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その名を呼んで

「あ、起きた」

 目を覚ますとすぐ前には白い肌と紅い瞳。

 顔をくすぐる銀色の髪を掻き分け上体を起こす。胸の痛みはかなりマシになっていた。視線を落とすと白い包帯が胸に巻かれている。

「これは……」

「気づいたか、応急処置をしておいた……やや非文明的ではあるが」

 少し遠くでハーピーの翼を引き摺りながらアニモがこちらに顔を向ける。愛すべき博識な魔術師は医学の知識もあるらしい。

「貴殿の持っていた薬草を使わせてもらった。多少は痛みが引くと思うが本格的な治療を終えるまで無理は禁物だ」

「助かったよ。お前がいなきゃあのオークの鼻クソみたいな草を生で口に詰め込むはめになってた」

 視線を銀髪へと移す。泥だの血だのと張り付いていて顔はなかなか楽しい色合いになっている。あらぬ方向に曲がっていた腕は殆ど元通りになっているように見えた。

「ありがとうな。もう少しで串刺しにされるとこだった」

 表情を変えないまま、あいつは小さく頷いた。アニモが翼を落とすと、巻き起こった風がローブの袖を揺らす。

「あなたが囮になって力を使う時間が稼げた」

「囮になった訳じゃないんだが……」

 立ち上がると軽く目眩。だが、目をつぶり三つ数えるとグラつきが収まっていく。胸だけじゃなく脚、というより全身に疲労と痛みはあるが動けないほどじゃない。

 すぐ近くにはアニモが運んでくれたハーピーの死体が置かれていた。白目を向いた本体の上に翼が無造作に投げられている。

「さて、地上に戻るとしよう。あの壁を抜けたところにポータルがあった」

「賛成だ。ところでこのデカブツだが」

 俺が顎で死体をさすと盛大なため息が返ってくる。まだ何も言ってないんだが。

「魔術師として不本意ながら我輩が本体を持っていこう、貴殿は翼を頼むぞ」

 悪いとは思ったがそうさせてもらおう。またいつ骨が軋んでもおかしくない。

 アニモは怪物の本体を引きずりながらブツクサ文句を言っている。魔道の矜持がどうこう言ってたが、魔術師ってのは力仕事を服役か何かだとでも思ってんのか?

 翼を持とうと屈んだ時、紅い瞳と目が合った。

 立ち上がる気配はない。

「動けない」

 俺が問いかける前に答えが投げつけられた。

「え?」

 口は動くみたいだが。それにもう怪我だって治っているように……。

「マナ切れか」

 後ろから納得したような声が飛んできた。確かにこいつはマナで動くとかなんとか言ってたような。

 ちょっと待てよ。

 アニモはあのデカブツの本体を持ってる。いくら竜人と呼ばれるリザードマンでも流石に一杯一杯だろう。

 と、なるとこいつを運べる奴は一人しかいない。

「え?」

 俺の声は受け止めるものもないまま白骨の隙間に転がり落ちていった。


「ケイタ」

「なんだ?」

「もう少し揺れないように歩いて」

 ……大したご身分だ。とはいえ窮地を救ってもらった手前何も言えん。

 あいつはそこら中を眺めてるようで背中の上でモゾモゾと動いている。しかも「おお~」だのと感嘆の声まで聞こえるオマケ付きだ。

 何か腑に落ちない。

「あ! ケイタ! あそこ!」

「……分かった。すぐ向かうから髪を引っ張るのはやめてくれ。そいつは手綱じゃない」

 乗り手に従って壁際に向かう。少しの間背中がモゾモゾ動いたあと「もういい」とお許しの声を頂戴した。

 アニモの後に続き前へ。あの闘技場のような広間を出ると一本道が続いていた。そのつきあたりにポータルがあるそうだ。

 そんな折、目の前に小さな花が現れる。支えるのは小さな手。あいつはこれを取っていたのか。

 ……ちょっと待て、こいつ動けるんじゃないのか?

「この花は?」

「名前は知らない」

 少し間を置いて手が引っ込められる。次は本当に動けないのか問い詰めて……。

「だから好き。私と同じだから」

 それは消える直前のロウソクみたいな声だった。口にしようとした問いは水をかけられた焚き火のように消えていく。

 それからは、無言。聞こえるのは足音と死体を引きずる音だけ。すっかり背中もおとなしくなった。

 静かになったらなったでどうも居心地が悪い。確かに名前がないことは気にしてたからな。

 やがて、周りの壁が苔むしてくる。そして、つきあたりの壁際に浮かぶ球体が目に入った。

 ポータルだ。

「起動してくる。少し待て」

 アニモが手をかざすと一段と眩しくなったようだ。

 脇に目を移すとさらさらとあいつの髪が肩にかかっていた。ポータルから降り注ぐから光がそれに当たって、宝石みたいに輝いている。

 脳裏をよぎるのは昨晩、あいつの口から聞かされた言葉。ずっと胸の内で消化できなかったもの。


『綺麗で、きれいで……。憧れたんだ。あの光に』

『私は持ってない生命の輝き、そのものだったから』


 次によぎったのは気を失う前、目に焼き付いたこの銀髪。

 夜空に瞬くようなあの光。

「なあ、こういうのはガラじゃないんだが」

 背中から小さな動き。

「ちょっと思い付いたことがあるんだ。まあ、その、気に入らなかったら聞かなかったことにしてもらいたい、いいか?」

「なに?」

 果たしてこれが正しいことなのかは分からない。ただ、あんな声を聞かされてそのままじゃいたくない。

「名前さ。なんというかお前にいい名前を思い付いて……」

「名前……どんな?」

 大きく背中が動く。俺もどうしてか緊張して、軽く咳払いした後に唾を飲み込んだ。

「ヒカリ」

「え?」

「名前だよ。ヒカリ。あーいや、気に入るかは分からないけど」

 しばらく、答えは返ってこなかった。

 ……気に入らなかったか? 段々とポータルの膜が広がり始める。

「どうして? どうしてヒカリ?」

 小鳥が餌をせっつくような早口。お気に召さない訳じゃないらしい。背中は急かすように小刻みに動いている。

「あの化け物との戦いで、俺が最後に見たのがお前の髪だった。もう死んだと覚悟を決めた後だ。あの色はまるで星明かりかと思ったよ」

 再び、無言。俺の肩に置かれた手に力が込められる。

「だからヒカリ……なあ、俺は昨日話してくれた花を見た訳じゃない。だけど俺にとって今まで見た中で一番綺麗だったのはお前の光なんだ」

 ポータルの膜がいよいよ広がってきた。後ろからは馴染ませるように名前を呟く響き。

 まるで初めて玩具をもらった子供みたいな声だ。

「で、感触はどうだい?」

 肩を掴む手に一層強い力が加わる。ちらと後ろに目をやると満開の花を咲かせたあいつの顔。

 返ってきた答えはシンプルだった。

「悪くない」

 その後すぐ、俺たちは溢れる光の奔流に飲み込まれていった。

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