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招かれざる


 室内は重苦しい雰囲気に包まれていた。

 誰もが口を開けずに、訪れた沈黙にじっと耐えている。


 アリスの頭の中では「どうして?」という行き場のない感情がぐるぐると渦巻いていた。


 別にエレオノーラがミュリエッタに何かしら手を下すことに何も反感は覚えていない。今回の犯人がエレオノーラでも構わないのだ。かえってちゃんと悪役(エレオノーラ)主人公(ミュリエッタ)に敵意を向けているのだと安心するくらいだ。


 物語が正常に進むことは喜ばしい。だけど。


(どうして私に何も言って下さらないの…?)


 アリスはエレオノーラの腹心だ。一番の臣下だ。アリスだけはエレオノーラを絶対に裏切らない。裏切れない。


 エレオノーラがやれと言うのならば、どんなことでもする。間抜けな従僕のようなヘマは絶対に犯さない。


 ぐっと手の内の包みを強く握りこんでいた。


 もしこの件にエレオノーラが関わっているのだとしたら、アリスが解決しようと動いてはいけなかったかもしれない。


(私の選択は間違っていた…?)


 物語を進める上で重大なミスを自分はおかしたのだろうか。

 後悔がアリスを襲う。


「見つかって良かったですわ」


 硬直した場をクラリッサの声が動かす。


(良かった、ですって?)


 ダメだと分かっていても、アリスはその言葉に反射的に噛みついてしまう。


「皮肉ですか? あぁ、違いますね。これであなたの疑いは晴れるでしょうから。あなたにとってはいい結果でしょう」


 八つ当たりをしたところで何かが良くなるわけでもないのに。


 感情的になっているアリスとは反対に、気の短いはずのクラリッサは冷静だった。皮肉たっぷりの言葉も軽く受け流して、仕方ないとばかりにため息をつく。


 呆れたようなその仕草にアリスは柄にもなく声を荒げた。


「あなたは家の為にエレオノーラ様に近付いたかもしれませんが私は本当にあの方を!」

「シュキアス様」


 クラリッサはアリスの言葉を遮る。


「少し落ち着きなさいませ。別にエレオノーラ様が犯人と決まったわけではありませんわ」

「こんな物が落ちていたというのに?」

「誰かがエレオノーラ様に罪をなすりつけようとしているのかもしれません」

「そんなわけ……」


 無いとは言い切れない。

 アリスが口をつぐむと、それまで黙っていたミュリエッタもクラリッサに同意する。


「そうです。ハミルトン様もクラリッサ様のように濡れ衣を着せられようとしているのですわ! わたしはあの方が犯人だとは到底思えません」

「エレオノーラ様の無実を証明するためにもやはり実行犯を捕まえなければなりませんわね」


 二人は今まで以上に息巻いていた。その様子を見てアリスもひとまず気持ちを落ち着ける。

 確かに本当にエレオノーラが仕組んだことなら大事な実行犯に愚図を使うはずがない。それにあんな注目を集める方法を好む人ではないはずだ。もっと心をえぐるような陰湿な嫌がらせをする人だから。


 でも、アリスはどうしようもない不安に駆られていた。ここ最近抱いていた疑念が今にも爆発しそうで。崩れ去っていく足元にぐらぐらと思考が揺れる。


「そう考えると殿下たち、特にニコライに見つかる前にそれ(・・)をわたしが発見できて良かったです。シュキアス様が大事にするお方を貶めたくはありませんから」


 クラリッサやミュリエッタはアリス以上にエレオノーラの無実を信じている。しかしアリスは今までの経験からして絶対は無いと分かっている。ミュリエッタとエレオノーラが対立するのは決まったことなのだから。


 エレオノーラが犯人であるとアリスだって思いたくない。だってそれは自分がエレオノーラに信用されていないと認めるようなものだからだ。


 信用されていなくても、アリスはあくまで自分の立場をわきまえている。だから二人に尋ねた。


「一つ、はっきりさせたいことがあります」


「もしエレオノーラ様が今回の件に関わっていたら、あなた方はどうしますか?」

「どう、とは?」


 クラリッサが眉を寄せる。

 アリスは率直に言う。


「殿下に真実を話しますか?」

「それは……」


 クラリッサが息をのむ。


 アリスは、自分を害そうとしたエレオノーラを見逃せとミュリエッタに暗に告げていた。

 それはあまりにもミュリエッタに対して得のない結果だ。ミュリエッタは犯人を知りながら、それに目をつぶれと言われているのだから。


(いくらお人よしだからって……)


「わたしは、ハミルトン様が関わっていたとしても、それを明かすような真似はしません」


 アリスの唇が、次の言葉を紡ぐより先に、ミュリエッタは凛とした声でそうのたまった。

 鋭く引き絞られた目がミュリエッタを値踏みするように睨みつける。


「どうしてですか? 相当に恐ろしい思いをしたのでしょう? また同じことが起こらないように殿下に守ってもらえるいいチャンスじゃないですか」

「もとはと言えばわたしがハミルトン様に無礼を働いたせいで彼女に嫌われたのかもしれませんし…。殿下のことも、傍に女性がいたら快く思わないのは婚約者という立場上当然のことですから」


 偽善だ! と大声で詰ってやりたくなった。主人公らしい真っすぐな性格と、悪役にまで心を寄せられる深い慈悲は、傷ついたアリスの心を余計に惨めにさせる。


 ミュリエッタが王子の傍にいるのは、王子が彼女を手放さないから。そんなことはアリスもこの数か月で分かっている。

 逆恨みだと忌々しく思ったって当然のことなのに。


「私の誠意としてそのピンバッチはシュキアス様に預けます」


 ミュリエッタが話せば物証なんかなくたって彼らは信じるだろうが、決してミュリエッタはこの約束を違えないだろう。


 だってこの娘はそういう性格なんだから。


 アリスは力なくうなだれた。


「ありがとうございます」


 消え入るような頼りない声がミュリエッタに届いたかは分からない。



 翌朝、重たい体を起こして、アリスはエレオノーラの部屋へと向かっていた。

 今日で旅行も後半にさしかかる。いくら体調が悪いからといって、さすがに丸三日も顔を出していないのは妙だ。何か隠し事があると言っているようなものだ。


 役目を失って宙ぶらりんのままでいるのは辛い。


 ポケットに昨晩預かったピンバッチを忍ばせて、アリスはエレオノーラとちゃんと話をつけるべく緊張した面持ちで廊下を進む。


 部屋の前には今日も扉を守るようにして、一人のメイドが鎮座している。


「今日もあなたなのね」


 メイドはアリスの声で立ち上がり深々と頭を下げた。


「滞在中は私が専属でお世話をさせていただくことになりましたので」


 普通は何人かで交代しながらするものだが、今日を含めて四日、アリスは毎朝このメイドと顔を合わせている。

 アリスはそろそろこのメイドにも違和感を抱いていた。


 エレオノーラに会おうとするとやんわりとこちらの弱いところをついてくるから、毎回アリスはあまり強く出れずに大人しく引き下がるしかなかった。

 できることなら他のメイドと代わっていて欲しかったが。


(仕方ないわね。今日は絶対に会わなくてはならないし……)


 今日ばかりは引けない。アリスは深呼吸をした。

 できるだけ高圧的に聞こえるように、声を張り上げて言った。


「エレオノーラ様と会いたいのだけど。繋いでもらえるわよね」

「申し訳ございません。誰もお通しするなと言われております」

「大事な話があるからと伝えて。アリス・シュキアスがどうしても会いたいと言っていると」

「申し訳ございません」


 少しの譲歩も見せようとしないメイドに演技ではなくアリスは不快感を露わにする。


「せめて伺いを立てるくらいのことはできるでしょう?」

「誰も通すなとのおおせです」

「それは知っているわ。だけど緊急事態なの」

「できません」


 深々とため息をついた。


「あなたごときに判断できることではないの。いいわ、自分で聞くから。そこをどきなさい」


 アリスが扉に手を掛けようとメイドの肩を押すと、彼女は慌ててその腕を掴む。


「いけません!」


 無言でアリスはその手を弾き飛ばした。

 三日は我慢した。だがもう無理だ。エレオノーラに危険が及ぶかもしれないことを放置できない。


 不安がアリスを突き動かしていた。


「やめてください! お嬢様!!」


 そんな風に必死な姿を見せられたら余計に中を確かめるしかなくなる。アリスはメイドを押し退けて無理矢理にドアノブに手をかけてそれを前に押しこんだ。


「エレオノーラ様、お話があります」


 招かれざる部屋への入り口が開かれる。


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