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大神殿

「さあ! 早く行くとしよう! 一度は見てみたかったのだ」

 灰色のローブに袖を通したアニモが俺たちを急かしていた。スキップでも始めそうだ。

「そんなに凄いところなの?」

 話を聞いていたヒカリも目を輝かせていた。ウズウズと体が小刻みに動いている。

「この世のものとは思えない光景だぞ! 帝都に来たのなら一度は大神殿を見なければ……とあらゆる本にも書いてある」

 内務卿殿と夜に待ち合わせをした俺たちはその時間まで街に出てみることにした。俺も心が浮ついている。テベス・ベイ以外の街を見るのは初めてだ。両脇を衛兵が固める門を抜けると背の高い建物が軒を連ねる路地へと出た。

 驚いたな。

 ここは街はずれと聞かされていたが整理された林みたいに行儀よく家が連なっている。獣人の子供が笑いながら俺たちの間を通り抜けていった。

「こんなに人がいたのか……」

 まだ朝も早いはずだが開かれた店の前には小さな人だかりが出来ていた。四角い顔をした商人が黄色い果実を両手に持ち大声を張り上げている。

「さあさあ! こちらが南方から直送された大地の恵みだ! この色を見てくれ。まさに黄色いダイヤ! こいつを食べなきゃ元気になれないよ。この魅惑の果実がなんとたったの二十五ジェイムだ!」

「果物たった一つに銅貨二十五枚も? あの商人イカレてんのか?」

 俺のつぶやきが消える前にその露店には果実を求める客が殺到していた。山と積まれていた果実が瞬く間に銅貨へと変わっていく。

「なかなか強気の値段だが帝都の人間にとっては普通のようだな。どうだ、我らも一つ食してみないか? 魔石の交換で懐も温かいことだし」

 第三階層到達者の特典としてダンジョンの魔物を討伐して得た魔石は換金出来るようで、持っているものはすべて金に換えてもらった。

 対価は驚きの金貨七枚と銀貨二十枚。

 今までの仕事じゃ信じられないくらいの稼ぎだ。これだけありゃ馬付きで立派な馬車が買える。

「……あっそうだ。二十五ジェイムってどのくらい?」

 恍惚の表情で黄色い果実を見つめていたヒカリが、ふと思いついたようにつぶやいた。アニモが店主とやり取りしているが灼眼は黄色い果実を捉え続けている。

「俺たちが本部で受け取った金貨があるだろ? あれ一枚が銀貨なら六十枚分。銅貨なら四千枚分の価値がある」

 長いまつ毛に覆われた大きな目が喜びで見開かれる。どうも全額使ってあの果実を買った場面を想像しているらしい。

「それぞれ金貨がソト、銀貨がザガース、銅貨がジェイムという単位で呼ばれている。大体七ソトも出せば馬付きの馬車が買えるくらいの価値はあるぞ」

「馬車……? 昨日食べたウリスならどのくらい買える?」

「うーん、あの肉は俺もよく値段がわからないが……まあしばらくは三人で食いまくっても大丈夫なくらいは買えるんじゃないか?」

 そうこうしているうちにアニモが果実を抱えながら戻ってきた。ずいぶん多いな、六つもある。

「いやはや、なかなか商売上手な商人でな。ついつい多めに買ってしまった。値引きもしてくれるということだったし」

 まずはさっきから待ちきれないように飛び跳ねているヒカリに果実を二つ渡してやると自分の分を受け取った。ふんわりと柔らかな触り心地で見た目以上に重量感がある。このまま食べられるようなので早速、口へ運んでみた。

 一口かじると爽やかな香りと共に飛び切り甘い果汁があふれ出してきた。果肉もふわふわ舌触りがよく呑み込みやすい。かじった跡を見てみると黄色い皮の内側には白色の柔らかな果肉が陽光を照り返している。

「旨いな。この果物は初めて食べたぞ」

「うん、おいしい」

「これはカトラの実だ。南部の湿地帯でよく見られる果実だな」

 カトラを食べながら歩みを進めていくと大通りに出た。標識には《ローズ通り》とある。

 まず広さに驚かされる。馬車が四台は悠々通れそうな道幅だ。両脇には露店が敷き詰められ物売りたちの声がそこかしこで叫ばれている。人間・エルフ・ドワーフ・獣人・リザードマン。様々な種族でごった返していた。

「確か聞いた話だとこっちのはずだ」

 人の波を縫ってどうにか進んでいく。カトラの実を食べ終え、しつこい客引きをあしらいつつ角を曲がった時、アニモが突然足を止めた。

「おい、いったい……」

 次の言葉は出てこなかった。

 道の向こうに姿を現したのは天を衝くような巨大な柱。それが何本も伸び、空を覆う屋根を支えている。さらに正面には巨大な鷹の石像が鎮座していた。雄々しい翼を伸ばし、今にも羽ばたかんとしている。

「なんという……あれはユピテルか! 神々を現世に顕現させた程の出来栄えだと聞いていたが噂以上だ」

 巨大な鷹の姿をした最高神ユピテルの両脇には半人半魚の姿をした逞しい男神と長弓を引く美しい女神の石像が佇んでいる。

「これ……いくつあるの?」

 石像を見上げたままヒカリがつぶやいた。その口はぽかんと開きっぱなしになっている。

「大神殿には主神である十二柱が祭られているそうだ」

 近づいていくとますますその大きさが分かってくる。あの石像が人間だとしたら俺たちはネズミみたいな大きさだろう。あんまりにも大きいんで、すぐ近くでは首をいっぱいに上向けないと全身が視界に収まらなかった。周りには俺たちと同じようにポカンと上を見上げてる奴らでいっぱいだ。

「食べ物」

 食べ物?

 ヒカリが指さした方向へ首を向ける。半人半魚の姿をした石像の足元には俺の二倍はありそうな魚が横たわっていた。

「供物だな。船乗りたちは特に信心深い……ヒカリ。先に言っておくがあれは神々に捧げられたものだ。吾輩たちは食べられないぞ」

 聖像の脇を抜け階段を上ると神殿の内部へ入った。中央に大きなかがり火が焚かれているだけで他には何もない。火の前では何人もの僧侶が祈りをささげているようだった。

「しっかしデカい像だな。こんなに凄いのは初めて見た。神殿の中は何にも無いみたいだが」

「うむうむ。大きいだけでなく作りも精巧だ。ネプトゥヌスのヒレを見たか? まるで本物みたいだったぞ」

 俺が石像に興味を出した様子を見たアニモはゴキゲンのようだった。鼻歌を歌いながら石像をまじまじと眺めている。俺も賢明な魔術師に倣って聖像とやらを見てみることにした。

 目の前にあったのは長い髪をした細身の女神を模った石像だった。足元の石は波打っていて着ているスカートの風にたなびく様子が表されている。

 見事なもんだ。ガロクやバロンならこういうのも作れるのだろうか?

「このクソガキ! ナメやがって!」

 そんなおり、怒号が耳に飛び込んできた。声の方向に目を向けると階段下で人だかりが出来ていた。野次馬が壁になっていて中心で何が起こっているのか分からない。

「……ヒカリの姿が見えんな」

 周囲を見回していたアニモは小さくため息をついた。いつの間にかウチのクソガキ殿が居なくなっている。

 あの場所へ急いだほうがよさそうだ。

 階段を駆け下りると人の波にぶち当る。強引に野次馬をかき分けていくと、なんとか中心部まで出ることが出来た。

 嫌な予感が当たった。ヒカリだ。

 だがそれだけじゃない。

 ヒカリは頭に黄色い頭巾をかけた少女と向き合っていた。頭巾の子はパンを満載にした籠を腕に下げ、カタカタと小刻みに震えている。そこから三歩ほど離れた場所にはガラの悪い男が二人肩を怒らせていた。

 腰には鈍い光を放つ小汚い短剣。

 男の一人、痩せた方が口を開く。その目が見据えているのはパンを持った子の方だ。

「お前はダリアの店の子供か。分かってるとは思うがここら一帯はダノン商会の縄張りだ。退いてもらおう」

「ねえ、はやくそのパン頂戴」

 ヒカリは男二人の声を無視して頭巾の子に語り掛けている。どうも籠の中のパンにご執心らしい。

「この赤目のクソガキ……!」

 二人組の片割れ、小太りの男が顔を真っ赤にして唾を飛ばす。さっきの怒号もこの男からだろう。状況をみていたアニモが渋い顔をしながら首を振った。

「早く止めねばな。神殿を血で染めるなど不敬にも程がある」

「そうしよう。ウチのクソガキ殿を止めないとユピテルの供物に男のミイラが二体加わることになる」

 俺は男に語り掛けるべく睨みあう四人の間に割って入った。

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