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信頼


 ガーデンパーティー以来、表面的には特に何の問題も起こらず、平和な毎日が過ぎていた。

 マリーの強い要望により、ミュリエッタは彼女と同じクラスに移ることになった。


 役目のためには傍にいた方がいいが、毎日毎日いじめぬく自信もないので、アリスはようやくいつも通りのクラス分けになったことにほっとしていた。

 それになんだかんだと理由をつけてはエレオノーラにごまかされ、ミュリエッタへの悪意は令嬢たちの間でそこまで盛り上がっていなかった。


 そういうわけで、不気味なほどに穏やかに時間は流れていたのである。


 だからむしろ、こういう日の方が珍しい。


「シュキアス侯爵令嬢! お話があります!」


 初夏の生ぬるい風が窓から差し込む図書室で、アリスは望まぬ訪れに辟易していた。今日は晴天。良い読書日和になるはずだったのに。


 勢いをつけていったせいか、あちらこちらから何だ何だと好奇の視線が突き刺さる。


(本当に学ばないわね、この娘は)


 まさかわざとやっているのだろうか。そうだとしたらなんて狡猾なんだろうか。

 アリスは目の前で興奮に頬を染めて返事を待つ馬鹿(ミュリエッタ)ににこりともせず「嫌です」と告げた。


「そんなぁ」

「ですが、そうして断ってもろくなことにならないのはもう重々承知ですので……ついて来てください」



「そこに座ってください」

「お邪魔します」


 自室にエレオノーラ以外を招くのは初めてだ。来客用に用意したソファにミュリエッタを座らせ、アリスはてきぱきとお茶の準備をする。

 その様子をミュリエッタはしげしげと興味深そうに眺めていた。


「何か?」

「あ、いや…いえ、すごく手馴れてるんだなって」

「私の場合人にいれてもらうより自分でいれることの方が多いですから」


 エレオノーラのためになることは召使の仕事だろうがかまわず覚えた。全てはこの一年で少しでも主人に安らぎを与えるためだった。

 今のところエレオノーラに悩んだ様子がないため役に立てているかは疑問が残るが。


 カチャリとミュリエッタの前にティーカップを置く。お茶請けには常備してある乾きものを適当に皿に並べた。

 簡易的ではあるがきちんと整った場に満足して、アリスはミュリエッタの前に腰を下ろした。


「あの、こんな風にもてなして頂けると思っていなくて…、何にも手土産も持たずに申し訳ありません……」

「いえ、お気遣いなく。まさかあなたを連れてテラスでお茶をするわけにもまいりませんから」

「それはわたしがあなたに嫌われているからでしょうか?」


 いきなりのド直球にアリスはあやうくティーカップを取り落とすところだった。

 何のつもりだ、とぎろりとミュリエッタを睨んでも真剣なまなざしが返ってくるだけだ。


 アリスは息をついてカップをソーサーに戻しそうですね、と口を開いた。


「あなたのことを好ましく思っていないのは事実ですが、それ以上に私たち(・・・)あなたたち(・・・・・)の間の関係が良くないことはもう気付いているでしょう?」


 無言はそのまま肯定の証だ。

 シュガーポットから砂糖を取り出し、琥珀色の液体に沈める。くるくるとスプーンを回しながらアリスは続けた。


「殿下はあなたのことを大層気に入っておられます。婚約者としてエレオノーラ様やその一派が良い顔をしないということくらい理解できますよね?」

「でも! 私と殿下はそんな関係じゃありません!!」


 アリスは内心ひそかにおや、と目を見開く。

 エレオノーラの様子がおかしいように、今回はメインとなるミュリエッタと王子の恋も難航しているようだった。やたらと王子が積極的すぎるのでミュリエッタも若干引き気味なのかもしれない。


 だからアリスにもミュリエッタの言い分は分かる。ミュリエッタとしては何の気もない王子との仲を邪推されて、しかも近寄ってくるのは王子の方なのに、それで逆恨みされれば文句の一つでも言いたくなるだろう。ミュリエッタは今のところある意味被害者だ。


「あなたにその気がなくても殿下の傍に年頃の令嬢がいることがそもそも問題なんです」

「それならマリーだって年頃の令嬢です」

「あの方はランドルフ卿と婚約されていますから。あなたはそういう相手はいないでしょう?」

「それはそうですが…」


 納得はしたがミュリエッタは不満な様子だ。


「わたしは殿下のお傍を離れた方がいいんでしょうか?」


 無理でしょう、とあやうく本音がもれるところだった。

 というかもしそんなことになってもミュリエッタが自分のことを意識しはじめたと勘違いして余計に王子(バカ)を喜ばせるだけだ。


 イラッとした気持ちを落ち着かせるべくお茶を口に含む。

 甘すぎた。そんなことですらアリスの心の和を乱す。


「それで、本日は何の用だったんでしょうか?」


 ミュリエッタの最後の呟きは聞かなかったことにして本題に入るよう促した。


「ガーデンパーティーでご迷惑をかけたことを謝りにきました。あの後皆から引き止められてしまって…。直接謝罪するのがこんなに遅くなって申し訳ありません。それと、マリーを紹介してくれたことに改めてお礼を申し上げます。有難うございました」


 ミュリエッタはそう言って丁寧に頭を下げた。

 そしてそのままぱっと顔を上げて言葉を繋げる。


「それで、お願いがあるのですが、このことをハミルトン様にもお伝えしてくださいませんか? わたしでは近付くこともできませんし…。わたしができることなら何でもします。殿下に不用意に近付くなということであれば従います。ですから、どうかお怒りを収めてもらえませんか?」


 その言葉にアリスの片眉が寄る。聞き捨てならない言葉が聞こえた。


「お怒り…? エレオノーラ様は別にもう先の一件は気にされていませんが」


 そう、アリスがやきもきするくらいにはエレオノーラはミュリエッタへの悪意を持ち合わせていない。どんなに心優しくてもあれだけのことをされたら少しは苛立たしさというものを覚えるはずだが、エレオノーラはそもそもミュリエッタに関心を持ち合わせていない。なのに、お茶会でミュリエッタへの悪口が他の令嬢からもれそうになると上手に話題を変える。もうあれは意図的としか思えない。


「そうなんですか!? 私はてっきりあれは…」

「あれ? 何ですか? ……もしかして、あなた今何か嫌がらせでも受けています?」


 露骨に目が泳いでいる。

 もしエレオノーラが主導していることならば、アリスが知らないはずはない。アリスの様子を見る限り全くの見当はずれをしてしまったと気まずいのだろう。

 だが実際に前回までは率先してエレオノーラの意志をくみ令嬢たちを焚きつけていたので、もし蚊帳の外にされているのだとしたらアリスも見過ごすことはできない。


「具体的にどんなことを?」

「…大したことではないんです。物を隠されたり、カフェテリアで足をかけられたり、部屋に変な手紙が届いたり。ですがマリーや殿下たちに知れるとまた大事になりそうで…。できることならその前に解決できればこれ以上仲違いすることもないかな…なんて……」


 どんどんと声がしぼんでいる。

 真っ先に疑ったのがエレオノーラやアリスであると宣言しているようなものだからだろう。

 両者の対立は皆が知っていることだから、エレオノーラの仕業だと思ったのだろう。

 まず真っ先に思い浮かぶのが自分たちであったことに不思議はないからアリスもそこに言及はしない。


「すみません!! 変なことを疑ってしまって!」


 沈黙に耐えかねて再びミュリエッタは頭を下げた。


「いえ…私たちを疑うのは当然ですから。ですが、今回のことに少なくとも私は関わっていませんので、ご協力できることはなさそうです」


 アリスは静かな声でそう言った。ミュリエッタは首がもげそうなくらい激しく何度も頷いている。

 しかしアリスはミュリエッタの様子に気を配るほどの余裕がなかった。


 エレオノーラが自分の知らないところで何か物語に影響しそうなことをたくらんでいるかもしれない。どうしていつもと筋書きがこんなに変わってしまっているのだろうか。

 忘れていた不安がまたゆっくりと顔を出す。


(ミュリエッタをいじめる気はないんだと思っていたけど…、もし違うならどうして私に何も言ってくれないの?)


 エレオノーラは自分を信頼してくれていないのだろうか。

 もう、アリスの力を必要としてくれないのだろうか。


 言葉にならない胸の痛みにぎゅっと手を握りしめた。


前回で入学編は終わり。

今日から新章です。

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