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二つの月(2)

 憧れる職については人それぞれ異なるだろうが、つきたくない職についてはおおむね意見が一致するだろう。

 そう、冒険者だ。

 多くは勘違いしているが、彼らは初めから鼻つまみ者だったわけではない。元々はあこがれの職業だったのだ。

 帝国の黎明期、戦乱の傷がまだ癒えぬ頃。大地を覆っていたのは死肉を喰らい、夥しいまでに数を増やした魔物どもだった。驚くべきことに帝都の大動脈である<アウレリウス街道> (当時の名は塩の道)の付近にまで魔物の巣が作られていた。

 この状況を打破せんと辣腕を振るったのが他ならぬ建国の英雄アウレリウスだ。

 それまでの経験から大軍を差し向けると姿を消くらます習性を熟知していた彼は全土から招集した戦士たちに小集団を組ませ、魔物の駆逐を開始した。この小集団こそが冒険者の始まりだ。彼らは未開の地に一番に赴き、魔物を駆逐し、世界を広げる役割を担った。今日における帝国の発展は彼らの貢献なしにはありえなかっただろう。

 余談ではあるが、この時アウレリウス帝自らが各地に赴き魔物の駆逐をしていたそうだ。剣の一薙ぎで十数の(資料によっては数十)の魔物を屠ったとある。多少誇張して書かれてはいるのだろうが、それを加味してもこの英雄は恐るべき力を持っていたようだ。やはり『聖印』の力というのはこの筆者のような凡夫には計り知れないものなのだろう。

 だが、悲しいかな。時代は下り、冒険者の仕事は変質していった。

 魔物の巣が人の住む領域から遠ざかるにつれ、その脅威も薄くなっていった。魔物が完全に居なくなったわけじゃない。だが、黎明期に比べればその損害は『運の悪い事故』程度まで激減した。

 人間・エルフ・ドワーフ・竜人。人と名の付く生き物は争いをやめることはない。外に敵が居なくなれば今度は内側で闘争を繰り返すようになる。

 魔物が減りその力を余すこととなった冒険者たちは帝国内部の抗争にその力を費やすようになった。

 表向き、あるいは日の当たらないところで。

 それに伴い、かつてはその高潔さを称えられた彼らも堕落の道を転がり落ちていった。

 職業が制度化されるとその傾向はさらに強くなった。制度から弾かれた者が最後に食い扶持を求めたのがこの職だったからだ。その結果、犯罪者と大差ないような集団が生まれしまった。

 無論、中には真っ当な冒険者もいる。盗みを犯さず、定価で物を買い、浮浪者とは違った身なりをした冒険者が。最もそれは道に落ちた石ころに金鉱石が混じっているのを期待するようなものだけれどね。


『冒険者の成り立ち』

 ―――――――――――――――――――――


 バロンは部屋の端に設置された鍛錬用の案山子に防護服をかぶせた。案山子は太い鉄の棒で床下に固定されているようでちょっとやそっとじゃ動きそうにない。

「あーバロン? その、大丈夫か? いきなりそんな大剣でぶった斬るってのは……」

「心配ないさ。強度については加工中に確かめてあるよ」

 俺の心配をよそにバロンは大剣を上段に構えた。姿勢も綺麗で様になっている、どこかで習ったのだろうか?

 一時の間をおいて高々と掲げられた剣が振り下ろされた。

 耳障りな残響と何かの破壊音。わずかに遅れて床に剣の先が落ちているのが目に映った。防護服を外された案山子には傷一つ付いていない。

「おお〜」

 いつの間にか着替えを終えたヒカリが隣でパチパチと拍手していた。この防護服は外からだと細かい鉄板を組み合わせた鎧のようにも見える。黒で統一された色にヒカリの白い肌と銀の頭髪がよく映えていた。

「しかしこれは……驚きだな。この軽さでこれだけの強度があるとは」

「元々魔鳥類の鱗は重さの割に頑強でね。とはいえ、これほどまでの一品はそうそうお目にかかれないけれど」

 目をぱちくりさせるアニモに白いタテガミが頷く。頑丈さもそうだが、この獣人の剣筋も俺にとって驚きだった。破損部を見る限り質のいい剣というわけじゃ無いが、あれだけ強く振るには相応の修練がいる。

「あんた剣も相当の腕だな。どこで稽古を?」

 俺の言葉にバロンは一瞬言葉に詰まった。それから少し困ったような顔で肩をすくめる。

「まあ、幼いころ少しね……さあ! 君たちもやってみてくれ。ただし、店を壊さない程度にね」

 それからしばしの間、俺とアニモが代わる代わる案山子に魔法と武具を打ち付け続けた。アニモが数発、小さな火球をぶつけたが驚くことに焦げ後一つ付いていない。外殻にあたる鱗もそうだが、それを繋ぎ止める部分にもダメージはなさそうだった。

 俺も用意されていた大槌と槍を案山子に打ちつけたが、どちらもバロンの大剣と同じ末路を辿った。

 小さな歓声の元を辿るとヒカリが腕組みをして大仰に頷いている。軍のお偉いさんにでもなったつもりなんだろうか?

 それからバロンの腕前を称えていたんだが、牛の鳴き声みたいな音が会話を止めた。

「おいおい、ここまで聞こえてくんのか? ドワーフの王様のイビキはさ」

 くすくすと笑い出したアニモとヒカリの二人とは対照的にバロンはマギカ草を飲み込んだように顔をしかめた。

「まったく、あのドワーフ。ああいった輩がいると僕たちの品位にまでケチがつけられてしまう。アレが何か美しさに心を動かすところが想像出来ないよ。今夜からは双子の月が浮かぶがそれすら見上げたこともないだろう」

 アニモと顔を見合わせた。どうもこの向かいの二人はあまり相性が良く無いらしい。二人の性格を考えると無理もないか。

「そういえば、本部お抱えの職人はどういう基準で選ばれているのかな?」

 重さを増した空気を察したのかアニモが話題を変えた。ドワーフの王から話題が移ったからかバロンの眉間に刻まれた皺がふっと消える。

「僕自身も正式に聞かされた訳じゃない。だが、噂だとアルフレッド閣下直々に選ばれたとかなんとか……多分他の貴族の子飼いが入ることを嫌ったんじゃないかな? 無論、閣下の目に留まるには相応の技量は必須さ」

 武具や薬は魔物の討伐・探索において生死に直結する。ここをきちんと抑えてくれるのはありがたい限りだ。今まで見た限り、ここにいる職人の技量は相当のもんだしな。

 バロンは壁に体を預けると、遠い目をした。

「あの方には感謝してもしたりない。僕はここに来る前はロクな生活が出来なくてね」

「まさか! あんたくらいの腕があるなら金に苦労はしないだろう」

 俺も全ての武具屋を見た訳じゃないが、この稼業をしていてこれだけ質のいい防具は見た事がない。バロンは相変わらず遠くを見つめるような目で自嘲するように笑った。

「色々あってね……まあ、それにしても今は厳しい時代だ。この仕事を始めてわかったよ。実際はコネや立場が重視されるのに、表向きは技量を重視するようなことを言う。常に何かに役立つことを求められ続ければ誰の心も疲弊するさ」

 今までに無いくらい沈んだ表情だった。普段の立ち振る舞いを見る限り、どこか良い家の出かとばかり思っていたが……。

 そんな時、唐突に低い場所から固い声が発せられた。

「……役に立たなければ意味はないの?」

 ヒカリだ。言葉こそ普段通りだったが、俺は何故か焦りのようなものを感じる。

「うーん、悲しいことだけどね。ちゃんと客の望むものを用意できないと厳しいね」

 ヒカリは苛立ったように体を小刻みに動かした。細い銀髪が鎧の上を不規則にのたうつ。

「でも……」

「役に立たないものを渡してしまうと、必要とされなくなってしまうんだ。こっちとしては致命的さ」

 ヒカリが息を飲むのがわかった。揺れる瞳を隠すように下がる目線。「そう」と消え入りそうな声だけが残される。

 なぜ、こんなことを聞く?

 ここ最近のヒカリの不可解な言動が頭に浮かんでは消えていく。

 指にまかれた布。

 部屋から出てこなかったこと。

 そして、このバロンへの質問。

 俺が散らばる点をつなぎとめようとした時、アニモの声がそれを阻んだ。

「ではバロン殿、この防護服は謹んで頂こう」

 恭しく礼をした竜人は俺たちの方へ振り返ると長い舌で口の周りを湿らせ、ゆっくりと噛み締めるように告げた。

「武具・道具も揃った。第三階層へ進む時はもうすぐだ」

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