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二つの月

 クインの部屋をでた俺は一路、アニモ達の元へと向かった。

 見慣れた広間につくとアニモとヒカリが大柄な騎士と話しているのが見える。俺が近づくと全身鎧の騎士がこちらを一瞥してきた。顔を覆う鉄仮面もピカピカでマントまでつけてやがる。ゴリッパなことだ。

「以上だ。アルフレッド様はお忙しい。遅れることの無いように……貴様らのような浮浪者に何を期待されているのか私には理解できんがな」

 仮面の中からでもわかるほど大きく鼻を鳴らした鉄塊は見下すように顔を傾けた。俺たちに対する貴族の平均的な対応と言っていい。教科書的だ。

「承りました。では明日に」

 アニモは軽く会釈すると右腕を緩やかに出口へと差し向けた。こちらも素晴らしく教科書的な対応だ。意図を翻訳すると『一緒の空気を吸いたくないからとっとと失せろ』となる。

 デカブツが後ろを向いた後、ヒカリが小首をかしげた。

「恥ずかしいの?」

「は?」

 呆けた声に続いて重い金具の音が広間に木霊する。まだこちらを向いてはいないものの、鉄塊が纏う雰囲気は馬上で引かれた弓のように剣呑さを帯びた。

「貴様……愚弄するか。ゴミの分際で!」

「なんでそんなお面で顔隠してるの?」

 甲冑の指先がピクリと動いてすぐ固まった。低い唸り声の後、腕組みをして考え込む。

「よいか、これは儀礼用の正装だ。伝統的にエクイテス階級の者は職務中この鎧を着ける」

 どうも歳端もいかない少女の無邪気な疑問だと捉えたらしい。先程の物々しい雰囲気は消えている。

 俺も刀へ伸ばしていた指を気づかれないように元に戻した。

「貴様らのような輩が知らんのも無理はない。だが、臣民たるもの礼節については常に……」

「うんわかった」

「貴様、本当に……」

 ヒカリの空返事に鉄塊が色めき立つ。そんな時、腕組みをしたアニモがポンと手を打った。

「そうでしたそうでした。そういえば貴殿の来る少し前、鎧姿の方が走って行かれましたぞ。詳しくは聞き取れませんでしたが……確か、王という言葉が聞こえたような」

 アニモの話を聞いた鉄塊がビクリと上体を引き起こした。

「な、なに⁉︎貴様! 何故それを早く……ああっ! もういい!」

 踵を返した全身鎧はマントをたなびかせドアから消えていく。

 俺はその足音が完全に消えてから胸に溜め込んでいた息を吐き出した。隣で腰に手を当てているヒカリに顔を向ける。

「まったくお前と居ると退屈しないよ。内務卿殿が来るってだけの知らせが一歩間違えれば血を見ることになってた……ところでアニモ、アレのお仲間を見たってのは本当か? こんな所に奴らが来るとは思えんが」

「いやなに。昼時に試作の鎧モドキを着たガロクを見かけた、というのを少々抽象的に言っただけだ。嘘はついてないぞ。ふらつきながら『俺はドワーフの王だ』と喚いてたからな。呂律が回ってなかったのは伝えていないが」

 思わず口角が吊り上がる。傑作だ。あの高慢チキにはこんくらいが丁度いいだろう。

 アニモは軽く咳払いすると俺の肩を叩いてきた。

「それにしてもよくぞ無事に戻ったものだ。ケイタ。廃人にされたんじゃないかと気を揉んでいたぞ」

「笑えないよ……ん? ヒカリ、どこ行くんだ?」

 一人でドアへと向かうヒカリ。俺が首を傾げるとアニモが「ああ、そうだ」と頷いた。

「バロン殿から知らせがあってな。防具が出来たそうだ」


 相変わらず人のいない本部の廊下を横に並んで進む。ガロクの部屋に近づくと牛の鳴き声みたいなイビキが聞こえてきた。バロンの部屋まで聞こえるんじゃないかこれ。

「ヒカリ、あー、その、なんだ。調子はどうだ?」

 隣を歩む銀の頭髪に目を向けた。さらさらと波打つ髪の間からのぞく横顔は以前と変わらないように見える。

「うん、まあ」

 空返事なのか、”まあまあ”という意図なのか判断に困る。木を叩く音。アニモがバロンの戸をノックしてるんだろう。

 それから少ししてヒカリは再び口を開いた。

「まあ、一応、出来たから」

「え? できた? できたって何が?」

 首を捻る。ヒカリは何かをしていたのか? ずっと部屋から出てこなかったが……。俺が足を止め視線を向けるとヒカリはふいと顔を背けた。

「言えない」

 そう言い残しアニモが開けたドアから逃げるように中へ入っていった。ドアを開ける際、掛けられた左手の人差し指に布が巻かれている。

 確か、あれは以前にも見たことがある。ダリアの店だったか? あの時は指全部に巻いていたような……? コウ達なら何か知ってるのだろうか、今度聞いてみてもいいかもしれない。

 ただ、今は考えても答えは出そうにない。俺も二人に続いてバロンの部屋へ向かった。

「お、来たね。バッチリ仕上がっているよ」

 芝居がかった仕草でライオン頭が華麗な礼をした。相変わらずたてがみは油のようなものが塗りたくられてツンツンだ。

 大きな長机の上に白を基調とした三着の防護具が置かれている。デカイのがアニモの、中くらいが俺、小さいのがヒカリのだろう。

「バロン殿、これは見事な—どう作ったのか説明頂いても?」

 アニモは防護服を手に取って留め具やら表面を指でなぞっている。恐らくどんな素材や技法を用いたか知りたいんだろう。

 ヒカリの方は感嘆の声をあげて防護服を広げていた。ローブか簡素な服しか着て来なかったからな。感激するのもわかる。あいつはおもむろに手に取った服を長机に置き。

 何を思ったのか自分の服に手を付けめくり上げようとした。細い背中が半分程露わになったところで咄嗟にあいつの腕を降ろさせる。

「おい待て、どうした」

「え? 着替えようかと」

 お前こそどうしたと言わんばかりの目を向けてくる。あっちのトカゲとツンツンは幸いというべきかこちらに気付いてはいないようだった。俺はヒカリに防護服を持たせると人目の届かない店の奥に押し込んだ。

「とりあえずここで着替えてから出て来てくれ」

「なんで?」

「それは……なんでもだ」

 なんとかヒカリに言い聞かせて長机の前に戻ると、既にバロンによる即席の講義は始まっているようだった。俺も早速自分に用意された防護服を手に取る。

 初めて見るタイプの防具だ。姿形は普段身につける服とほぼ同じ。だが全体が硬い鱗のようなもので覆われている。だが、軽い上に伸縮性もあるようで蜘蛛の糸のようによく伸びた。鱗が離れた隙間からは赤い何かが見え隠れしている。

「君たちが持ち込んだハーピーをふんだんに使わせてもらったよ。外側には脚部の硬い鱗、これは空蜘蛛の糸で縫い合わせている。よく伸びるだろ? また、中間部に羽を挟んだんだ。内側にはハーピーの皮膚を使っているから着け心地もいいはずだよ。斬撃、打撃にも強いし内部の羽のお陰で魔法に対してもある程度の抵抗力が期待できる」

「こりゃ……驚いたな。下手な騎士の鎧より頑丈そうだ。しかも軽い。あ、ところで血を見るのがダメだと言ってたがこれは平気なのか?」

 俺の言葉にバロンは素っ頓狂な声を上げるとぶんぶんと顔を横に振った。あれだけ激しくしているのにたてがみは全く形を変えない。

「やめてくれ! 僕が解体なんてできるわけないだろう! こういった素材の……”分解”については専門の職人がいるから彼らに渡すのさ」

 そうか、じゃあこの防護服も元は、と想像しようとしてやめた。自分から夕食の食欲をなくさせたくはない。

 この服はそのまま身に着けられるようになっているらしく頭から上着とズボンをはき替えた。屈伸したり、飛んだり跳ねたりしても全くきつさがない。元から身に着けていたようによく馴染む。

「ピッタリだ! 信じられん、凄え腕だ」

「そのくらいなんでもないさ」と話す言葉とは裏腹に純白の胸が高らかに張られていた。

 何度か曲げ伸ばしして分かったが、肩、肘、膝の関節部には特に厚く鱗が使われているらしく軽く床にぶつけてみても全く痛みは感じない。もしかすると胸や腹の部分も厚くなってるのか?

 そうこうしているとバロンがおもむろにこの場に不釣り合いな大剣を手に持っていた。アニモの身長くらいある大物だ。

「さて、サイズは大丈夫なようだね。今回のは自信作なんだ。どれくらい頑丈なのかは……実際に見てもらうのがいいかな」

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