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きっと、明日降る雨は(5)

 君たちは北方にそびえる剣山脈を訪れたことはあるかな?

 峻険な山脈が折り重なるこの地にはドワーフとチルカの大部分が住んでいる。ドワーフは帝都でもよく見る存在だがチルカたちの姿を見ることは少ないだろう。

 チルカはドワーフをさらに小柄にしたような体格だ。ずんぐりむっくりで首も腕も足も太い。そのくせ指先だけは器用なんだ。

 この種族は一風変わった価値観を持っている。

 詐欺師みたいに良い言い方をするなら類稀なる平等と博愛の精神を持ち、同じ境遇の者を見捨てず、常日頃から社会の格差是正に人生をかけ取り組む種族。

 平たく言うと種族の半分近くが盗賊だ。年がら年中金持ちから何かをくすねようと目を光らせている。

 どうにも彼らの遵法精神はエルフの慎み深さ並みに薄っぺらいらしく野盗の下っ端には必ずと言っていいほどこいつらがいる。

 ああ、いい所だってあるぞ。彼らの手先の器用さはドワーフをも凌ぎ伝説的な魔道具職人となるものや高名な美術家もいる。まあ、ごく一部だが。

 膂力が低いため戦士として名を残したものは少ないが、坑道や洞窟などの狭い場所では彼らが伝統的に使う吹き矢が大きな脅威となるだろう。

 吹き矢と言ったって甘く見ないほうがいい。先端には多くの場合、体の動きを止める毒が塗られている。そいつを使い動けなくなった獲物から金品をはぎ取るのがあの盗人どものやり方さ。

 もしかするとここまで読んで僕が彼らに良い印象を持っていないと思う人がいるかもしれない。

 神々に誓って言うが僕は個人の感情で一定の種族を悪く言ったりしない。

 本当だ。信じてほしい。


 まったくの余談となるがお気に入りの羽ペンを無くしたんだ。剣山脈のチルカが運営する宿屋に滞在しているときにね。

 幸運なことに宿屋では一本だけ羽ペンが売られていてね。これがまた僕が無くしたものにそっくりだったんだ。以前つけた傷の位置まで同じだったからね。

 君たちが北方への旅を計画しているなら一つアドバイスを。あの地へ行くなら切れ味鋭い剣よりも頑強な鎧よりも大切なものがある。

 錠前だ。


『北方の種族』R・ローズ著

 ――――――――――――――――――――――――――――――

 太指が細い吹き矢筒をくるくると器用に回す。ずんぐりした鼻の上に乗せられた半円型の目からは剣呑な光が垣間見えた。

「おいチビ、とっとと盗んだもんを返せ。今なら半殺しで許してやる」

「黙れ人間。この猿野郎が」

 周囲に目を走らせる。

 四方が白い壁に囲まれた袋小路。壁の高さは俺の二倍はあり、いたるところに大人の腕程の大きさの穴が開いている。

 なんのためだ?

 出入り口は一つで俺が塞いでいる。こいつらに逃げ道はない。

 だが、チルカの野郎にガキ共も逃げ出そうとするそぶり一つ見えない。顔を寄せあい四人はこちらを伺っている。

 次の瞬間、男が何か短く声を出す。四人ともクモの巣を散らすように駆け出し……違う、壁に向かってるんだ。

 右の壁に子供二人、左にはチルカと子供一人。

 奴等は飛び込むようにして左右の壁の穴へ消えていった。

 まさか壁の裏に裏道があるのか?

 俺が奴らを追い壁へ駆け出す。穴の中に――ダメだ! 小さくて入れない。

 そんな時、目の端で何かが動いた。

 俺の頭よりはるか上、

 小さな顔と短い吹き矢筒。

 咄嗟に身を翻し壁から離れると石と金属がぶつかる小さな音が雨音に混じる。

 まて、こっちから出るってことは――

 抜刀。

 体をひねり逆の壁に対し半身の体勢。

 俺に向かって一直線に向かってくる矢を叩き落とす。

 忌々しそうな舌打ちが聞こえた後、髭面が穴にひっこっで行くのが見えた。

 ここは奴らのねぐらであると同時にお手製の砦にもなっているらしい。子供とチルカだけが通れるあの壁の穴は自分たちで開けたんだろう。

 横穴はかなり長いようだ。奥まで光が届いておらず様子がうかがえない。

 先ほど地面に落とした矢を拾い上げる。

 吹き矢筒を密閉するための風受けには獣の体毛が使われていた。矢の先端には緑色の何かが塗られている。

 毒か?

 耳を澄ませると両壁からくぐもった足音。木の軋む音に続いてガキの一人が上の穴から顔を出した。

 目が合うと汚れた顔が驚きに歪む。

 慌てて吹き矢を射かけてくるが、矢はふらふらと三歩以上離れた場所に落ちていった。ガキはすぐに顔を引っ込めるとまたくぐもった足音が聞こえてくる。

 壁の向こうじゃ木板何かで足場を組んでいるようだ。

 落ちた矢を拾い上げる。こちらにも先端に何かが塗られている。作りも同じ。

 やり方はあのチルカが仕込んだんだろう。

 再び奴髭面の姿が現れ、俺は身を翻す。

 すぐに仕掛けてくると思ったが、奴は吹き矢筒を口から離し俺を睨みつけていた。

「その動き、どこで覚えた?」

「さあな」

 この状況は少しばかし分が悪い。こっちから手は届かないが奴らの矢だけはこっちに届く。

 話を引き延ばすか? どうにか手を……

 まて。

 奴は何故話しかけてきた?

 陽動か?

 両壁に目を走らせるが人影はない。

「この辺りのギルドで仕込む動きじゃねぇ。何者だ」

「あいにく俺はここだと厄介者でな。店ですら門前払いのモグリを冒険者ギルドが加入させると思うか?」

 男は鼻を鳴らすと苛立ったように筒を握りしめる。

「ハッ! ドワーフ仕込みの刀と金貨入りの袋を持ったモグリなんぞ聞いたことがねえ。傭兵崩れの貴族の犬ってのが関の山か? どうだ、ええ?」

 奴の言葉にはどこか挑発めいた響きがあった。

 妙だ。

 何故このタイミングで煽る?

「どうしたよ! 図星か? お前が野垂れ死んでも涙一つ流さん飼い主のために尻尾振って奉公たぁ立派なもんだ」

 軒から垂れる雨水のように次々と嘲りの言葉が髭面から流れ出ていく。

 おかしい。注意を引こうとしているのか?

 奴から一歩距離をとった。

 両壁に不審な動きがないか注意を巡らせる。

 だが、白い壁はその中に誰もいないかのように静かに雨音の中へと沈んでいた。

「――今だ!」

 男が鋭く叫んだ。

 直感。

 咄嗟に体を伏せる。

 頭のすぐ上を風切り音が過ぎていった。

 首を横に向ける。

 子供だ。

 出入り口付近の壁の穴。

 俺が気を取られている隙に移動したのか。

 顔を正面へ。

 まずい。もうチルカは筒を口に当てていた。

 立ち上がる時間はない。

 この体勢で矢を弾けるのか?

 冷たい雨粒が耳の裏をなぞりながら滑り落ちていく。

 奴の体が、わずかに膨らんだ。

 撃ってくる。

 俺が刀を目の前に掲げた時。

 突如、目がグニャリと捻じ曲がった。

 放たれた矢が俺のを通り過ぎ明後日の方向へ飛んで行く。

「まさかチルカが裏で手を引いていたとはな」

 聞きなれた低い声。紫炎を周囲に浮かべたアニモが俺に手を差し伸べてきた。

「助かったぜ」

 アニモの手を取り立ち上がる。壁の上から顔を出す子供は青い顔をして体を震わせているようだった。

「ど、どどうしよう親分! ま、ま魔法使いまで来ちまったよ!」

「落ち着けニコラス! あんなもん当たったってちょっとやけどするだけだ!」

 あいつ自分を親分なんて呼ばせてたのか? チルカは言葉の内容こそ威勢がいいものの、声からは狼狽を感じ取ることができた。

「しかしアニモ、今のはどうやったんだ? 目の前の景色が粘土細工みたいに曲がったんだが」

「それはこれだ」

 コツコツと杖が地面をたたく。すると朧げな紫炎が折れたとを取り囲むように立ち上り周りの景色を捻じ曲げた。

「炎を応用した幻影。奴らからは炎のたゆたう壁だけが見えているだろう。吾輩たちがどこにいるかは分かるまい」

 狙いをつけられないためか矢も飛んでこない。

 形勢は五分ってところか? お互い、お手製の壁の内側で相手の出方をうかがっている。

 穴は深く手じゃ届かない。刀を使ってもいいが……流石に盗人とはいえ斬るのは寝覚めが悪い。どうやって奴らを引きずり出したもんか。

「ならば、吾輩の魔法で……」

 アニモはその手に青白い炎を浮かべた。小さいが隣にいる俺まで熱が伝わってくる。

「まてまて! そんなもん撃ったらこの辺り一帯が灰になっちまう」

 慌ててアニモの肩を掴んだ。俺の慌てようを見て、デカイ口を曲がニヤリと曲がる。悪ガキが何かを思い付いたような表情だった。

「ふーむ、そうか。ケイタ。少し試してみよう。ちょっとした"悪戯"をな」

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