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裏路地へ

「なんだてめえらは!」

 俺がにこやかな作り笑いを浮かべると小太りの怒声がお出迎えしてくれた。どうも仲良くやろうってつもりはないらしい。潰れた団子鼻の上にある亀裂のような目がぎらついている。

「そう興奮しないでくれよ。そっちの子供……あー、銀髪の方の連れでな」

 痩せた方が小太りを手で制しこちらに歩み寄ってきた。特徴のない顔は無表情で内心が読み取りにくい。

「冒険者か?」

「そんなところさ。一旗揚げようと思ってね」

 訝しげな視線の先は俺の刀。ピクリと奴の右手が動いた。後ろで話を聞いていた小太りが俺たちをじろじろと眺めまわし、鼻を鳴らした。

「冒険者だぁ? 怪しいとこだぜ。そっちのリザードマンは丸腰でガキまで連れた冒険者なんざ聞いたことねえ。その剣だって妙ちくりんだしな」

「それじゃあ俺もあんたらの着こなしを見習うかな。腰から下げたその果物ナイフ、似合ってるぜ。リンゴの皮剥きにはぴったりだ」

 途端に団子鼻の方が気色ばんだ。今にもナイフに手をかけんとしている。特徴のない方は冷静なままだ。確認するように俺たち三人を何度も眺めまわしている。

「もういい! とっととそっちのガキをこっちに渡しな! 憲兵に突き出してやる!」

 振り返ると丁度、頭巾の姿が目に入った。瞳に薄い膜を張り、震える指でヒカリの袖を掴んでいる。

 視線を感じた方向へ首を回すと黄色い瞳と目が合った。アニモは何も言わず小さく頷き団子鼻の真ん前まで近づいた。背の高い竜人に気圧されて男たちが後ずさる。

「憲兵とは穏やかではないな。まだ子供だ、そこまでする必要はないのではないか?」

「さ、下がれ! 丸腰の癖しやがって……」

 アニモは深いため息をつくと男の前で手のひらを上向けた。まもなく小さな魔法陣が手のひらに現れ、青い炎が燃え上がる。その火を見た小太りは魔物でも見たかのような勢いで飛びのいた。

「ま、魔術師だと……」

「あいにく吾輩は剣だの槍だのといった原始的な武具は持ち合わせていないのだ。ああ、それとだな」

 炎は丸みを帯び子供の頭ほどの大きさがある火球へと変わっていた。

「丸腰のことを気にかけてくれるのはうれしいが心配無用だよ。ゴロツキ風情なら瞬きする間に白骨に出来るからな」

 底冷えするような声に男たちは色を失った。痩せた男は震える唇で何かをボソボソつぶやいている。

「竜人の魔術師、刀を持った剣士、銀髪の子供……こいつら、まさか《迷宮帰り》か!」

 迷宮帰り?

 聞き覚えのないその言葉を端として群衆にざわめきが伝播していく。目を輝かせる者、奇異の目を向ける者、怯えたように顔をそらす者と反応は様々だ。

「迷宮帰りってなに?」隣に来ていたヒカリが首を傾ける。

「さあ……」

「これでは観光どころではないな。その子を連れて一旦ここから離れよう」

 アニモは踵を返すと頭巾の子の背を押した。

 俺とヒカリも男たちに背を向けようとした、瞬間。

 目の端で鈍い光が瞬いた。

 団子鼻。右手にナイフ。

 刃先は、こっちを向いている。

 こちらは半身。距離は三歩。

 届く間合い。

「そこを動く……」

 丹田に力を込め一気に抜刀した。

 振りぬいた腕に残る僅かな感触。

 刃身が地に落ちる音が耳に残される。

「悪いがリンゴを持ってなくてね。皮むきはまた今度頼むよ」

 丁度神殿にある石像のように動かなくなった男二人を置いて俺たちは人ごみの中へと分け入っていった。


「あっ、えっと、こっちです」

 男たちを撒いた俺たちは頭巾の子に先導される形で裏路地を進んでいた。角を曲がるたびに家の壁と道が汚くなっていく。通行人もガラが大変よろしくない。さっきなんて壁に寄り掛かった骸骨のような男がこっちを睨んできやがった。

「ああ、懐かしい感じだな。テベス・ベイとよく似てるよ」

「ああいう死体みたいな人がいっぱいいるの?」

 ヒカリが興味深そうに例の男を眺めている。死霊術の材料? に丁度いいんだろうか?

「それはもう沢山いるぞ。死体と違ってうーうー唸るが」

「私が呼び戻した死体も、うーうー唸るけど」

「ありゃ死体というか……いやまあ確かにそうだが」

 先を行く頭巾の子供の隣を歩いていたアニモが憤慨したような顔でこちらを振り返った。大げさな身振りで頭巾の子へ手を向けている。

「もう少し文明的な世間話はできないか? 少なくとも子供が怯えることのないような話を」

 脇から頭巾の子を覗き込んでみると血を抜かれたみたいに頬が青ざめていた。よく見ると肩も震えている。冷静にさっきの会話を振り返ると強盗か何かに見られかねん。

「あ、あの……」

 久しぶりに頭巾の子が口を開いた。上ずった声が割れた石畳の上に落ちていく。

「み、皆さんあの帝都迷宮から戻られたんですよね? あの男の人が《迷宮帰り》って」

「それは多分俺たちのことだな。で、その迷宮帰りってのはなんなんだい?」

 その子はちらちらとこっちの顔色をうかがいながら唇を震わせた。パッチリとした目は今にも涙がこぼれそうなくらい潤んでいる。

「昨日、迷宮から戻ってきた冒険者がいるって噂になってたんです。で、でも生きて帰ってこられるわけがないから死霊使いに手駒にされたんだろうって……」

「なんという侮蔑だ‼」

 アニモの声が雷のように鳴り響く。頭巾の子供は猫みたいに飛び跳ねてヒカリの後ろへと身を隠した。魔術師はあたふたと慌てながら困ったような顔をこちらに向けてくる。

「あーなんだ。少なくとも俺たちは手駒なんかじゃない。ほら、そこのヒカリだってよく食べるしな。死体なら食べないだろ?」

 自称『元』死体は食欲旺盛のようだが。

 俺の言葉に少し緊張を解いたのか子供はヒカリの後ろからちょこんと顔をのぞかせた。

「そうですよね……うん。ちょっと、私の家に寄っていきませんか? 助けてくれたお礼を。何もないですがパンならありま」

「行く!」

 言うや否やヒカリは少女の手を取ってさっさと歩きだした。少し二人が離れてからアニモは小さなため息を漏らす。

「死霊使いと聞くとどうしてもな」

 子供の扱いに慣れたやつはここにはいないらしい。俺は頭一つ高い背中を押しつつ先を行く二人を追った。

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