黒幕の憂鬱
「クソッ!!」
腹の底から煮えたぎる怒りを全てぶつけるかのように、手に持ったものを次から次へと投げつける。
東方の白磁を色鮮やかな花々で彩った一点物の時計が、床に打ち付けられて派手に破片を飛ばした。
「クソ、クソクソクソクソッッ!」
目についたもの、手に触れたもの、部屋中にある全てが一人の癇癪を起こした男の手で無残な姿に変えられていく。
たった今ゴミに変えられたそれが、この男一人よりはるかに重い価値を持っていると知っている部屋の主は今すぐその害獣を縛り上げてしまいたい気持ちに駆られていた。
別に道楽で集めただけの物にさした拘りもないが、それなりの労力をかけて集めたコレクションが目の前で破壊されていくのは気持ちのいいものではない。
「お前の計画になんかのるんじゃなかった!」
ぎらついた目がキリクを鋭く睨みつけている。
出会った頃はもう少し品性のある顔立ちに見えたのだが、今はまるで話の通じない獣のようだ。こんな暴力的な一面を持っていたとは。コソコソと陰湿な立ち回りを好む男かと思っっていたのに。
少しこの男を過大評価していたようだ。
己がその恨みを増長させていることを知ってキリクは乾いた薄ら笑いを作る。
「あーあ、ジャック殿。今ご自分が壊した物はカーター商会の一年分の売り上げでも賄いきれませんよ。商会の跡取りとあろうものが随分とご無体をなさる」
「そんなことどうでもいいっ! 全部お前のせいだ!! お前が変な命令を馬鹿どもに出したせいでこうなっているんだろう!!」
引き裂かれた枕から純白の羽が舞う。
この調子ではこの部屋にあるもの全てを諦めなければならないだろう。
折角夏の間を快適に過ごせるように誂えたキリク自慢の邸宅なのに。
「それに、ドルジの奴が全てを話したらどっちにしろオレやカーター商会は終わりだ。はは、そうなればお前も終わりだな。その涼しい顔もいつまでしていられるか……」
目を血走らせて気が狂ったように歯を見せて笑っている。
「まぁまぁそう悲観せず。私たちの方でも色々と手を打ちますから」
「たかが子爵家に何ができるって言うんだ? 相手は王族だぞ? お前も俺も終わりなんだよ!!」
そう言ったかと思うと突然操り人形の糸が切れたようにジャックはピクリとも動かなくなる。その挙動にさすがのキリクも薄気味悪さを感じずにはいられない。
とにかく、この状況ではまともな会話もできないだろう。一晩時間を空けて、話はそれからだ。
仕方なくキリクは踵を返した。しかし最後にくぎを刺しておくのは忘れない。
「この屋敷にいる間はひとまず安全ですが…、ここから出たら私にもあなたの身を保証できないので。それだけは十分気を付けるように」
後ろ手で扉を閉めると、追い出すように扉に何かがぶつかる衝撃があった。
「椅子の一つでも壊れたかな…」
遠い目でキリクは言った。
「犬でも飼っている方がマシですね」
「帰っていたのかヨハン。比べたら犬が可哀そうだろう」
横からぬっと気配のない男が顔を出す。
「さすあがにあれは見る目がないですよ坊ちゃん」
「言うな。私もそう思っているとこだから」
ヨハンを連れて足早に自室へ戻る。執事が冗談を言う暇があるということは計画は成功したのだろう。
「侯爵令嬢は疑り深いと思っていたんだけどね。彼女のことになると甘くなるのかな?」
「あんな怪しい手紙を信じますかね普通」
「信じちゃったんだろうなぁ」
部屋に入ると早々にソファに体を預ける。昨晩から一気に五歳くらい老け込んだ気がする。
それもこれも自分の采配ミスのせいだ。
「あれは罪をなするための保険みたいなものだったんだがなぁ。悪い方向に働いたか」
思い返すのは美しい青色の宝石である。
本当はこの後閉じ込めた令嬢の元にジャックたちを送って散々怖がらせた後に王子に情報を流して助けに行かせるつもりだった。
キリクの筋書きとしては今回の件は、公爵令嬢が気に食わない子爵令嬢に嫌がらせを働くもいまいち効いた様子がない。なので今度は暴漢たちに襲わせるため侯爵令嬢を利用して人の来ない館に呼び出した。だが王子たちによって何とか子爵令嬢は救い出されたというものになるはずだった。
ハミルトン家の跡をあちこちに散らばせておいたから見る者が見れば犯人が誰かくらいすぐに予想がつくだろうから。子爵令嬢に好意を持っている王子の側近たちなんかは積極的に公爵令嬢に牙をむいてくれるだろう。一緒に彼女お気に入りの侯爵令嬢がいたとなれば、噂はどんどんと公爵令嬢に不利な方向に働いてくれる――――はずだった。
肝心の暴漢役を果たすはずだった一人が計画の実行前に捕まってしまった。あの宝石は王子たちを助けに行かせるときに使うはずだった証拠だ。「宝石を街で売ろうとしている姿を見た。館に行くと言っていた」という風に、彼らを誘導するために使う予定だった。
ドルジが捕まってしまった今となってはキリクに対する不信感を持っているだろうから信じてくれるか分からない。
「今回は向こうの対策が早かったから。仕方ないですよ」
珍しくヨハンがそう言ってキリクを慰めようとしてくる。
「珍しく優しいね」
「落ち込む坊ちゃんを見ると気分が良いですが、一応ね私も執事ですから」
「コラコラ。あー全く、反省をしてもしょうがないから次を考えるかぁ。もうアレは使えないし、今回はインパクトが薄いけどまぁ多少なりとも彼女の評判も落ちるだろうし」
「計画を変更するんですか?」
「子爵令嬢の方を怖がらせてねーって言っても聞いてくれなさそうだし?そうなったら侯爵令嬢を呼んだ意味もなくなるから。その上あの興奮状態で侯爵令嬢の前に放り込んだら殺しかねないからねぇ。私もさすがに罪のないご令嬢が命を奪われるのはちょっと。」
寝覚めが悪いどころの話ではない。
「あー人選ミスったなぁ……。少しでも長引かせて怖がらせるしかないか。今から誰かを雇うって言っても時間ないし。ちゃんと戸締りしてきたんだろうな?」
「はい。扉を壊せそうなものも回収しておいたのでご令嬢二人に抜け出せるような状況ではないかと」
「それで良しとするか」
侯爵令嬢も自分の主人に対して少しくらいは疑いの心を持ってくれるだろうか。自分が信頼されていると確信していれば確信しているほど、裏切られたかもしれないという疑念は強まる。些細なことでも積み重なれば大きな溝を生んでくれる。あわよくば彼女が自分たちについてくれればそれほど素晴らしいこともないが。
「思ったよりあっさりと終わってしまいますね」
「今回は仕方ないさ。まだ派手に動く時じゃない。焦るとボロが出るからな。本当相手が手ごわくて嫌になるよ」
「やれやれ坊ちゃんのせいで無駄に働かされてしまいました。その分休暇はしっかりといただきますからね」
割と事実なので言い返せない。今回最大の功労者は紛れもなくヨハンだから。
それを認めるのもしゃくなのでキリクは聞こえないふりをして目を閉じた。
2日も更新できずに申し訳ありません(泣)
本日長くなってしまったので二つに分けます。
いつも通り少し遅くなりますが今夜中にもう一つ上がる予定です。




