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第二階層の主(4)

 すぐ横から火球が矢のような速さで飛んでいく。

 ……良くないな。今までの炎より一回り小さい。アニモのマナもギリギリらしい。

 あと二十歩。

 足がもつれる。思った以上に進まない。

 炸裂した火球が小さな音をたてて弾けた。ハーピーはどこ吹く風だ。

 まだこちらにもアニモにも顔が向けられてない。

 吹っ飛ばした銀髪へ向け、ゆっくりと歩みを進めている。

 銀髪は……だめだ、壁に体を預けたままピクリともしない。

 奴と銀髪の距離はもう十歩をきっている。

 間に合わない。

 地面に目を向ける。足元に転がっていたのは短刀。

 これしかない。

 俺は足を止めた。

 短刀の柄を掴んで助走。

 全身を反らして思い切りハーピーに投げつけた。

 苦し紛れ。時間が稼げればいい。

 大きく弧を描いた短剣。

 ハーピーの黒眼がこちらに。よし。食いついた

 奴は翼を緩やかに薙いで短剣を叩き落とす。

 動きが緩慢。普段しない動作は鈍重なのか?

 ハーピーがこちらへ向かってくる。ゆっくりと。この距離ならあの鳥目でも獲物が分かるらしい。

 覚悟を決めるしかない。飛び立たれたらおしまいだ。

 姿勢を低くし軽く走る。まだ、速度は出さない。

 奴の翼は両脇に広がったままだ。

 残り、十五歩。

 ここで一気に足に力を込める。

 飛ぶように駆け奴の懐へ。

 両脇から翼が閉まり始めた。

 一息に刀を平行に構え思い切り突き立てる。

 残響、

 火花、

 手に残る鈍い痺れ。

 間に合わなかった。

 間一髪、あの距離では相手の方が速い。

 反射的に横へ回り込む。

 直後、全身に衝撃。

 またも、翼で打たれた。

 今度は体の深い部分まで感覚が消える。

 一つ、二つ。

 背中に衝撃、骨がきしみを上げる。

 目の前にはハーピー。

 後ろは壁みたいだ。

 せき込むと強い血の味が口に残った。

「だい、じょうぶ? どうして、こ、こに?」

 途切れ途切れの声がすぐ隣から聞こえてくる。

 "幸運にも"目的地めがけて飛ばされたらしい。探し人が隣人になっていた。

 銀髪の体に目を向けると打ち付けたのか左腕があらぬ方向に折れ曲がっている。大きな裂傷もあるようだ。

「ああ、親切な化け物に歩く手間を省いてもらってな。その、左手は……大丈夫か?」

「しばらくそのままにしてれば治る……その時間があればだけど」

 先ほどより強い咳が出た。呼吸の度にヒューヒューと空気が漏れるような音が聞こえる。

 目の前には醜い化け物。

 “ちょっとばかし”きつい状況だ。

「あの力を使うのに時間が足りなかった。せめて、十を数える時間触れていられたら」

 口惜しげな声。

 体が動くのに、後どのくらいかかる?

 奴は、もう五歩先だ。

 ほとんど残っていない感覚を頼りに刀を握ろうとした、

 その時だった。

 突如、目の端を光が横切る。

「キイィ!」

 点のような光は俺達を通り過ぎ遠く離れた壁を、正確にはそこに積み重なっている亡骸を照らし出した。

 飛翔、

 俊敏な動き。

 あの爪で体が引き裂かれることを覚悟する。

 目を閉じるが……その時は訪れなかった。

 遠くで地響き。

 化け物は再び亡骸に夢中になっている。

 俺達が呆然と眺めていると目の端に汚いローブが映った。

「手酷くやられたな……これを、最後の一本だ」

 アニモから回復薬の小瓶を受け取り一気にあおる。全身の感覚が戻ってくるのと同時に凄まじい痛みが走った。あばら骨が数本折れてるみたいだ。手を借りてどうにか立ち上がる。ミシミシと背骨が不吉な音を立てた。

「その腕は……」

「大丈夫、時間が経てば治る」

 銀髪の腕からは黒い血液のようなものが流れ出していた。しかし、さっきと比べると多少傷がましになっているようにも見える。

「まったく羨ましい限りだ、少し体を交換してくれないか?」

「……回復してるのはあの鳥も同じ。腹の傷がかなり薄くなってるのが見えた。手を打たないと」

 胸にのしかかっていた重りがさらに水を吸ったようだった。沈みかけの船で台風にあったような気分だ。

 誰も言葉を発しない。聞こえるのは化け物が何かを引き裂く音だけ。

「貴殿らの持っている魔道具をすべて見せてくれ。試したいことがある」

 アニモは俺の荷物から(銀髪は特に魔道具を持っていない)安物の火炎石を取り出した。

 焚火の道具なんか取り出してどうする気だ?

 気づけばもう片方の手にはごつごつした小さな岩を持っている。薄暗闇の中で淡く発光しているのが分かった。

「よし! いいぞ、これさえあれば後は……」

「待て待て! 話が見えん。その光ってるのはなんだ?」

「爆砕石だ。凝縮された爆発を起こすことができる。本来は採掘や探索に邪魔な岩盤を破壊するために使うのだが……」

 これは、ビビのくれたアイテムのひとつか。

 黄色い目が紅い怪鳥へと注がれる。鱗に覆われた喉が大きく上下するのが分かった。

「ハーピーの習性を利用すればこいつの爆発に巻き込むことが出来るかもしれん。最も起爆まで時間がかかるが……」

「名案だ。早いとこあの化け物を吹っ飛ばしてやろう」

 俺たちは早速壁際に即席の罠を仕掛けることにした。

 砕いた火炎石を地面に敷き詰め、その上に爆砕石を置く。共鳴するように二つの石がかすかに震えた。

「可能なら触媒となる高質な鉄があるといいのだが、もう道具は……」

「そういえば」

 そう言うなり銀髪は折れた腕をかばうようにして中央へと走っていった。その間にもアニモは爆砕石を中心として環状に魔法陣を仕掛けていく。

 ほぼ魔法陣が周囲を覆ったころ、銀髪が何かを引きずって戻って来た。

「これ」

 鎖帷子だ。そういや脱ぎ捨てたのを忘れてた。戻って来た銀髪を見るなりアニモは満足そうに喉を鳴らした。

「いいぞ! これなら石の力をさらに引き出せるだろう。遺体の鎧は劣化していて使い物にならなかったからな」

 俺はというとアニモが準備をする間、魔輝石の光を遠くの壁に当て続けていた。あの化け物は疲れを知らないようで暴れまわっている。

 銀髪の言ったとおりだ。

 奴に光が当たった際に腹を見たが、ほぼ傷はふさがっている。厄介な回復力だ。

「魔法陣よし、触媒よし。準備は終わった、離れるぞ」

 罠から最も離れた壁へ向かう。一歩足を動かすと体の芯に痛みが走った。

 体力も限界に近い。

 アニモと銀髪も疲れの色を隠せていない。マナも枯渇してるんだろう。

 向かい側まで着くと俺は壁を背に寄りかかった。銀髪も何故かそれに倣う。

「さて、魔耀石だ。ハーピーを罠まで誘導してくれ」

両手を地面へ付けながらアニモがこちらに顔を向けた。

少しだけ不安はあったが光を罠に向けると化け物は子供のように飛び付いてくれた。魔法陣の光で後ろ姿が照らされる。

 アニモがなにか呟くと青白い光が一際輝き、

 そして消えた。

 衝撃に備え姿勢を低くする。

 一つ、

 二つ、

 何も起こらない。

「なあ、もう、その、魔法は撃ったんだよな?」

 三つ、

 四つ、

「この術式は時間がかかる……にしてもおそ――」

 突如、周囲の空気が鳴動する。

 続いて腹の底を揺らす衝撃。

 稲妻のような閃光が瞬いた。

 遅れて爆音。

 光の奔流。

 天を衝く爆炎が怪物を包んだ。

 生き物が作り出したとは思えない、神秘的とも言える破壊の力。

 雷神が怒り狂ったようなその光景を前に、俺はただ口を開けることしかできなかった。


 やがて、光と炎が収まり視界が戻ってくる。アニモが魔耀石を起動すると周囲が明るくなった。

 初めに確認できたのは、もうもうと立ち昇る黒煙。

 次に半壊した石壁。

 そして、

 その中に浮かぶ紅い翼。

「冗談だろ?」

 怒りに満ちた怪物の絶叫が木霊した。

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