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意外な幕開け-2


 エレオノーラの部屋で一緒にお茶を楽しんで、「なんなら一緒に夕食を摂りませんこと?」と誘われ部屋に配膳された食事を共にする。


 今日は入学の挨拶があっただけで、来週までの五日間は学園に慣れるための期間がある。その間寮にいるも、実家に戻るも自由である。

 もっぱらの話題はその間どう過ごすかという話だった。


「ではエレオノーラ様は王城に行かれるのですね」

「ええ、そうですわ。しばらく通えませんので顔を見せに来てほしいと両陛下から手紙が届きましたので。シュキアス様と街の散策でも、と思っておりましたのに…」


 アリスはまたもや意外さに目をむいた。


(あのエレオノーラ様が街を散策してみようだなんて!)


 平民を見下すような人ではないが、エレオノーラは良くも悪くも自分が高貴な身であるという意識が強い。「そんな場所にわたくしが行くわけにはいきませんわ」がいつもの口癖だった。

 それに、こんな風にのんびりと休暇について話し合う余裕すら、すぐになくしていたものだから、余計に彼女が何ともない(・・・・・)ことに困惑してしまう。


「またの機会に参りましょう。私は最初の三日間、所用で寮を空けますので。街はすぐそこですしこれからいくらでもその機会はあります」


 内心を隠すようににこりと笑いかけた。

 

 毎回、ミュリエッタとの出会いの後は少しぎこちない顔で「あのご令嬢は誰なのかしら」と言っていたはずなのに。王子の話題は全くの無、ゼロだった。


 安堵と同じく不安が胸の内にうずまく。今回もちゃんと正解にたどり着けるのだろうか。



 食後のお茶を楽しんだ後エレオノーラに別れを告げ、隣の自室に戻る。

 必要最低限の物しか持ち込まなかった自室はエレオノーラの部屋と比べると随分と質素だが、ほっとするにおいがした。


 寮に自家の使用人は連れ込めない。この一年、わがまま盛りの貴族は不自由な生活を強いられる。

 貴族たるものある程度自分のことは自分でできるべき、という割にまともな教育方針のおかげで、使用人の手を借りられる機会は限られているのだ。

 例えば就寝前の着替えやお茶、朝の支度などは自分で行わなければならない。その代わりベッドメイクや食事の支度、部屋の掃除、パーティーの際の着付けなどは使用人の力を借りられる。


 また寮内の専用のティールームに行けば、王宮で出しているのと遜色ないほどのアフタヌーンティーが楽しめるので、例年女子寮ではそうひどい不満は噴出していなかった。


 アリスに至ってはここよりひどい暮らしを何度も体験しているので勿論不満はない。暖かいベッドと食事があるだけでどれほど幸せなのかを十分に理解しているつもりだ。


 制服を脱ぎ、形が崩れないように壁にかけるとネグリジェに着替える。

 それから実家のものより小さなベッドに腰掛けた。ベッドサイドに置かれた、一年間のおおよそのスケジュールと、学院を取り囲むようにして存在している学園街の案内図、それから授業履修の説明が書かれた書類にそれぞれ目を通さなければならない。


 この学校で令嬢たちが受けるのは基本的な歴史事項や古詩のお勉強。それからダンス、刺繍、テーブルマナー等々。貴族であらば学園に入る前から各々家庭教師をつけて学んでいることなので基本のおさらいというところだろうか。


 令息たちはそれとは別に地理や法律、乗馬に狩り、経済学の授業がある。

 政治や領地運営についての座学、それから自分たちが治める領地の市井についての視察、と実践的なことを学ぶ。

 確かにこの学院で一番重要視されているのは人脈を作ることだが、貴族としての教養を叩き込むことも軽視されているわけではないということだ。


 また培うべき人脈には同じ貴族の他、将来自分たちを支えてくれるであろう優秀な人材も含まれている。


 貴族たちが通うこのルシアン王立学院は学園街の最奥に存在する。

 それとは別に学園街にはもう一つ、優秀な学生だけが通うことのできるパブリック・スクール、ルシアン校も存在する。

 学院の方は通常貴族舎、パブリック・スクールは平民舎と呼ばれている。


 十三歳から十八歳までの優秀な学生が通うという性質上、貴族でも十三歳になれば平民舎に入学し、一度貴族舎に移った後、再度平民舎に通う者もちらほらといる。

 だから名前の通り平民だけがいる場所ではないのだが、ある意味皮肉まじりのこの俗称は広く受け入れられていた。


 とはいえ学園街には、例え身分に差があろうとも、この学園街の中では貴賤で物事を決めてはならないという原則がある。


 在学中、両学生は一定期間以外は許可なく学園街から出てはならない。

 生活に困らぬ様、学園街には様々な店があり必要に応じて利用することができるし、許可さえとれば外部の者が街に入ることもできる。

 街はいつも活気で溢れているので一年くらいならば貴族たちも不自由さを感じないでいられる。

 貴族平民入り乱れた学園街は城下にもひけをとらない賑わいを見せていた。


 それから交流をより深めるため、両校合同での行事がいくつか計画されている。

 合同授業や食事会など様々なものがあるが、大きなものは年に二回。入学から2週間後に行われる春のお茶会と卒業式の前日の夜に行われる舞踏会だ。

 街は飾り付けられ夜には出店が出て、一般公開もされることから、その二つの行事の間は街中が騒がしい。

 またその他にも夏には希望する生徒で避暑旅行があるし、秋には国をあげての鎮魂祭がある。


 今までその全てをアリスは実際に楽しんだことがなかった。

 春のお茶会では嫉妬を募らせるエレオノーラを表面的に宥め、夏の避暑旅行はそもそも参加していない。秋のお祭りは怪我を負ったエレオノーラに付き従い寮で待機、舞踏会に至っては他でもないエレオノーラの断罪の場だ。


 晴れの舞台となるはずだった舞踏会で主人は己の罪を理不尽に突きつけられる。

 最初に裏切ったのは他でもない婚約者自身なのに———。


 そっと文字をなぞりながら揺り起した記憶に蓋をする。今はまだその時のことを考える必要はない。


 今回こそは物語に影響しない範囲で自分の好きなことをやってみたい。

 学園街だって見て回りたいし、叶うことなら避暑旅行にもお祭りにも参加したい。今世二番目の願いだ。

 一番目は言わずもがな、己の役目とは矛盾するがエレオノーラの幸せだ。


 どうせ自分の運命は決まっている。

 この命でさえ後一年もないのだ。だから最後くらいは好きにする。

 次もまた同じように戻ってこられる(・・・・・・・)保証なんてないのだから。

 唐突に訪れるかもしれない物語の終わりに怯えるくらいならば、めいいっぱい生を楽しむ。それがアリスの選択だ。


 エレオノーラの様子が気にならないでもないが今回は何かパターンが違うだけだろう。


 とにかく今は明日に備えて入浴を済ませ、無理やり眠りについた。


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