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アルフレッド・ヴァロワ

 帝国にはただ一つ、太陽を家紋にすることを許された家がある。

 それこそがヴァロワ家だ。

 帝国の成立後、綺羅星のごとく優秀な人物を輩出してきた当家だが、その中でも一番高く光る星こそアルフレッド・ヴァロワであるといえる。

 若かりし時分よりその才気を発揮し、歴代最優秀の成績で貴族院 (魔法魔術学院・剣術学院の前身)を卒業。軍才も目覚ましく陸軍の士官候補生時代にその卓越した指揮でもって反動派を散々に打ち破った《燕平原の戦い》は有名だろう。

 他にも《竜の丘会戦》や《獅子の迷宮の踏破》等、挙げてきた軍功・武功は数限りない。解説を入れていくと一冊の辞書ができてしまうだろう。

 魔術部門でもその貢献は多大だ。風と水の魔術を融合させた《冷気晶》は南方の食文化に革命的な変化をもたらし、《現世の地図》や《ポータル》はダンジョン探索の必需品となっている。

 あのエルフですらアルフレッド・ヴァロワの功績に異議を唱える者はいない。

 通常であれば隠居を考える年齢となった今でもその力は健在であり、現在は内務卿として帝国の発展に携わっている。

 一騎当千の戦士であり、民草を喜ばせる善政を行う政治家であり、十倍の敵を撃ち破る軍略家。

 この人物こそ『英雄』の名を冠するに相応しい人物と言えるだろう。

 彼は正に帝国の光なのだ。


『帝国の英雄列伝』S・ポンセ著

 ――――――――――――――――


 射し込んだ陽光で目が覚めた。昨日窓を覆うのを忘れたみたいだ。隣には未だ目を閉じたままのヒカリの姿がある。起きるのが早すぎたか。

 ベッドから飛び起きて軽く体を動かしても痛みはない。むしろ軽いくらいに感じる。

 あの治癒師とは仲良くしておいた方が良さそうだ。

 その時、ドアの外で足音がした。

 ビビだろうか?

 外に出て一階に目を向けると見覚えのない人物の姿があった。

 白髪、腰には一振りの長剣。

 何かを探しているのか辺りを見回している。

 ここに来られるってことは冒険者か? もしくは職員?

「おーい、何か探し物かい?」

 俺の声に気づいた白髪はこっちに向かってぶんぶんと大きく手を振った。満面の笑みを浮かべているように見える。少なくとも怪しい人物じゃなさそうだ。階段を下り、顔がちゃんと見えるようになると初老の男であると分かった。

「おお! 君はもしかして……」

 男はまるで珍しい動物と出会ったかのように俺をいたる方向から観察した後、目じりに皺を寄せ破顔した。鷹のように鋭い形をした目には青い瞳があり、そこには柔和な光が浮かんでいる。

「ふむ、ふむふむ! コウの知らせ通りだ。君が……」

 ここで男は言葉を止めると軽く咳払いをして身に着けた服を正した。遠目からは分からなかったが、身に着けている緑の服はかなり分厚い。防護用の素材が埋め込まれているのだろうか?

「あっケイタさん……」

 そんな時、後ろから声が投げかけられた。ビビだ。

 途中で止まった声を奇妙に思って後ろを振り返ると、あんぐりと口を開けたまま固まっている。

 その視線は俺たち、正確には白髪の男へと向けられていた。

「あ、アルフレッド様!?」

「ビビか! 見違えたぞ。また背が伸びたか?」

 アルフレッド?

 聞き覚えがある。頭の中に沈んでいる記憶の海に両手を突っ込んでみると一枚の紙切れが浮かんできた。

「もしかして、紹介状に書いてあった……」

「ああ、そうだった。アレには私の名が書かれていたな」

 そうだ、確か内務卿アルフレッド・ヴァロワ。

 内務卿っていえば政府の要職じゃなかったか?

「どうしたのだ? 客人か?」

 俺たちの声を聴いたのか、欠伸を噛み殺しながらのそのそとアニモがやってきた。頭には柔らかそうな三角帽子 (先っちょに綿みたいのがついている)を被っている。あいつはアルフレッドに目を向けると体の動きを止め、冗談みたいな速度で目をしばたたかせた。

「き、貴殿は……まさか」

「アニモさん、こちらはアルフレッド・ヴァロワ様です」

 瞬間、アニモが目にも止まらない速さで片膝をついた。地面とキスでもするんじゃないかというほど深々と頭を下げている。

「お初にお目にかかります。小生は……」

 アルフレッドは言葉の途中で首を振ると両腕を前に突き出した。腹一杯になった後、大皿をテーブルに出された時にする行動に似ている。

「分かった! 分かったから膝をつくのはやめてくれ! そう堅苦しくされては息が詰まってしまう」

 アルフレッドは心の底からにじみ出てきたようなため息を吐き出すとアニモの両肩を持って真っすぐ立たせた。立たされた側は目を白黒させている。

「君がアニモ君だね。竜人族の魔術師を見るのは初めてだ。ぜひ今度話を聞かせておくれ。当然、堅苦しくない普通の格好でな」

 突如、背後で派手な音が響いた。

「アルフレッド様!?」

 ビビの隣まで来ていたコウがピタリと固まっていた。足元にはナイフやフォークが散乱している。音の正体はこいつか。

「コウか! 驚くことはないだろう。君が手紙をくれたんじゃないか」アルフレッドはその鉤鼻を人差し指で掻いた。

「こ、こちらにお見えにならずとも呼んでくだされば……」

「そんなことをしていたら取り次ぎで三日はかかってしまうよ。役人とは恐ろしいものだ。物事をやたら難しくするのを自分の仕事だと思っている。それよりも自分の目で見ることができて良かった」

 ここでアルフレッドは俺へ目を向けた。がっしりと両肩を掴まれる。吸い込まれそうなほど澄んだ瞳は見るものを惹き付けるような光を湛えていた。

「君たちには期待しているぞ」

「あ、ありがとう……ございます。えーと、アルフレッド、様」

 俺の言葉を聞いて老人は片手を頭に当てた。子供が苦いお菓子でも貰ったみたいに顔をしかめている。

「『様』なんてつけずとも……」

 アルフレッドの言葉は最後まで聞こえなかった。

 遮ったのは鐘の音。

 丁度八つ打ち鳴らされると音は止まった。

「む、いかんな……もう会議の時間か」

 アルフレッドは名残惜しげに何度か俺たちに視線を寄越したが、最後にはため息をついて足を出口へと向けた。

「私は仕事に向かわねばならん。君たち、夜にまた来るからその時話をさせてくれ。その時はもう一人の仲間を入れてな」

 足早に去っていく老人の姿を俺たちはただ呆然と見送っていた。

 やっと動けるようになったのは、だらけた格好のヒカリが腹を鳴らして階段を降りてきてからだった。

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