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一歩進んで


 からっとした天気の昼時のことだ。

 アルフィーは覇気のない顔で料理の載った皿を片手にもぐもぐと口を動かしていた。

 ここ数日寝ずに働いていたせいか正直今すぐ部屋に戻って睡眠を取りたいのに、ダメだと無理やり襟ぐりを持ってここまで連れてこられた。


 「適当なタイミングで呼べ」と言われたまま完全に放置されている状況なのだが、適当なタイミングっていつだよ、と内心イライラしている。ただ怒るのにもエネルギーは必要で、今はそのエネルギーすら勿体なかった。

 とにかく眠い。


 視線の先では暴君もといアルフィーの将来の雇用主候補の茶髪の青年が、方々に愛想を振りまいている姿がある。


 相変わらず外面だけは一級品だな、とアルフィーは呆れを通り越して感心した。

 次から次へとやってくる令嬢たちを笑顔で捌いている。もうすっかり素の姿に慣れてしまったので、ノアの笑顔に薄気味悪さしか覚えない。


 ぶるりと背筋に走る悪寒にアルフィーは渋々重たい腰を上げた。


 適当なタイミングはここらしい。


 和やかに、というより食い気味に女性陣が有望そうな平民舎の男子を囲む中を、アルフィーはすいすいとかき分け、ノアのところまで到着する。

 狩猟大会にも参加していないアルフィーのことを令嬢たちは知らない。誰も声をかけてくれないのは徹夜明けのせいで鋭くなってしまった目つきのせいもあるはずだ。


「すいません、お嬢様方。ノアをお借りしてもよろしいですか。大事な用が」


 棒読みだった。

 しかしその有無を言わさぬ態度のおかげか、令嬢たちはすっと割れるように身を引いた。

 ノアはアルフィーとは対照的に本当に申し訳なさそうな顔を作って彼女たちに謝る。


「申し訳ありませんが僕はここで失礼させていただきます。皆様のお話、とても興味深かったです。また機会がありましたら」


 にこりと笑顔まで作ってそう言うと、アルフィーを伴ってさっさと会場の端の席に陣取る。

 周囲に人がいなくなるとノアはすぐにアルフィーの知っている傲岸不遜な態度を表した。


 不満の滲む顔で「遅い」とアルフィーに文句を言い、舌打ちをする。


「そんなに嫌ならそもそもこの昼食会に参加しなければ良かっただろう。大体いつもお前はこういう行事を嫌うだろうが」

「うるさいな。今回は色々と事情があったんだよ。参加したくて参加してるわけじゃない」

「事情?」

「あぁ、一人怪しい奴がいてな」


 その時点でアルフィーは深く詮索するのをやめよう、と決めた。ノアが興味を示す人物にまともな奴はいない。そういうのは大体がノアの秘密に関係する人物だからだ。

 半分諦めてはいるが、秘密を知ってますますノアの元から逃げられなくなってしまったら困る。


 しかし口を閉ざしたアルフィーを見て、ノアは愉快そうに唇の端をつりあげた。


「お前のそういう賢いところは嫌いじゃない」


 逆効果のようだった。

 ノアは機嫌を直し、近くの皿から適当に食べ物を集めると口の中にどんどんと放り込む。


「そういえば僕が頼んだことはどうなった?」

「あぁ、それなら何とか昨日の夜までには終わらせた。全く、休暇に来てまで何で俺はこんなに働かされなければいけないんだ。街の質屋から宝石商から露店まで、全部だぞ? 俺一人の手に終える作業じゃないってのに……」

「休暇? お前は仕事に来てるんだろ」

「勘弁してくれ」


 アルフィーは話を逸らすべく、気になっていたことを口にする。


「そういえばお前がご執心の子はどこにいるんだ? 今回の旅行に参加してるんだろ?」


 アルフィーが知っている中で彼女の一番の特徴は赤色の癖っ毛だ。その他も身のこなしが上品だとか、佇まいが美しいだとか、可愛らしい雰囲気だとか、約一名の贔屓目で見た評価なら知っているが、それに該当するような人物はここにはいない。


「初日のパーティーにも多分参加していなかったよな? 俺は今回ようやくお前のアリス(・・・・・・)にお目にかかれると思って楽しみにしてたんだが」

「あぁ、アリスなら多分そういう行事には参加しないと思う」

「は? そりゃまたどうして」

「なんでも。それに僕に素性が知られたくないなら余計顔を合わせる可能性のある行事には参加しないだろ」


 がっくりとアルフィーは肩を落とす。

 それでは本当に今回この旅行に来た意味はないではないか。

 別に狩猟大会に参加するわけでもないのに、無理やりノアに連れてこられて散々こき使われ、唯一の楽しみもないとは。今年は妹も帰ってこないし、ゆっくりと積んでいた本の消化でもしようと思っていたのに。


「あっちはあっちで今忙しくしているみたいだし。今日はメイドにでもなりすまして何かしてるんじゃないか」

「はぁ? メイド? 何のために」

「さぁ、大方初日のオルデン子爵令嬢の一件で何か思うところがあるんだろう。流石に夜中に本邸まで忍び込んでくるとは思っていなかったけど」

「……随分アクティブなんだな」

「僕が思っていたよりずっとね。まさかあそこまで彼女に行動力があるとは思わなかった」


 その顔は心配もしていたが、どこか誇らしげだった。


「大好きなアリスのこともいいが、あそこでお前を熱心に見つめているお方は無視したままでいいのか?」


 アルフィーは苦笑しながら聞いた。その人物はパーティーの開始からこっそりとノアの様子を伺っていたが、全くノアが意に介する様子がないので段々と隠す気がなくなっているようだった。


「いいんだよ放っておいて。大体あんなのと話してたら目立つじゃないか。それに僕は毎年毎年付き合わされていい迷惑なんだよね」

「とは言ってもお前…、あぁほら。こっち来るぞ」


 アルフィーの視線で、自分の話題が出たことに気付いたその相手は、痺れを切らして大股でこちらへ歩いてくる。


「ほら、挨拶に行くぞ」


 ノアは面倒そうに顔を背けるだけだ。アルフィーは無理やりその腕を掴んで堂々と道を切り開いてやってくる彼の元へ向かった。



 昼食会は使用人たちの献身のもと、つつがなく終了した。圧倒的に足りない人手で何とか騙し騙し片付けまで終える頃には、すっかり皆疲れ切っていて。まるで生ける屍のように自分の部屋へと帰っていく。


 アリスたちが解放されたのはすっかり屋敷中が寝静まる時間だった。


 女性用のゲストハウスの一室で、もうお馴染みとなった三人は、ぐったりとベッドやソファに横たわっていた。

 田舎育ちで体力があるはずのミュリエッタですら力なくベッドに突っ伏している。ソファに腰掛けるクラリッサに至っては、俯いたまま、もう指先ひとつですら動かせないくら疲弊していた。

 かくいうアリスもベッドの上でクタクタになった足を伸ばしている。


 今回ばかりはアリスもクラリッサのことを認めないわけにはいかなかった。まともな労働の一つも経験したことがないだろうに、ハードな後片付けに最後まで耐え抜いたのだから。


「お二人とも、お疲れなのは分かりますが今日の成果を報告致しましょう。今日で三日目が終わりますし、グズグズしていると見つからないまま旅行が終わってしまいますから」

「えぇ…、そうですわね……」

「……」


 クラリッサは顔を上げないまま蚊の鳴くような声で返事をする。ミュリエッタは曖昧な表情を浮かべて頷いた。


「ではまず私からお話ししますね。結論から言うと本邸に滞在している人物の部屋で例の石を見つけることはできませんでした。おそらく今も手元に持っているのでしょうね。ですが、メイドたちの噂の中で、夜な夜な屋敷の外に繰り出す二人組の話がありました。毎年夜中に屋敷を抜け出して街に降り、羽目を外す者がいるそうですね」

「もしそれが犯人ならば、街で石を売ってしまうつもりでしょうか?」

「いえ、流石に近場で足がつくような真似はしないと思いますが……」


 もし犯人が目先の欲に負けてそこらの宝石商で石を売ってくれれば、案外すぐに見つかるかもしれない。まともな宝石商ならば王族が使うあの石の存在を知らないことはないだろうから。


「わたくしの方も、このゲストハウスでは何も見つけられませんでしたわ。ただあの夜に、この近辺で二人組の男の姿を見かけた者がいると聞きました」

「二人、ですか。偶然ではないでしょうね。私が聞いた、屋敷を夜な夜な屋敷を抜け出す二人組も同じ人物かと」

「それならば本邸を見張っていれば屋敷を出るところを捕まえられるのではありませんか?」

「そうですね。騎士に話をしてそうしてもらうのが一番でしょう」


 屋敷を抜け出す二人組が石を持ち歩いていなければ成り立たない話ではあるが、もし持っていたらすぐに片は付く。時間もないことだし、まずはできることからやってみるのがいいだろう。


「それではわたくしの方から本邸の騎士に話をしておきましょう」


 クラリッサは少しでも手がかりを掴めたことが嬉しいのか元気を取り戻した声でそう言った。


「確実にその二人が犯人だという保証はないので情報収集は続けましょう。それで、オルデン子爵令嬢の方は何かありましたか?」


 ここまでミュリエッタはずっと無言だった。

 アリスに話を振られても何だか気まずそうな顔をしているし。


 その遠慮するような目は何だかやたらとアリスの不安を掻き立てる。

 だからアリスは少しだけ棘のある声でミュリエッタに話を促した。


「何もなかったのならそれでいいのです。部屋で何か見つかりましたか?」


 しばしの沈黙。根気強く待っていると、ミュリエッタはためらいがちに口を開いた。


「その、何かあったかと言われますと……、ありました」

「何がです?」


 ミュリエッタはゴソゴソとスカートのポケットをあさる。それから白いシンプルなハンカチに包まれたものを取り出した。そのまま包みを開かずにアリスに差し出す。


 嫌な予感がしていた。図々しいミュリエッタがアリスに遠慮をするなんて思い当たることは一つしかない。

 この件に関わっているのは―――。


 全身の血が一瞬で凍ってしまうような心地がして、ぶるぶると手が震え始める。


「これは……?」


 掠れるような声が喉の奥からしぼりだされる。聞かなくたって分かる。

 ミュリエッタは気まずそうに顔を逸らした。


 包みの中にはハミルトン家の従僕が身につけるピンバッチがあった。


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