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ある春の夜に


 ああ、目が覚めてしまった。

 気が付いてしまった。


 ()という人間が何度も何度も同じ人生を繰り返していることに。


 私はそれが自分の役割によるものだと、どうしてだか理解していた。そしてこの世界で私はあくまで脇役だ。正しい結末まで世界を導かなくてはならない。


 まるで生まれた時から刷り込まれていたかのようにそれ(・・)が覆しようのない確信とともに蘇る。


 つまり、私が生きるこの世界は物語の中の世界であると。



 もう何度目か分からない今回の始まりを迎えて、不思議と手紙を書こうと思った。


 誰に向けて?なんのために?

 ————————分からない。


 ただ気が付くと小さな手には余る大きな羽ペンと、立派な便箋、それから封筒を携えて、父の書斎から抜け出していた。


 手紙に今までの物語を記しておこう。もしかしたらこれからは変わるかもしれないから…。


 覚醒したばかりだからか妙に頭が混乱している。まるで私と違う()がこの身体を乗っ取りあっているようだ。



 由緒あるハミルトン公爵家の長女にして、第一王位継承者であるオズウェル王子の婚約者、エレオノーラ様。私は彼女に付き従い、その行動を補佐する立場にある侯爵家の娘である。


 六歳の時、ハミルトン公爵家が主催するパーティーの、子供たちが集まる温室で私は彼女と出会う。そこで私は彼女に魅せられ、以来その後ろをついて歩くようになるのだ。

 幼い頃から立派な王妃となるべく育てられたエレオノーラ様は何より自分に厳しく、常に同世代の女の子たちの模範となるような行動を心がけられていた。

 私はそんな主人が誇らしくて、最初は父から命じられたはずのお役目だったのに、気付くと率先して彼女のお役に立ちたいと思うようになっていた。


 次の舞台――というより物語の主軸の舞台はこちらである――で物語は大きく動き出す。


 十年後、十五歳から十八歳までの貴族が、社交界デビュー前に一年間、半強制的に通わされる学院でのことだ。

 あろうことか王子殿下は元孤児の子爵令嬢ミュリエッタ嬢と惹かれあい、婚約者の立場であるエレオノーラ様を放っておきながら彼女と逢瀬を重ねるのだ!


 気位の高いエレオノーラ様はもちろんこれに激怒し、その怒りを立場の弱いミュリエッタ譲にぶつけ、あれこれ策をめぐらし彼女を王子から引き離そうとする。心根優しいミュリエッタ嬢は、あまりにも遅すぎるが、自分を虐げるエレオノーラ様の立場をかんがみ、理解し、王子との恋をあきらめようと決意する。


 決裂が決定的となったのは、出自の分からない自分(ミュリエッタ)を迎え入れてくれた子爵夫妻に、ハミルトン家の制裁が加わりそうになったことだろう。

 ミュリエッタ嬢は身を引き、エレオノーラ様は今まで通り婚約者としての地位を取り戻した——かのように思えた。


 ミュリエッタ嬢に心底惚れ込んでいた王子は、二人の仲を引き裂いたエレオノーラ様を許さなかった。

 彼はあれこれとミュリエッタ嬢を自分の妻にするべく奔走し、見つけてしまうのである。


 愛する彼女が隣国で行方知れずとなっていた第一王女その人であることに。


 エレオノーラ様はそれまでのミュリエッタ嬢への数々の非礼により、オズウェル王子を筆頭とする複数の有力貴族の子息により断罪されてしまう。


 物語の中でエレオノーラ様は悪役で、ミュリエッタ嬢はヒロインもしくは主人公であった。ただそれだけの話だ。


 ハミルトン家は一族もろとも取り潰し、エレオノーラ様と、それに加担していた私は身分剥奪の上、国外追放が決定した。

 私は北の、エレオノーラ様は海路ではるか南の修道院へと送られることが決まる。

 その道すがら、エレオノーラ様は事故で死亡、悲嘆にくれた私はそのあとを追い自殺。おそらくオズウェル王子とミュリエッタ嬢は結婚し、末永く幸せに暮らしたのだった。



 と、こういう筋書きである。我ながら笑えないくらい突拍子もない話だ。しかしこれは将来必ず起きる。起きなければならない。


 必ずしも同じ事件、道筋を辿っていたわけではない。

 しかし嫉妬に狂ったエレオノーラ様がミュリエッタ嬢をあの手この手で貶め、その罪で国外追放にあい、道中事故で死亡という結果だけは毎回同じなのだ。


 エレオノーラ様はミュリエッタ嬢に出会うまで品格に優れ、公明正大で、情に厚く、素晴らしい令嬢の鑑であり続けた。

 それがあの子爵令嬢に会うことがキーのように豹変していく。

 まるでその様はあの方の思いとは別に何かが暴走しているような姿だった。


 私はこの繰り返しに気付いてからずっと彼女の変容ぶりを見てきた。


 ————————許せなかった。

 こんな役目を私の愛しい主人に押し付ける世界が。彼女を死に追いやりながら幸せになるあの二人が。


 物語の終わりに、いつも気が付くと、一年の半分以上が雪に覆われた大地の、牢獄のような石の部屋でナイフを手に絶望している。


 まただ、また同じ結果になった。

 私と彼女は引き離され、彼女は事故で死ぬ。その事故が本当に(・・・)事故なのかさえ、私には確かめる術もない。


 自分の無力を呪った。彼女の運命を呪った。

 憎い、憎い憎い、嗚呼憎い。


 彼女に婚約者という肩書きを与えた公爵も、婚約者がありながら違う女に入れ込んだ愚かな王子も、人の人生をめちゃくちゃにしておきながら被害者かのような顔をする淫奔な娘も、私の頼みを最後まで何一つとして聞き入れてくれなかった両親も。


 それなのに私にはどうしてもこの世界を変えようという決意が生まれなかった。


 これは、私と彼女のこの運命は、絶対なのだ。私たちはこれに逆らってはいけない。むしろこの役割を果たさなければならない。


 そこにやるせなさや悲しみを感じなかったとは言い切れない。

 それでも、私はこの物語を正解(・・)に導かなければならないのだと、そう思った。


 だってそれが私がこの世界に存在する理由だから。

 私だけがこの世界の仕組みに気付いているから。


 エレオノーラ様が見せる悲しみも、苦しみも、憎しみも、全てを目にしてきた。彼女だけでも救いたい。でもそれは絶対に叶えてはいけない願いだから。


 この先起こる結末を知っていても、私だけは最後まで彼女の味方でいなければ。


 願わくば終わりの始まりまで、この物語の結末をこの身体が忘れ、ただの****としてエレオノーラ様と過ごせることを願って。



                   ある春の夜、****・シュキアス


はじめまして。以前同様のタイトルで作品をあげていたのですが見切り発車だったので続かず…。

今回はきちんと作品を練り直して再出発です。

長い道のりとなりそうですがどうぞよろしくお願いします!

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