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答えられない問い


 アリスは自室のベッドに寝転がったままぐるぐると今日のことを思い返していた。

 中途半端にミュリエッタを手助けなんかしたせいでエレオノーラに迷惑をかけてしまった。ここのところずっと話したそうにしていたミュリエッタを無視していたのは失敗だったかもしれない。


「マリーや王子たちと仲良くなれたんだからわざわざ私に構うことないじゃない……」


 主人公らしく礼儀正しい性格だから律儀にお礼でも言いたかったのだろうか。

 ため息が漏れる。


 よりにもよって主人が恥をかいたのは自分を守るため、というのはアリスにとって耐えがたいことだった。

 先ほどのエレオノーラとの会話はまだ記憶に新しい。枕に顔をうずめながら再びアリスはそれに思いをはせていた。



「申し訳ありませんエレオノーラ様…私のせいで……」


 怒りが落ち着くと今度はズン、と沈み込むように落ち込んでいた。シャワーを浴びて上がってきたエレオノーラに向けて、アリスは深々と頭を下げてそう謝った。


 はぁ、とエレオノーラから珍しく本気のため息が聞こえる。アリスはぎゅっと目をつむった。


 エレオノーラは頭を下げるアリスの手を取った。湯につかったばかりだからかじんわりと温かい手が冷えたアリスの手を温めた。

 そして体を持ち上げるように促す。


 美しい空色の瞳がアリスの目をじっと見つめていた。


「いい? あなたはわたくしのお友達であって従者ではありません。朝も言ったでしょう? それに今日の一件で一番悪いのは殿下であって、次が子爵令嬢とマクマホン様。子爵令嬢はあんな場で走り回るものではありませんし、マクマホン様はやりすぎですわ。シュキアス様は何も悪くないの。分かった?」

「でも、エレオノーラ様は私なんかを庇うべきではありませんでした…。エレオノーラ様の名誉をお守りするのが私の仕事なのに……」

「で す か ら! その必要はないと言っていますわ! …もう、本当に…あなたはどうしてそこまでわたくしを……」


 アリスは押し黙った。


 その問いの答えはアリスにとってももう分からないことだからだ。

 エレオノーラに抱く感情は物語の一部として元々アリスに刷り込まれたものなのか、物語に役目を押し付けられ死にゆく仲間としての憐憫なのか。自分がアリス・シュキアスとしての立場を自覚してからはもうその感情につける名は分からないままだ。


 暗い顔をして口を閉ざすアリスに、エレオノーラはもう一度ため息をつき、その頬を両手で包み込んだ。

 そして慈愛のこもった眼差しでこう言う。


「あなたがわたくしを大事に思うように、わたくしもあなたのことが大事なのです。だからわたくしの気持ちをはねのけないで」


 その言葉に頷くことはできなかった。



 今回のエレオノーラが本当にいつも(・・・)と違うことをいよいよ認めなければならないようだ。

 それに気付いてからアリスは足元が崩れていくような不安に襲われていた。


 怖い、正しい道からそれていくのは怖い。


 ぎゅっと体を丸めてベッドでうずくまる。

 胸のところをわしづかむと、手に何かが当たる感触があった。

 ふ、と首に魔女からもらったネックレスを下げていることを思い出した。

 ネックレスは不思議とよくなじんで、今ではもう下げていることを忘れるようになっていた。


 服の裾からネックレスを取り出し仰向けになってランプの明かりに赤い石をかざす。


「きれい……」


 ゆらりと石の中で小さな炎が揺らめいているようだった。

 これを見るとノアのことを思い出す。アリスが初めて物語ではない自分のために行動した先で出会った青年。


「あっ」


 ぱっと飛び上がるように体を起こす。ベッドサイドのテーブルにぽつりと置かれた銀色の笛に目が吸い寄せられる。


「そういえば私から出さなくちゃいけないんだった」


 ここのところ忙しくてすっかり忘れていたがこの笛をもらった時にノアにそう言われたのを思い出した。

 慌ててベッドから起き上がり机の前に座る。引き出しから家印の入っていないシンプルな便箋と封筒を取り出し、ペンを持った。


 そしていざインクにペン先をひたしてぴたりと手が止まる。


(何を書けばいいのかしら…)


 日記帳にもネックレスにも変わった様子はない。魔女のことを知りたいノアに何を書いていいか分からない。まさかパーティーや学院のことを書けるわけでもないし、アリスは悩みに悩んで結局用件だけ伝えることにした。


――――――――――

ご連絡が遅くなって申し訳ありません。

忙しくてすっかり手紙のことを忘れていました。

日記帳やネックレスに変わった様子はありませんが、来週末なら時間が作れそうです。

――――――――――


 書けたのはこんな短い内容だけだった。

 我ながら可愛げの欠片もないがしょうがない。


 封をして笛を手に持つと窓に寄る。

 カーテンを開ければすっかり窓の外は暗闇に染まっていた。

 これならばあの真っ黒なメッセンジャーは夜闇に紛れて目立つこともないだろう。


 アリスは体を外に乗り出し笛を口先に加えて吹いた。


「?」


 音が鳴らない。


 夜だからと吹く力を遠慮しすぎたのだろうか、と首をかしげる。

 もう一度。

 今度は思いっきり吹いてみた。


 が、やはり笛は鳴らない。


「壊れてる…?」


 ちゃんと明るいところで笛の状態を確認しようと室内に体を戻した瞬間、バサバサと聞き覚えのある音が近付いてきていた。


 アリスが窓から少し離れると同時にそれは窓枠にぴたりと足をかけた。

 どうやらこれでちゃんと呼べていたようだ。


「あなた…本当に大きいのね」

 

 改めてアリスはアークと呼ばれる大ガラスの姿をしげしげと観察してそう言った。アークは心なしか誇らしげに胸を張った、ような気がする。

 その動きが可愛らしくてアリスは笑みをこぼした。


「触ってもいい?」


 アークはまたずずいと胸を張ったように見えた。

 おそるおそるアリスの手がアークの羽をなでる。

 硬質そうな毛質の割に触ってみると存外柔らかかった。ふわりと手のひらに伝わる感触に感嘆のため息をもらす。

 と、毛の間に何か紐がかけられているのに気が付く。手繰り寄せるとその先は布でできた袋がついていた。ボタンでしっかりと留められるようになっている。


 ここに手紙を入れればいいらしい。


 アリスは手に持っている手紙をそこにしまってしっかりとボタンを留めた。


「これをノアまで届けてくれる?」


 人の言葉を本当に理解しているのだろうか、アークは任せとけ、とでも言わんばかりの目をして飛び立っていった。



 それからしばらくして硬質なもの、例えばくちばしのようなもので窓を叩く音がした。

 アリスは駆け寄って窓を開ける。そこには先ほど送り出したアークがいた。


「もう戻ってきたの?」


 あまりの速さにアリスは目を丸くする。

 アークは器用にボタンにかけた紐を外すと中からアリスが入れたのとは別の封筒をくちばしでつかみ差し出してくる。


 差出人はノアだ。


 お礼を言うとアークは胸を膨らませてそのまままた夜の闇に溶け込んでいった。

 いそいそと手紙を片手に机に座る。封を開けると、この間も見たノアの字が並んでいた。


――――――――――

連絡をくれてありがとう。

ぜひ確認したいから来週末、この間と同じくらいの時間に同じ場所で会おう。

それから、仕事の調子はどう?慣れないことも多いだろうし、不安なことや悲しいことなんかがあったら何でも相談して。アリスからの手紙ならいつでも大歓迎だから。勿論楽しかったことや嬉しかったことも。僕もそうするから。

君のことが少しでも多く知りたいんだ。

それじゃあ来週末を楽しみにしてるよ

――――――――――


 知らず口に出した言葉に頬が熱くなった。

 異性と手紙のやり取りをしたことはないが、こんな風に『君のことが知りたい』だなんてはっきりと伝えるものなのだろうか。


 シュキアス侯爵令嬢じゃないアリス(・・・)を知りたいと言ってくれるノア。


 きゅっと心臓にほのかな痛みが走った。


 書かれた綺麗な文字をなぞる。

 封筒の中に手紙を戻して引き出しの奥深くにしまい込んだ。


カラスの聴覚は人間とあんまり変わらないみたいなのですがファンタジーなので好き勝手やっています。調べながら書いているので最近少しカラスに詳しくなりました(笑)

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