宿舎(3)
慌ただしい食事も終わり一息つくと、ここしばらく感じたことのない安らぎが体を包んだ。まどろみに瞼が重くなる。
「ふふ、いかがでした?」
「ありがとう、こんなに旨いもの初めて食べたよ。皿に乗った料理を見るのも久しぶりだ」
俺が言い終わるとヒカリ以外の三人の動きが止まった。アニモに至っては憐みのこもった視線をこちらに投げかけてくる。失礼な野郎だ。
洒落たティーカップ(猫が飲むみたいに小さいアレだ)にコウが見慣れない色の飲み物を注ぐ中、アニモの視線を感じる。例の話をするべきか。
「なあ、コウ。少し話が……」
俺が血の付いた紋章を取り出すと場の空気が張り詰めたように感じられた。俺が紋章を手に入れた事の顛末を話し始めると、コウの表情は緊張から驚きへと変わっていった。
「そんな……ここ暫くダンジョンに入った冒険者はいません」
「別の場所から侵入した可能性は?」アニモ顎をさすりながら声を出した。
「ダンジョンの入り口は封鎖されています。入るにはポータルを経由するしかありませんし、帝国内のポータルは全て管理下にあります」
隣ではヒカリが口を尖らせてカップに息を吹きかけている。流れた湯気が空中で渦を巻いた。
俺は赤竜の描かれた紋章を広げコウへ向けた。
「この紋章に見覚えはないか? テベス・ベイじゃ見たことが無くてな」
「初めて見ます。赤竜とオーブ……? 貴族の家紋でもなさそうですし」
結局、それからも話は堂々巡りで謎が解けることはなかった。カップの中身が冷えた頃になると強烈な眠気まで襲ってくる。
「このことは明日、調査部隊にも連絡します。まさか冒険者が襲われるなんて……皆さんはもうお疲れでしょう部屋へ案内しますね」
集中の切れ始めた俺たちを見かねたコウが俺たちを部屋まで連れて行ってくれるようだ。今はほとんど空いているそうなので二階にある部屋を希望する。等間隔で並ぶ魔輝石に照らされた俺たちの影が幾重にも階段に広がっている
「……そういえば過去にダンジョンへ挑んだ冒険者の名簿は見られるか?」
「出来ますよ。お名前を言っていただければ調べてみますが」
一瞬、答えに詰まる。
今でも、その名を口にするのは抵抗があった。
俺の足が止まると心配そうに狐耳が折れ曲がった。
「リーチとカーラという冒険者だ。リーチは俺と同じ刀を持つ剣士でカーラは魔術師……俺の両親だよ」
ピタリ、と一行の足が止まる。
白い光に照らされた各々の表情からその感情を読み取ることはできなかった。
「分かりました。必ず」
「十五年前、第一次討伐隊に加わったはず……あんまり身構えないでくれよ。記録が残ってなくても仕方ないことだ」
二階に着くとコウが三つの部屋のドアを開ける。驚くべきことに一人一室与えられるらしい。
「本当は一つのパーティーで一室なのですが今は空いていますので……」
「それじゃあまた明日! 僕が起こしに来ますね」
コウとビビが去った後、俺たちは部屋の前で立ち尽くしていた。個室なんて信じられん。ここまで厚遇を受けられるとは。
「個室とは驚きだが……今日は休もう。また明日な」
簡単な別れを述べアニモ尻尾を最後に部屋の中へと消えていった。
俺ももう寝るとしよう。
中に入り、ドアを閉めようと振り返って……。
「ねえ」
心臓が飛び跳ねる。
振り返って目に入ったのは白い肌と銀の髪。
ヒカリだ。
「お前の部屋は隣だろ」
「聞きたいことがある」
あいつは壁際まで進むと俺のベッドにどっかりと座り込んだ。窓に映る城壁の景観に歓声まであげている。
「どうしたの? 座って良いよ?」
「ご親切にドウモ」
いつの間にか部屋の主人になっていたらしいヒカリに従い、ふかふかの椅子に腰を下ろす。
これまた信じられないくらい良い部屋だ。ふかふかのベッドが壁際に四つ置かれ、その向かいには艶のある机も並んでいる。
「聞きたいことってなんだ?」
「両親って何? どんなもの?」
両足の膝から先をぶらつかせながら哲学的な問いを投げ掛けてきた。
「あー難しいな……俺の両親は小さい頃にはもう居なくなっててな」
物言わず見つめてくる赤い瞳から逃れるように窓へ顔を向ける。三角帽子の屋根から突き出した煙突からゆらゆらと煙が漂っている。
あの家では今が夕食なんだろうか?
「ただ、大事なものだ……多分な。子供が生きるには大抵親が居なきゃ始まらん。お前を召喚? 甦らせた? 奴がお前にとっての親みたいなもんじゃないのか?」
暫く動きを止めた後、ヒカリは小さく頷いた。今ので納得いったのか? あいつはそのまま体を後ろに倒す。はらりと伸びた銀の髪が模様のようにシーツに広がっていった。
「あなたがこのダンジョンに挑む理由は両親?」
「そうだな。おれの唯一の肉親だ。二人がどうなったのか、真相を知りたい。そして、もし、願いが叶うなら……」
そこまで言葉に出して思いきり首を振った。何考えてんだ? いくらなんでも無茶苦茶すぎる。
死人を甦らせるなんて。
でも、こいつはどうだ?
もし、ダンジョンの秘宝でヒカリが命を得られるなら?
もしかして――。
「――ケイタ、もう大丈夫。答えてくれてありがとう」
ヒカリの声で我に返る。俺がここに来た理由は、両親の真相を調べるため。
そのはずだ。
視線を移すと、あいつはもうベッドの上に体を投げ出していた。
ここで寝る気か?
まあ、他にもベッドはあるし構わないが。
「寝ないの?」
……部屋の主人からお許しも出たし俺も寝ることにしよう。隣のベッドに潜り込むと肌触りの良いシーツの感触が出迎えてくれた。
後ろの枕に頭を預けるとふわりと包み込まれる感触が。中身はなんだろうか?
目をつぶれば十も数えないうちに眠れそうだ。瞼を落とす前に、ある疑問が頭をよぎった。
意味のないものだ。
「なあ、ヒカリ。お前がダンジョンに潜る理由は……」
「命を手に入れるため」
もう意識が消えかけているのが分かった。もう、耐えきれないくらい瞼が重い。みるみるうちに視界が塞がっていく。
「そっか……いいな。迷いがないってことは」
「手に入れる」
ああ、分かったよ。
なんて。
そんな言葉も出せないくらい眠りは近づいていて。
「どんな手段を使ってでも」
「それが、私の全て」
意識が闇に染まる前、最後に聞こえたのはそんな言葉だった。




