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ガザニアを夕日に染めて(3)

 エイミー。状況は思っていた以上に悪い。もう倉庫は空っぽだ。これはウチだけじゃない。あのセッケの家でさえもう卸す食べ物は無いという話だった。

 信じられるか? あのがめつい狼頭が商品を切らすなんて今まで一度だってなかった。一度だって、だ。

 少なくとも、もうこの辺り一帯からは買い付けられる場所は残っていないと見ていい。

 いや、ここら一帯どころじゃない。もしかすると地区全体で……。

 私も知りうる限りあらゆる場所の畑を見て回ったが、全てもぬけの殻だった。まるで一斉にどこかへ逃げ出したみたいにね。

 金目のものも一緒にな。唯一見つけたのは底に穴が開いた黒鍋くらいだ。

 エイミー。

 私は北のホロベルクへ向かう。あの地域ではジャガイモの栽培を始めたと以前小耳に挟んだんだ。どうもこの情報をここらの商人は握っていないらしい。

 つまり、そういうことさ。

 今の状況は厳しい。だが、これは上手くいけば大変な儲け話になるぞ! いいかい? この手紙は誰にも話しちゃいけないよ。

 私がなぜ居ないのか聞かれたら遠くに住む友人の見舞いだとでも言っておいてくれ。

 春には帝都で売り出したい。少なくとも鷹の月までには戻るよ。ジャガイモは重かろうがドワーフが飼ってるイノシシを輸送に使えば問題ないだろう。

 留守を任せる。信頼しているよ。


 とある行商人の置手紙

 ――――――――――――――――


「あの、あの、色々とほんとに……! お、おばあちゃんは決して悪い人じゃ!」

「心配無用だ。ダリア殿が、その、愉快な方だということはよく分かったよ」

 ずいぶんと長居してしまったようで、外に出たとき裏路地は赤く染まっていた。外で走り回っていた子供たちが三々五々家の中へ戻っていく。

 コウたちが心配しているかもしれない。俺たちもそろそろ帰らないとな。

「うん、楽しかった……そこそこ。ふふっ」

 ……約一名井戸に叩き落したい奴もいるが。

「また明日の昼過ぎにでも来るとしよう。ダリア殿から頼まれ事もあるしな」

 アニモの言葉を聞いたミミの顔に花が咲いた。ヒカリの手を取り、また来てねとブンブン振り回している。

 にしてもアニモは何時そんな約束したんだ?

「ヒカリちゃ~ん! !また来てね~!!」

 千切れそうなくらい両手を振るミミ。彼女の影が延びていく帰り道を、俺たちは来たときよりも小さな歩幅で歩み出した。


「おおー! !」

 夕食の席、今日あった出来事を話しているとビビが歓声をあげた。ちょうど大神殿前でチンピラのナイフを切り落としたところだ。サーカスの花形でも前にしたような表情で見つめられるとむず痒い。

 ただ、裏路地にあるパン屋のくだりになるとビビとコウは視線を落とした。

「大神殿の周辺は特に商会の見回りが厳しくなってきたと聞きます。背景に貴族間の縄張り争いがあるとか」

「ダノン商会ってのを知ってるか? 俺たちに……いや、俺たち『が』か? ちょっかいかけてきた奴らなんだが」

 コウは人参を口へ運ぶとフォークを皿へ置いた。流れるような所作には気品が感じられる。

「あまり、いい噂は聞きません。最近勢力を伸ばしてきた商工ギルドだったかと」

「貴殿は街のことについて随分と博識だな」

 アニモは子供の拳ほどの大きさがある実まで赤い果実 (竜甘って名前だったかな)をわざわざナイフで切り分けてから口へ運んでいる。その立派な顎なら竜甘の三つや四つ丸飲みに出来そうなもんだが……リザードマンってのは意外に上品なのか?

「仕事柄、色々な情報が向こうからやってくるんですよ……こちらが望まなくても」

「ねえねえ! それからどうしたの!? 悪い奴らは?」

 待ちきれないといった様子でビビが腰を浮かせてきた。ふわふわの髪に肉汁が付きそうだったんでどけてやる。コウからの注意が入ると口を尖らせ席に戻っていった。

「ビビ、食事中にそのような振る舞いはすべきじゃないわ」

 俺はその言葉を聞いて思わず右に目を移す。皿に取った肉を豪快に喰い千切っている銀髪が目に入った。それは獲物を仕留めた熊が肉を貪る姿を思わせる。

 元死体? とはいえ最低限人間らしい食事方法を教えてやるべきか?

「ビビ、特になんにもないぞ。それからミミとその場を離れたんだ。流石に街中で腕一本斬り飛ばす訳には……」

 背後のドアをノックする音。扉が開く重い音に振り返ってみると、そこには内務卿の姿があった。

 背中から椅子を引く音。アニモが早足でアルフレッドの元へ向かっていく

「少し、お話が」

 アニモは顔を近づけると小さく口を動かした。声は聞こえない。

 次の瞬間、内務卿の鷹のような目が一段と険しくなった。

 なんだ? 何を話したってんだ?

 それから少しの間、二人は小声で言葉を交わしていた。時折、アニモが目をつぶって首を横に振る。

 俺の視線に気づいたアルフレッドは表情を元に戻すと、アニモを連れこちらに近づいてきた。

「いや、すまんな。内緒話のようになってしまった……アニモ君、さっきの話はこの二人に」

「後程話します」

「そうか」

 一瞬浮かんだ哀しみの色を消し去るようにアルフレッドは目を閉じる。間もなく開けたまなこにはもう何の色も見て取れなかった。

「さて、皆から話を聞きたかったのだが、またすぐ帝都を出なければならなくなった。まったく詫びのしようもない」

「いえ、こうしてお会いできるだけでも光栄……おい、ヒカリ」

 声を掛けられてようやくヒカリが顔を上げた。髪や口の周りには肉の油がべっとりとくっついている。

 目を輝かせる内務卿とは対照的にアニモは頭痛を堪えるように頭を抱えた。

「食事は後に出来んか?」

「ヒカリさん、こちらはアルフレッド様です」

 コウが助け舟を出すがヒカリのほうは乗船するつもりはないらしい。じっと白髪の老人を見つめた後、俺の方へ視線をよこした。

「知ってる人?」

「ああ、大陸に住んでる奴なら知ってると思うぞ。まあ。ここにそうじゃない奴もいるが」

 俺たちの会話を聞いていたアルフレッドは耐えきれなくなったように大きな声で笑いだした。豪快な声が響き渡る。

「はっはっは! すまんすまん。ふーむ君の不思議な魔法についても聞いてみたかった。無詠唱での魔術とは……」

「アルフレッド様」

 低い声。

 扉の向こうから頭まで甲冑を着込んだ大柄な騎士が顔を覗かせている。どうも出発が迫っているようだ。

 アルフレッドは肺の空気をすべて吐き出すように大きなため息をついた。

「すまないな、もう時間だ……時に一つ頼みを聞いてくれないか? 実は、一人パーティーに加えてほしい人物がいるのだ。君たちにとっても悪い話じゃないぞ。腕前は保証する」

 顔を見合わせる。これからさらに深層へ潜ることを考えると腕利きの加入はありがたい。

「信頼には足る人物であるとも付け加えておこう」

「こちらとしてもありがたい話。まして貴殿の頼みとあれば断る道理はありません」

 恭しくアニモが頭を下げるとアルフレッドは肩の力を抜いた。皴が多い顔に穏やかな笑みを浮かべている。

 しかし、気になる点もある。

「内務卿、それだけ腕利きなら引く手あまただったのでは? どうして俺達に」

「……その人物は君たちの前に第二階層を突破したパーティーの生き残りでね。ダンジョンの先へ進むと言って聞かないのだ。まあ、多少気は強いが悪人じゃない」

 嫌な予感が心の隅に引っかかる。それだけの腕を持ちながら声が掛からないなんてのはよっぽどの曲者だ。さっきから気になってたが内務卿殿がこっちに目を合わせようとしない。

 詳しく聞き出そうと俺が声を上げる前にアルフレッドは短く別れの挨拶を残し甲冑騎士と共に消えてしまった。二人の姿が消えて直ぐ、アニモが口を開く。

「如何様な人物なのだ? コウ殿はご存じか?」

「いえ、私も詳しくは……確か、目深にフードを被っていて姿もあまり」

 ダリアが話してた生き残りか。これは明日にでも彼女に聞いてみるとしよう。

 ダリアで思い出した。あの時、何を話してたんだ。

「さて、だ。アニモ、さっき内務卿殿としてた内緒話は何なんだ? 話してくれよ」

 アニモは考え込むように唸った後、目を伏せた。少なくとも愉快な話じゃないらしい。ヒカリもフォークを置くとその目が鋭くなる。

「ダリア殿のことだ」

「ダリアだって? おいおい、さすがにパン屋の婆さんについて内務卿に話すことは無いだろ」

 何が、どうしたってんだ。俺達の様子を見てかビビが不安そうに背を丸めている。コウは何か察しがついたのか、目線を下げていた。

 大きなため息。

 しばし目をつぶった後、アニモは意を決したように次の言葉を吐き出した。

「結論から言おう。ダリア殿は長くない。持って一週間だろう」

 誰が、落としたのか。

 陶器の割れる音を最後に部屋は重苦しい沈黙の中へと落ちていった。

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