。光を当てて色の変わる宝石には覚えがあるものですから」


 実行犯を捕まえようとして網を張ったのがかえって口実になってしまった。あまりこだわらずにノアは次々と質問を重ねる。


 そしていよいよキリクに何の罪もない、となって、初めてノアは伸ばした背筋を崩して背もたれに深く腰掛けた。それまでかぶっていた猫はもういない。


「質問は以上です。ご協力ありがとうございました」


 話していれば話しているほど強くなる疑念は最早確信に変わっていた。

 きっとこの男はノアのことも知っている。今までのやり取りは単なる茶番。本題はここからだ。


 頬杖をついてこちらをつまらなそうに見るノアに、キリクは面白そうに唇を吊り上げた。


「おや、随分態度が変わりましたね」

「えぇ、まぁ。押し付けられた役目はちゃんと果たしたので茶番はもういいかなと」

「茶番ですか」


 くつくつと押し殺しきれない笑い声がキリクの口から洩れる。後ろの執事が頭痛を訴えるようにこめかみに手を当てた。


「これ、子爵令嬢の部屋に忘れていましたよ」


 そう言ってノアはポケットの中から取り出した物をキリクに向かって放り投げた。綺麗なカーブを描いてキリクの手のひらに飛び込んだそれは金色のバッチだ。

 描かれているのはグルジエフ家の紋章ではない。

 キリクはますます笑みを深めた。


「残念ながら私の物ではないようですが。人違いをされていませんか?」

「いえ、残念ながら元の持ち主は先月病を拗らせて死にましたから。今はあなたの物でしょう?」

「ははは、ご存知だったんですね」


 楽しそうなキリクとは対照的にノアは心底興味が無さそうな顔をしていた。


「それを見れば何を企んでいたのかおおよそ見当はつきます。別にそのことについてはどうでもいい」

「どうでもいいんですか? てっきりそのことを怒っているのかと思いましたが」

「部分的とはいえ、おそらくあなたと僕の目指すところは同じですから。だからそれを止めようとは思わないし好きにすればいい」


 現にピンバッチは一人の令嬢が持ち去るまであの部屋に置かれたままだった。

 大したことにならないと放置したノアも悪い。だがまさかあの子が巻き込まれると思っていなかったのだ。


 ぞっとするほどに美しい目が、研ぎ澄まされた刃物のような鋭さでキリクを見据えた。


「彼女の件はお前たちの思う通りにすればいい。だけど、次にあの子を巻き込んだら許さない」


 声が出なかった。室内の空気まで凍り付かせるような言葉に自分が圧倒されていることをキリクは悟った。

 ひやりと首筋に剣をつきつけられているような、断崖絶壁で背後を取られるような、心臓を手で鷲掴みにされているような、そんな言葉ではうまく言い表せなくらいの恐怖を感じ取っていた。

 たらりと冷たいものが背を伝って流れ落ちる。

 本気で怒らせたか、とキリクは笑みを深めた。


 そんなキリクを横目に、ノアは立ち上がった。

 話は終わりだ。


 狐と狐の化かしあいどころか、本気で牙を剝きだすようなことになるとは思っていなかった。この状況に自分が思った以上に焦りを覚えていることをノアは自覚していなかった。


(早く館に向かわないと―――)


 アリスが無事であることを願うばかりだ。


「っ良いことを教えてくれたお礼に、私からも一つ」


 冷静を装ってキリクは背を向けるノアを呼び止めた。

 やられてばっかりじゃいられない。そんな気持ちがキリクにもあったのだ。


 火に油を注ぐどころか、油の中に燃え上がる火を突っ込むぐらいのものかもしれないが、少しでもこの男を動揺させられたらそれでいい。


「ジャック・カータ―がどうして今回の件を引き起こしたか分かりますか?」

「だからあなたの指示でしょう」

「途中まではね。でも今起こっているこれ(・・)は私の指示ではありませんよ」

「何?」

「殺意が強すぎてさすがの私もあの男を使うのをためらったんですよ」

「殺意、まさか……!」

「ジャック・カータ―が私に協力する理由は侯爵令嬢への復讐の為ですよ」


 最後まで聞かずノアは飛び出していた。部屋の外で待機していた騎士たちが驚いて止めるのも聞かず一目散に屋敷の外へ。


「アルフィー!!」


 自分の馬を任せていた側近の名を呼ぶ。

 嫌な予感がする。


 アルフィーはノアの声を聞いて珍しく慌てたように振り向いた。その手には何か握られている。アルフィーが雨をしのぐ建物の影には黒い大きな影がせっせと毛づくろいをしていた。


「ノア……」

「何があった」


 何かあった時の為に星見の館の方へアークを飛ばせた。そのアークがノアの元へ戻ってきている。

 つまりは何かがあったのだ。アルフィーがあんなに慌てた反応をするなんてよっぽどの事態だ。

 決心したようにアルフィーは手紙をノアへ差し出す。


「っぅ…、おい! ノア!!」


 読み終わると同時に手紙をアルフィーへと叩きつけ、ノアは馬の手綱を奪い取り闇夜へと走り去っていった。


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