新たな出会い~バロン~
鍛冶場を後にした俺は手を首に当て大きく伸ばした。なんだか凝った気がする。
「なんというか、職人っていうのは変わり者が多いのか?」
「み、皆さんいい方々ですよ……た、ただ少し特徴的な方々が多くて」
廊下に出た俺達はそのまま向かいの部屋の前に立った。ここも仕立て屋があるとすぐに分かった。なんせ洒落た文字で『仕立て屋』と書いてある。その横には……『秘密のアトリエ』? なんだこれは。さらにドアノブの周りは様々な絹織物で飾り付けられていた。
ドアを開けると思わずまず壁に目を奪われる。こりゃ凄い。どこもかしこも服、服、服。布の洪水だ。帝国中央で見られる一般的なベスト・砂漠地方で見られる頭まですっぽりと覆ったカンドゥーラ・動きやすく急所を守れる南部の軽装鎧と種類も様々だ。
近くにあった一着に手を触れる。白を基調とした厚手のコート。北部の服か? 触って三つも数えないうちに掌から汗が出てきた。
驚きだ、こんなに優秀な防寒着見たことないぞ。
「それは火喰い鳥の羽毛を空蜘蛛の糸で包んだものさ。デザインは北部の民族衣装を参考にしている。伝統的なのはいいけれどちょっぴり退屈だね」
部屋の奥から役者のように芝居がかった声。ごった返す服の波間をぬい一際よく目立つ紫色がこっちに近づいてくる。手首にはキラキラと光輝くフリル、胸元が大きく開いた貫頭衣 (こっちもキラキラだ)、それを着てるのはライオン頭の獣人だった。体躯はかなりデカい。俺より頭三つは高そうだ。
近くで見ると衣装の煌めきで目がチカチカしてきた。大道芸人だってあれと比べりゃ慎ましやかな淑女みたいなもんだ。
「バロンさん、こちらが第二階層を突破した方々です。ケイタさん、アニモさん、ヒカリさん」
バロンと呼ばれた純白のライオン頭が顎に手を当てる。気取ったポーズだ。よく見りゃ髪の毛 (タテガミと言うべきなのか)もオイルか何かを塗りたくってるようで針みたいに天を向いている。いざ暗くなってもアレに火を付けりゃ蝋燭みたいに燃えてしばらく明かりには困らないだろう。
「風の便りで聞いているよ。ふふっ燃えるじゃないか」
いかん、蝋燭の下りが声に出てたか。
「入場早々の乱闘! そして集う選ばれし仲間達! 地上に残したメイドとのロマンス! ああ! 戯曲には最高じゃないか!!」
タテガミどころじゃなかったな。頭の内側にまで蝋が詰まってるようだ。登録所での騒ぎが随分曲解されて伝わってるな……涙を流さんばかりに盛り上がっている情熱家の目の前で手を振ってやる。
「あー、バロンだったかな? ちょっといいかい? いくつか訂正……」
「ああ! なんたるや! 《魔鳥狩り》よ。謙遜することはない。この街に着いてからの君の行動は舞台の中央に立つにふさわしいものだ!」
「いや謙遜じゃ……ちょっと待ってくれ。なんだその呼び名は」
俺からの問いかけには答えず、バロンはステップを踏むようにアニモの前に躍り出た。文字通り踊るように移動している。図体のわりに動きのキレが妙に良い。
「ふむ、君こそが《異端なる魔炎》。一度その炎を宿せば帝都すら焼き尽くすと聞いている。竜人ながら魔道を極めんとするとは面白い是非話を聞かせてくれ」
アニモは顎がその機能を放棄したようで、大口を開けたままバロンと熱い握手を交わしている。まだ辛うじて意識はあるようだ。
「そして君だ。謎の美しき少女。冒険者ギルドや帝都の情報局ですら、その素性を知らないとは驚きだ。そうだな、君の二つ名は……」
またも顎に手を当てる気取ったポーズをバロンが取った。ヒカリの方は自分の二つ名が気になるのか、前のめりで握りしめた両手を肩口まで上げている。
「そう! 《白銀の焔》はどうだろう!」
「おお~! カッコいい!」
灼眼を輝かせるヒカリを前にバロンは誇らしげに胸を張った。なんだこれは。俺が二の句を告げないでいると、突如後ろのドアが開き、白い布が被せられた何かが台車で運ばれてくる。
あのハーピーの死体か。
形状から察するに斬り落とした翼の部分だろう。運んできた兵士が布を一気に引きはがした。ハーピーの腕から先が露になる。
「ヒッ!」
「え?」
短い悲鳴の方向を見るとバロンが体を縮こまらせ(それでも俺よりでかいが)ガタガタ震えていた。
「お、おい大丈夫!?」
こちらからの呼びかけに答える様子はない。バロンは歯の音の合わない様子で何かをうわ言のように呟いている。
「ち……血…………」
「え、血?」
「す、すぐ布をかけてくれ! わ、私は血が苦手なんだ!」
俺が振り返ると既にコウが動いてくれていた。手慣れた様子でハーピーの腕に残った血を拭き取っていく。その後、腕の断面にアニモが手を当てると肉の焼ける臭いと共に細い煙が出た。血が出ないよう処理してくれたらしい。
ヒカリから涎を啜る音がするが、聞かなかったことにする。
「さあ、もう大丈夫だ」
恐る恐るといった様子でバロンがこちらに振り向いた。血が無くなっているのが分かったのか緊張を解いたようだ。
生肉を喜んで貪ってそうな外見なのに分からないもんだ。
「情けない姿を見せてしまったね……」
すっかり気落ちした様子だ。なんだか服の煌めきまで辛気臭くなってくる。何でここの職人はこう極端なんだ?
「苦手なもんは誰にでもあるさ……所でこいつを使って俺達に防具を作って欲しいんだが」
俺の言葉にバロンは一度奥に下がると分厚い羊皮紙と羽ペンを手に戻ってきた。猛烈な勢いで羊皮紙の上をペンが走る。あっという間に描きあげたものを見せられた時、俺は愕然とした。
俺達の防具の図面だ。こんなに早くできるもんなのか?
「ふむ、とりあえず服のデッサンをしてみた。君たちの体躯なら十二分にこのハーピーの羽で賄えるだろう」
「も、もうできたのか!?」
魔法のような早業に魔術師も舌を巻いているようだ。バロンは優雅に首を振ると真っ赤な羽に真剣なまなざしを向けた。
「これはあくまでプロトタイプだよ。君たちの体躯、素材の能力、防具とした際の特性など考えるべきことはまだまだある」
すらすらと述べられる言葉に俺の中に作られつつあったバロン像が壊れていく。腕の方は一級品のようだ。仕立て屋は羽を一枚抜き取ると何かを呟いた。すると手に魔法陣が浮かび白い光があふれ出す。魔法も使えたのか!
「ふむ、素晴らしい性質だ。斬撃に耐えうる強度に加え魔法への耐性まである。おっと、不躾だがここで失礼するよこの逸材の活かし方を考えないとね」
そう言うなりバロンはとっとと奥へと消えて行ってしまった。出てくる様子はない。コウの方を見ると苦笑いと共に部屋の外へと促された。小舟で嵐を乗り越えた時のような疲れが両肩にのしかかる。
俺達は仕立て屋を後にして次の部屋へと向かった。




