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きっと、明日降る雨は(2)

「どう思う? あの守銭奴の話」

 鍛冶場を出た俺たちは市場を歩いていた。ダンジョン探索に必要なものを揃えるためだ。人の波 (人間以外も大勢いるが)をかき分けて使えそうなものを物色する。相変わらずの雨だがいくつもの露店で人だかりができていた。みんな俺たちと同じく雨除のコートを羽織っている。

「あくまで噂だ。だが、用心を怠るのは避けるべきだろう。ところで探索に必要な備品を揃えると言っていたが何を取り揃えるつもりだ? 魔道具や薬品なら本部にあるのでは?」

「雑品だな。食料と水は潜る前に用意するとして、ロープ、ピッケル、ショベル、薬草、包帯……とまあ色々だな。だが、何より欲しいのはこいつらを大量に保存できる入れ物だ」

 薬草一束を値切ろうと粘っている狼頭を押しのけて足を進める。奴は迷惑そうにこっちを一瞥したが、すぐに値段交渉へ意識を切り替えたようだった。

「大量のアイテムを携帯出来るようにするならマジックボックスだな」

「オークの胃を使った物なら軽くて頑丈――マジック……なんだって?」

 思わず足を止めちまった。背中にぶつかった小柄な男が小声で文句を言うが、隣にいるのがリザードマンだと気づくと足早に去っていった。

「マジックボックスだ。質はともかくテベス・ベイにもそのくらいはあるだろう……あるよな?」

 俺の表情を観察していた黄色い瞳に痩せ細ったロバを前にしたかのような憐みが浮かんだ。

 歩みを緩めると急に優しい声色になりゆっくりと話し始める。なんか腹立つな。

「……マジックボックスは魔力の込められたポーチでな。こいつは変わり種で、元々は空間移転魔法開発の副産物として生まれたものだ」

「くうかんいて……へぇ?」

 舌を噛みそうな単語が飛び出して俺は顔をしかめた。それを見ていたアニモの瞳がキラキラ輝き始める。

「まてまて、順番に話そう。有名な話だが空間移転魔法はその有用性ゆえ古くから夢の魔法と囁かれてきた。多くの魔術師が挑んだが、当初その理論を構築することさえ叶わなかった」

 どうもこの魔術師は俺の顔が魔術の深淵を追い求める苦学生か何かに見えたらしい。次から次へと早口で話が飛び出してくる。

 よくもまあこんな小難しい話を財宝でも見つけたみたいに話せるもんだ。

「だが、先達はあきらめなかった。試行錯誤を繰り返し、どうにか空間移転魔法の理論を打ち立てたのだ」

 見たこともない武具・色とりどりの布・様々な形をした果実。こいつらに目もくれず魔法の歴史について講義するリザードマンは大陸中探しても目の前にいる一人だけだろう。時たますれ違う通行人がこの奇妙な竜人に目を見開くが、すぐに喧騒の中へ消えていった。

「じゃあそのくうかん……ナントカという魔法はできたのか?」

「……結果から言うとその理論は大失敗だった。呪文を唱えた高名な魔術師はあっという間に虚空に消えていったという話だ。本人の両腕を忘れ形見にな。そこで、魔術師たちは魔法という形をあきらめ魔道具という形で実用できないかと考えたのだ」

「物騒な魔法だ。俺は金を積まれてもやりたかないぜ」

 アニモの口が半開きになった。研ぎ澄まされた立派な牙が鈍く光っている。

「何を言う。我らはポータルという空間移転魔法の魔道具を使っているではないか」

 小さなうめき声が自分の喉から這い出ていく。いわれてみりゃそうだ。今まで何の気なし見ていた小さな球体が曰く付きの呪物みたいに思えてきた。

 今度あの光に入るときは腕をきっちり体につけておこうと人知れず心に刻み込む。

「ポータルの理論は内務卿が構築したものだがな。魔術師たちは空間を移動するという理論を応用して空間を押し広げるという魔道具、マジックボックスを作り出したのだ」

 俺は黙って深く頷いた。これ以上口を挟むと地獄のような魔法理論とやらの講義が開講しかねない。そうなったらあっという間に瞼に重りがつけられてしまう。

 それから黙々と歩いていると、目の前に白壁の建物が姿を現した。珍しい色つきのガラス窓が使われている。マジックボックスの話からアニモの先導に任せていたが、目的の店はここらしい。

 建物の入り口は大理石の階段の上にあった。長方形の真っ暗闇が口を開けている。中心には紫色の六芒星が描かれていた。

「防衛用の魔法陣だ。心配いらん、敵意が無ければ反応しない」

「ここは?」

「魔法店だな。ここならマジックボックスも取り揃えているだろう」

 白い階段を上るとアニモは躊躇なく魔法陣の浮かぶ暗闇へ足を踏み入れていく。

 大丈夫か? なんて声をかける前にあいつの体はすっぽりと闇に覆われてしまった。

 後に続こうとした足が止まる。本当に大丈夫だろうな? 両腕の吹っ飛んだ魔術師の話が頭の中で反響する。

 しばし、この化け物の口みたいな暗闇に足を踏み入れるか躊躇していると、リザードマンの頭が飛び出してきた。

「どうした?」

「あ、ああ。今いく」

 剥製みたいだな――という言葉を飲み込み、俺は覚悟を決めて闇の中へと身を投げた。

 入ってみると……なんでもなかった。あの暗闇は随分薄いみたいで半歩もあれば通り抜けてしまえるようだ。振り返って手で暗闇をすくってみると、黒い煙のようなものが掌の上を漂った。

「お客様、どうなされましたか?」

 ねっとりとした口調が背後から聞こえる。

 振り向くが誰もいない。

 おかしい、すぐ近くで聞こえたのに。

「おいおい、まさか魔法店の店主ってのは透明になれるのか?」

「ケイタ、下だ」

 下?

 首を曲げると目に入るのはピカピカに磨かれた大理石。置かれている壺やらランタンやらの小物も高級そうだ。

 だが、目に映ったのはそれだけじゃなかった。

「うお!?」

 細い紫色の触手の先に付いた子供の掌ほどある目玉がプルプル震えている。目玉から触手をたどっていくと見たこともない生き物? がいた。

 何とも形容しがたい。強いて言うならデカい卵に短い手足をくっつけて、天辺から触手付きの目玉を伸ばしたような形をしている。卵と触手部分は紫色でやたらと弾力がありそうな質感だ。卵自体は俺の腰の大きさだが、触手まで入れると首くらいの高さになる。

「ケイタ、何してるんだ? もしかしてイードを見るのは初めてか?」不思議そうにアニモが首を傾げた。

「イード?」

 アニモが言うにはイードというのは南方に住む種族……らしい。

 芸術・建築・魔法に深い知識を持つ……とか。

 芸術家として有名な人物も輩出している……など。

 話してくれるのはありがたいが、正直見た目のインパクトが強すぎて話が右耳から左へ抜けていく。

「お見受けしたところお客様は剣士様ですかな? 大変申し上げにくいのですが、手前共の店では勇猛なる冒険者へお役に立てるものは……」

 見た目に似合わず良く通る低い声だった。言葉使いこそやけに丁寧だが、言外に歓迎とは正反対の感情が見え隠れしている。

 ゆらゆら揺れる目玉が俺の足元から頭の先まで舐めるように凝視しているのを見るに、文無しのはぐれ冒険者が雨をしのぎに来たと思っているようだ。

「店主殿、我らはこの店に用があって来たのだ。マジックボックスを調達しようと思ってな」

 ビクリと跳ねた目玉が目にもとまらぬ速さでアニモへ向けられる。

 凄い動きだ。ダンジョンの暗がりでこいつが出てきたら刀を抜かない自信がない。

「これはこれは。大変お目が高い。しかし、当店のマジックボックスは――もちろん他の品もですが、一級品のみを取り扱っております。つきまして……」

 さっきから卵の天辺がもぞもぞ動いているんで覗き込んでみると、真っすぐに切れ目が入っていた。奴がしゃべるたびに切れ目がぐにゃぐにゃ動く。ここが『口』になっているらしい。

 手足付き卵の言葉を聞いたアニモは気まずそうに片側の牙をむき出しにした。腰に下げた包みを掌に載せる。

 あれは金を入れてた袋か?

「そうだった! 店主殿、持ち合わせの大半が金貨なのだがこの店で取り扱っているだろうか?」

 ……普段金貨なんて使わないからうっかりしてたな。たいていの店じゃ銅貨と銀貨しか扱ってない。金貨なんて庶民は普通手にしないからな。使うのはもっぱら貴族共だ。

 やたらうるさかったイードの店主は金貨を見るなり殻を閉じたように黙り込んでしまった。ピタリと止まった双眸の黒目がグンと大きくなり白目部分は血走っている。卵の天辺はワナワナ震えているようだった。

 何か怒らせるようなことしただろうか?

 俺がその疑問を口にするか迷っていると突然、キビキビした声が張り上げられた。

「ロザリー! アマンダ! お客様――いや、”大切なお客様”だ! もてなしの準備を!」

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