宿舎
地獄のような錬金部屋から這い出してきた俺たちは本部中央でようやく立ち止まった。各々が柱に手をついて息を整えている。
「で、では紹介も終わりましたし食事にしましょうか」
コウは未だに顔色が青みがかっているようだった。頭についた狐耳もへたっている。
突然、ぐいと腕を引っ張られた。
視線を下げると栗色のふわふわ髪がピョコピョコ跳び跳ねている。
「えへへ~早くいきましょう! 僕、料理には結構自信あるんですよ!」
「そりゃ楽しみだ! 名コックの夕食が食べられるならダンジョンで死にかけたのも報われる」
隣で話を聞いていたヒカリの鼻がピクリと動く。飯に関しては犬並みに感覚が鋭くなるな……。
冒険者御用達の食堂もあるそうなのだが、そっちは今度にしてコウとビビの部屋にお邪魔することにした。
コウが奥の壁にある頑丈そうな扉をあけると、赤い光が目に差し込んできた。手で目の前を覆いながら扉をくぐる。
そして、俺たちパーティー三人は固まった。
まるで、貴族のために作られた豪著なホテルみたいだ、と頭に浮かぶ。
まず現れたのは気取った螺旋階段。画家が描いたかのように規則正しいリズムで二階まで続いている。金がかかってそうな木張りの壁からは金で出来たキャンドルスタンド。その先には宝石みたいに磨かれた魔輝石が置かれている。壁に沿っていくつものドアがある、この作りは二階も同じだろう。巨人でも歩けそうなくらい高い天井付近にはいくつもの窓が設けられており、そこから真っ赤な陽光と暗青色の空が顔を覗かせていた。
「すげえな……大使にでもなった気分だ」
「我輩もここまで上質な宿舎は初めて見る」
「宿舎ってなに?」
目の前の光景に見とれていると目の端で何かが動いた。
コウだ。
一番近い左側のドアから手招きしている。あそこが二人の部屋になっているらしい。部屋のドアをくぐった時、ヒカリが「広い」と漏らす声が聞こえた。
入ってすぐ目に入ったのは十人は顔を合わせられそうなテーブル。椅子が六つも並べられている。茶会でも開くのか?
右手の壁際には質の良さそうなベッド二つ。見間違いじゃない。正真正銘のベッドだ。近くには顔が写りそうなくらいピカピカのガラス窓まで用意されていた。
左手には調理場のようなものがあった。鍋をかける器具と一段下がった薪置き場が見える。だが、肝心の薪が見当たらない。どうやって火を起こすのか疑問に思っていると近くの桶に水に入った火炎石を見つけた。あれで火を起こすのか。
少しすると胸いっぱいに荷物を抱えたビビがドアから入ってきた。駆け寄って顔の前を覆っていた荷物を持つ。中身はぎっしりと詰め込まれたパン。ほかの袋には色とりどりの野菜に肉まである。
「ケイタさん、ありがとうございます! ウリスのお肉が入っていたので貰ってきました」
「ウリスの肉⁉高級品じゃないか、そんなもの買って大丈夫なのか……?」
聞けば食材は自由に取り出していいらしい。どこで手に入るのかは後で見せて貰うことにしよう。コウとビビは調理場に消えたので俺たち三人は豪華な椅子に座って待つことにした。手伝おうとしても断られたしな。
「肉も野菜もとれたてみたいだったぜ。まるで魔法だな」
「ふむ、確かに。それは魔法によるものだろう」
俺は冗談のつもりで言ったんだが、どうしたことか魔術師は腕組みして唸っている。
「水と風の魔術を合わせれば氷を作ることができる。食材保存用の魔道具も作られていることだしな」
「そんなもんがあるのか?」
「北部では違うかもしれないが我らリザードマンの住む南方では一般的な設備だよ。冷風を倉庫に送り込み食材が傷むのを防ぐのだ。魔法嫌いの"愛すべき"我が種族もこの魔道具だけは手放そうとしない」
アニモが口をゆがめる。『愛すべき』の部分にはあいつが今まで見せたことのないような皮肉が込められてるようだった。
そういえば、出自について詳しく聞かせてもらったことはなかった。戦士社会であるリザードマンの中で魔術師を志すなど生半可な覚悟じゃできないはずだ。
この疑問をぶつけようと開きかけた口だったが、声を出す前に閉じることにした。食事前に聞くような話でもない。
俺が背もたれに身を預けると肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。向かいの席の椅子が引かれビビの顔がテーブルの上に飛び出してくる。
「えへへ。あとは焼けるまで待つだけです。そうだ、皆さんのお話聞かせていただけませんか? ダンジョンでの冒険譚。僕、そういう話が大好きなんです」




