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きっと、明日降る雨は(3)

 えっと、ごめんよ。生徒の皆には悪いけど、実を言うとかなり混乱してる。

 こんな大勢の前で話せってのならもっと前から……え? あぁ、はいよ。分かった。小言はここまでにしとく。

 よし、土魔法の有用性について話せ、だったね。

 土系統と聞いて皆どう思ったかな?

 地味? 弱そう? ピンとこない?

 多分みんなの印象はこんなとこだろうけど実際は全然違う。

 一言で言うなら『潰しが効く』……これじゃ伝わらないか。そうだ、「何でも使える」系統さ。

 君達、今日の昼は何を食べたかな? きっと……あっ! そうだ! コカトリスの丸焼きはまだあるのかい? 思い出すな~。僕の友達がね、『俺はなんでも食べられる』って大見得切ってさ、なんとあのコカトリス爪を…………え? 関係ない話をするな? あー、分かったよ。ちゃんと話す。

 君達も毎日何かしら食べてるだろ? 玉葱、オクラ、キャベツ、リンゴ、誕生日ならウリクのステーキとかね。

 こいつらが何から生まれるか知ってるかい?

 土さ。

 ウリクだってなんだって結局土から生まれる植物を食べて育つんだ。知っての通り作物の収穫高はいかに多くの魔力を土と水に込められるかで決まる。

 帝都だけを見てもこれだけの人数がいる。帝国全土の胃を満たすには魔力を持った大量の土、ひいては魔術師が必要なんだ。それも一年中さ。

 一度学んじゃえば君達がお爺さんお婆さんになるまで重宝されるってこと。

 何より今は帝国から土系統の履修に褒賞金も出てるしね。

 うん? 何々? 戦闘にはどうなのかって? まだ非戦闘の話が終わった訳じゃないんだけど、まあいいか。君達くらいの歳ならそっちの方が楽しいだろうしね。

 土魔法にも様々な攻撃方法があるけど、なんといっても目玉はゴーレムの使役だね。

 魔力を込めた土人形と純度の高い魔石、あとは魔法理論を理解すればどんな言う事でも聞く不死身の戦士の出来上がりだ。

 え? こいつが強いのかって?

 剣で切られようが槍で刺されようがビクともしない。

 火であぶられてもへっちゃら。

 痛いの痒いの文句を言わず最後まで命令を完遂する。

 最高さ。

 この前も通りかかった森でオーク共に襲われた時にね、僕のゴーレムがあっという間に奴らをやっつけたんだ。瞬きする間にどんどん数が減っていったよ。

 え? どうやったのかって? 勿論ぺしゃんこにしたんだ。あの太い足でさ。

 言ったろ?

『潰しが効く』ってね。


 魔術学院、履修系統選択前の特別講義にて

 ――――――――――――――――――――――――


 店主はこちらに視線を戻すと作り笑いのようなもの(顔がどこにあたるのか判別がつかないので推測だが)を浮かべつつ、揉み手をしながら触手を動かしこちらを覗き込んできた。

「申し遅れました。私、店主のスターツと申しま……ああ! 私としたことが。さあさあお客様! そちらのきたな――伝統的な雨避けを私めにお渡しください。今日は雨の中お疲れ様でございました。商談はさておき、ごゆるりとおくつろぎください」

 猫が甘えたような声が聞こえたかと思うと店主の手がするりと伸びて、器用に俺とアニモのコートを受け取った。腕が体の三倍くらいには伸びている。

「さあこちらへ」

 スターツに続き奥へと進む。入ってみて初めて分かったが廊下も直線じゃなく腹痛を起こした蛇みたいに曲がりくねっていた。廊下には不規則に切れ目があり、そこが商品を置く部屋となっているようだ。気になって覗き込むと、中央に大きな檻が置かれていた。その中では子供くらいの大きさをした土人形が剣と槍で死闘を繰り広げている。

「ケイタ、どうした?」

「いや……あれ…………」

「あれ? ああ、簡易的なゴーレムだな。店の防衛用かもしれん」

 ごーれむ? 初めて聞くぞ。俺の表情を見て、アニモは思案するように顎を撫でた。

「ふむ、ケイタ、貴殿がゴーレムという呼称に疑問を持つのもわかる。その定義はなかなか難しいものだ。人型でなければならないと考える学派。木、土、鉄、等一部の材質以外認めない学派。込められた魔石の質により決定されるとする学派。どの論も一定の……」

「まてまて、俺は――」

「お客様~どうかまずは奥へ、気になるものがありましたら私共がお持ちいたします」

 廊下からの声を聞いた俺たちは一旦話をやめてあの卵についていくことにした。どうもこの店は壁も大人しく真っすぐなっているつもりはないらしい。そこかしこで壁がせり出していて身をかがめないと奥へはたどり着けなかった。あのイードはというと体がスライムみたいにぐにゃりと曲がって難所をいとも簡単に通り抜けていた。反対に一番苦戦していたのはアニモだ。俺より頭二つはデカいもんだから通路が狭くなる度に小さな呻き声と何かがぶつかる音が聞こえてくる。ようやく、最奥までたどり着いた頃に魔術師は肩で息をしていた。

「申し訳ありません、イードの建築職人は実用性よりも芸術性を重んじるきらいがありましてな。さあさあ、こちらの椅子でおくつろぎを、すぐ商品を持ってまいります」

 商談の場は、俺の人生で初めて見る種類の部屋だった。まず部屋の形が星形になっている。角の部分に窓が設けられていたが、あんなに細くちゃ開け閉めするのでも大変そうだ。内壁は溶けた蝋みたいに天井から床にかけて緩やかな曲線を描いているが、刀の鞘で叩いてみると硬い音が帰って来た。大理石みたいだ。

 床には馬が踏んでも音が消えそうな分厚い真っ赤な絨毯。中央には酔っぱらいが設計したみたいに不規則な形をした机がおいてある。

 普通なのは真っ白な椅子だけだ。形はまともな背もたれ椅子に腰を下ろすと身体中が沈みこんだ!

 一瞬、心臓が跳ね上がったものの慣れてみると案外心地良い。体に返ってくる感触もふわふわしていて、自分の数倍ある犬に腰を下ろしたような気分だった。

「イードの美的センスは独特だな……時にケイタ、今朝見ていた夢にも例の黒い靄が出たのか?」

「独特というか……まあ、そうだな、うん。え? ああ、夢か。そうだ、なんでか顔が分からないんだよな」

 アニモは黙ったまま腕組みをする。最近分かったがこれはリザードマン流の話の先を促す仕草らしい。

 店主がすぐ戻る気配もない。少しだけ、昔話と洒落こもう。

「夢、というよりは過去の思い出さ。俺がガキの頃、テベス・ベイに新しい神官がやってきたんだ。今でも思い出せるよ。短く切られた淡い青髪、ふっくらした鼻に糸みたいに細い目とでっかい口。子供の俺からすると見上げるほどの大男だった。こいつがまた熱心な神官でな。前任は違法魔法薬をがぶ飲みしながら神々との交信を試みるような野郎だったから違いに驚いたもんだ。はじめはみんな警戒して近づかなかったんだが、そいつは俺たち子供にパンをくれてな。それが知れ渡ってからは大人気さ。あの神官――カルロはことあるごとに言ってたよ『この街を変えなきゃいけない』ってな。寝てるとき以外は裏路地に繰り出して俺たちや浮浪者に施しや、薬草を使った治療をしてくれた。文字も教えてくれたんだ、俺が最低限の読み書きと薬草の知識を覚えられたのはカルロのおかげだ」

 窓に打ち付ける雨音が、また一段と大きくなった。空から降る黒い雫の群れはあの日を思い出させる。

「あいつは、いい奴だった。いつも乾パンと飲み水を分けてくれたし、どれだけ俺たちの物覚えが悪くても声を荒げることすらなかったんだ。しかも、あいつが街に来てからは俺たちの生活が良くなっていったんだ。日に数枚のパンが支給されるようになったし、泥か人か分からなくなるくらい汚れた子供は無料で湯屋へ行けるようになった。だが、不器用な奴だった。何か間違った事があったらそれを放っておけなかったんだ。そういった幼い正義感ってのは誰しもが、生きていく中で折り合いをつけてくもんだがカルロは違ってな」

「……カルロ殿に何かあったのか?」

 アニモが右目をあけると、黄色の瞳が迷うように揺れた。俺が話を続けようと口を開きかけた時、目の端に特徴的なシルエットが映る。スターツが戻って来たのかと顔を向けたが、そこにいたのは別のイードだった。それも二人いる。

「お客様、本日はご来店頂きましてまことに……きゃっ」

 ピンク色のイードが俺を見るなりもじもじと体をくねらせ始めた。触手の先についた目玉は床に伏せられつつも、ちらちらこっちを覗き見ている。咲き始めた蕾のような可憐さがある若い女の声だった。

「アマンダ、お客様に失礼よ。いった……あら、あらあら」

 後ろにいた紫色のイードはアマンダと呼んだピンクの腕に手を乗せつつこちらに流し目を送ってきた。こっちのはやや低く、ハスキーで気だるげな色を帯びる妙齢の女の声だ。こいつらの手足や胴体も店主と同じくぶよぶよの皮で覆われている。頑丈そうだ。

「ごめんなさい、ロザリー。でも、あまりに素敵な殿方……あっ」

 言葉を途中で切ったアマンダは黙りこむと、体の色をより濃く染め上げていく。彼女? はそれから手早くポットとカップを手配すると部屋の外へと小走りで去っていった。

「お待たせ致しました。お客様にピッタリの商品を見繕ってきました……それにしてもお客様は罪なオトコですな」

 店主は椅子に座るなり俺の方へ意味ありげに囁いてきた。紫のイードは店主の横に立ち、バチンと音が出そうな程見事なウインクを送ってくる。

「いや、罪って……俺はそんな」

「マッタク何を仰います! アマンダは自慢の看板娘でしてな。あの子に言い寄る男も沢山居るのですよ。貰った恋文を全部集めたら私の背丈より高くなってしまうほどです」

「ふふっ、あの子のお客様を見る目ったら……私も久しぶりに体が熱くなっちゃったわ」

 そんな別嬪さんから素敵だなんて言われたら普通、刀の稽古も手につかないくらい浮かれるに違いない。ただ、なぜか目の前にいるイードの姿を見ていると、長年の修行を終えた聖人のように心は平穏そのものだった。

 何一つ浮かれない。

 全く、だ。

「店主殿、そろそろマジックボックスを見せてもらいたいのだがよろしいか?」

 頼れる竜の末裔がテーブルに置かれた小さなポーチを指差した。さっきまで驚愕の表情を俺に向けていたが、気持ちを切り替えたらしい。流石だ。

「……イードの美的感覚は独特だな」

 聞こえてきた小声について、このトカゲの亜種を問いただしたいところだったが、店主がマジックボックスを手に取ったのを見て矛を納める。

「おっとこれは失礼……こちらが当店で取り扱うベーシックなタイプのマジックボックスになります」

 目の前に出てきたのはなんの変哲もない革製のポーチだった。リンゴを五個も入れたら一杯になりそうな大きさだ。肩と腰に回して繋ぐためのベルトと金具がついている。どんな凄い見た目なのかと期待していたがこれは拍子抜けだ。

 店主はおもむろに椅子から降りるとポーチを開いた。自分が座っていた椅子を掴みポーチの入り口に近づけると、椅子がグニャリと曲がった。

「え?」

 俺の間抜けた声が終わる前に吸い込まれるように背もたれ付きの椅子はポーチの中へと消えていった。あの椅子、俺の胸くらいの大きさはあったぞ。

「驚いたな……」

「ふむ、力は本物だ。店主殿、このポーチはこれで容量は満杯かな?」

 店主は少し考えた後、小さく頷いた。

「もう少しは……と言いたいところですがこのあたりでやめておいた方がよろしいでしょう。破けては元も子もありません。とはいえこれだけあれば片手じゃ持てないくらいの鉱石が十五個は入りますよ」

 店主の口調は今までになく真剣な響きだった。実験に失敗した魔術師の話が思い返される。

「お客様に危険が及ぶ心配はありませんのでご安心を」

「ケイタ、どう思う?」

 俺はまず主人からポーチを実際に体に着けてもらうことにした。金具を止めるとずっしりと重さが肩にかかる。

 ポーチについているベルトはかなり長い。俺だけじゃなくアニモやヒカリにも装着できるだろう。

 何度かその場で飛んだ後、一息に抜刀する。

 イードたちの息をのむ音が一呼吸遅れて聞こえた。

 感触だが……ふむ、こいつはなかなか悪くない。大きさもがさばらないし、ポーチが丁度、背中に来るようになっていて動きの邪魔にならないつくりになっている。

「アニモ、こいつはいいぞ。ポーチの大きさもいい具合だし、何より動きを阻害しない」

 納刀しつ店主へ向きなおった。体を回すとベルトが肩に食い込む。大きさは圧縮されても重さはそのままらしい。

「なあ、他にはどんなのがあるんだ?」

「様々な種類を取り揃えてございます。部屋に据え置くことを目的にした収納用、馬や大鷹に括り付けることを目的とした輸送用など……しかし、お客様が興味を惹かれるものと致しましては重量軽減と時間遅滞の魔術を用いたものになるでしょうか。重量軽減は文字通り、時間遅滞は食料等の腐敗を防げます」

 こいつは驚きだ! 重量軽減もだが、ダンジョン内で生の食材を食べられるのは何物にも代えられない魅力がある。

 迷宮での晩餐会に胸を躍らせていると、店主の声が申し訳なさそうに降りかかってきた。

「ですが、先ほどお伝えした魔術を用いた商品は基本的に貴族の方々が使うことを想定しておりまして……大変お値段が、その。金貨十枚からのご案内となっております」

「十枚!?」

 一瞬目クラがした。十ソトもあれば小さな家が建てられそうだ。

「お客様が現在手にしていらっしゃる物であれば一つ金貨二枚となります」

 こいつもこいつでポーチにしちゃ、べらぼうに高いんだがさっきの話の衝撃が大きくて安く感じてしまう。

「ポーチの大きさによって値段は変わるのだろうか?」

「変わります。いかにマジックポーチといえども元の大きさが大きいほど多くのものを入れられますから。お客様さえよろしければ体に合った大きさのものをご用意いたしますが如何ですか?」

 確かに値は張る。だが、さらなる深層じゃ貴重なものを拾えるかもしれん。持ち込める回復薬だって生命線だ。何より死闘の後に魔石が持ちきれません、って事態を防げるのが一番大きい。ここは多少無理してでも買っておくべきだろう。

 俺が頷くとアニモもそれに続く。それを見た店主はうきうきした様子を隠すこともなく商品を探しに消えていった。

 結局俺たちが注文したのは大中小、三つの携帯用マジックボックスだった。値段は全部で金貨五ソトと十ザガース。

「実に賢い買い物です」とホクホクした様子でオウムのように繰り返す店主の声とアマンダの熱い視線を背に俺とアニモは雨の中へと踏み出していった。

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