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ガザニアを夕日に染めて(1)

 狭い路地に張ったクモの巣を払いつつ進むと開けた場所に出た。ここだけは空気もどこか澄んでいるように感じる。

 左手に一際ボロボロの家屋が見える。

 こりゃひどいな。

 まず木で出来た外装は所々腐っているようでまともに建っているのが不思議なくらいだ。ドアだと思われる部分には元々取っ手の役割をしていた部品がぶら下がっている。せりだした屋根の部分を見上げると真っ青な空が顔を覗かせていた。

 人というより亡霊の住処だ。突風が吹いたらぺしゃんこになっちまうだろう。

「おいおい凄い家があるぞ」

「驚いたな……こんなに古い型のものは珍しいぞ」

「ボロボロ。本で読んだ幽霊屋敷みたい」

 三々五々感想を述べる俺たちを尻目に頭巾の子はずんずん件の幽霊屋敷へ向かっていく。心なしか一段と肩を落としているようだ。

 なんとなく嫌な予感がよぎる。

 隣に目をやると赤と黄色の瞳とかち合った。

「あの……ここです。私の家」

 今にも消え入りそうな声が俺たちの間に落ちていく。しばしの沈黙のあと、アニモが震えた声を絞り出した。

「いや、これは……とても趣がある家屋だ。歴史を感じる」

「あ、ああ。そうだな。なんていうか……その、良い感じだ」

「幽霊が住んでて楽しそう」

 三分の二はまともなフォローができていなかったが頭巾の子は少し気を持ち直したみたいだ。彼女が取れかけの取手を器用に使ってドアを開けると、ふわりと香ばしい小麦の匂いが通り抜けた。

「あっ、そうだ。遅れたんですけど私、ミミっていいます。さ、どうぞ」

 簡単なお互いの自己紹介の後に入った家の中は外装から想像していたほど壊滅的な状態じゃなかった。少なくとも人が住むに問題ない清潔さだ。テベス・ベイだったら上のほうだろう。

 おまけに木枠の窓辺には見たこともない花も置いてある。上等なもんだ。

「なんだ、中は随分綺麗じゃないか」

「えっ⁉」

 あろうことかミミがぎょっとした顔でこっちを振り返ってきた。綺麗な赤髪が口に入っているがそれも気にならないようだ。

「ああ、ごめんなさい。そんなこと言われたのは初めてなもので」

「そうか? 俺のいた街じゃこのくらいならちょっとした高級店だぜ」

 途端に上機嫌になったミミは俺たちへテーブルに着くよう言い残し店の奥へと消えていった。しっかりした背もたれ付きの椅子に座り周りを見渡してみる。内部はこざっぱりとしている。木目がそのままの壁に少し黒ずんだ窓、俺たちが座ったのと同じ四人掛けのテーブルが四つ店内に並んでいる。多少年季は入っているが腐った部分も蜘蛛の巣もない。

「なかなかいいところだな」

 念入りに椅子を払っていたアニモがようやく座ると何とも言えない表情を向けてきた。

「一度貴殿が育った環境を詳しく聞いてみたいよ。修行僧の真似事でもしていたのか」

「これがごく普通さ。ヒカリもそう思うだろ?」

 俺が話を向けるとヒカリは半開きの目で小さくあくびをした。裏路地でつけたのか髪にはクモの巣が引っ付いている。

「私が居たところよりは……あっ」

 ヒカリの視線を追って奥に目を向けると、パンの敷き詰められた大皿を持ったミミの姿があった。彼女は慣れた様子で大皿をテーブルに置くとヒカリの喉が鳴った。

「どうぞ。こんなお礼しかできませんが」

「いやいや、代金は払おう。皿の分は全てもらうよ。いくらになるだろうか?」

 ミミはブラウンの瞳を何度もぱちくりさせ、口を開きかけたが最後には伏し目がちに小さく頷いた。

「その、そうしていただけるとすごく助かります。最近、小麦の値段が上がって材料を手に入れるのも難しくて……」

 テベス・ベイで食料を調達した時のことが思い返される。あの時、露店のオヤジも同じようなこと言ってたな。

「その話は俺も元いた街で聞いたな。帝都でもそうなのかい?」

「ええ。どこに行っても高くなっていて。詳しくは分からないんですが」

 少しばかり首をひねった。小麦が不作なんて話は聞かないのに妙なことだ。

 頭に浮かんだ疑問は隣からのバリバリという小気味いい音に霧散していった。ヒカリがカリカリに焼き上げられたパンを豪快に口へ突っ込んでいる。しかし旨そうによく食べる。髪といわず服といわずパンのカスが新しい模様みたいに引っ付いていた。

 というかもう二つ目じゃなかったか?

「うふふ、おいしい?」

「おいしい」

 テーブルにこぼれている食べカスを見てもミミは嫌な顔ひとつせずヒカリの傍らで満面の笑みを浮かべていた。こうやって二人並んでいると仲の良い姉妹みたいだ。

「ヒカリちゃんは美味しそうに食べるね」

 食べカスを取ったり世話を焼いている姿を見ると保護者に見えなくもないが。

 全部をヒカリに取られる前に俺とアニモもパンへと手を伸ばした。


「いやはやこのパンは実に美味だ。南方にいる時はこれほどのものは食べられなかった」

 手に持っていた一切れを口に放り込むとアニモは満足そうに腹をさすった。多すぎるように思えた昼食も今やきれいさっぱり無くなっている。

「おお、お客かい?」

 しわがれた声と共に少し腰の曲がった老婆が奥から姿を見せた。灰色の頭巾から白髪となった髪が飛び出している。

「おばあちゃん!」

 ヒカリの髪形をいじっていたミミが先ほど現れた老婆へ駆け寄っていく。残されたヒカリの方は髪が頭上で爆発したような髪型へと変貌していた。本人は気にしてなさそうだが。

 そんな中、突如老婆が咳き込みはじめた。何かを引っ掻くような音は彼女の喉からだろうか。

 暫くしてなんとか咳きが止まる。背中を撫でていたミミの瞳には不安の色が浮かんでいた。

「まさか……」

 その様子を見ていたアニモはその目を鋭くし立ち上がると、ミミと老婆へ向け近づいていった。

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