翠三葉は翠朋也で出来ている
朋也はゆっくりとドアを開けた。
一歩一歩足を機械のように動かしながらベッドに横たわる三葉に近づく。
「三葉」
ベッドの横に跪き、手を取った。
三葉はただ寝ているようだった。
手を握りしめ、その寝顔を眺めた。
眺めながら髪を撫でる。三葉は頭を撫でられるのが好きだった。顔を撫でられるのも好きだった。
「なんで、起きないんだよ」
朋也はこんなに長く三葉の寝顔を眺めたことがなかった。朝、目が覚めるといつも寝顔を見つめているのは三葉だった。
見つめるだけでは飽き足らず襲われることもしばしばだった。
「一緒にいるときは24時間朋也さんで満たされないと」三葉の口癖だった。
朋也は顔を近づけ額を合わせる。そして頬にキスをした。
「三葉、起きてよ」
頬にキスしたら「三倍返しよっ」といつもキスの嵐に襲われた。ピクリとも動かない三葉が信じられない。
朋也は額を離し、そのままベッドに上ると三葉を抱きしめた。
「朋也さんは?」
凜はベッドから身体を起こした。
「三葉のとこ」
環はベッドを調節する。
「お茶飲む?」
ソファに座っていたアキが声を掛けた。凜が目覚めてからアキはずっとこの部屋にいた。朋也もアキも脱水と衰弱以外の症状はなく回復が早かった。
凜はアキの差し出したペットボトルを受け取った。
「二人はアメリカに行って欲しくないの?」
『もちろん』
ピタリと合った答えにアキは微笑んだ。
「仲良しだね。でも、行って欲しくないのに、あの妹さんを説得しないんだね」
凜は環の方を見た。
「そういえば、私もちゃんと聞いてなかった」
立っていた環はベッドの端に腰かけた。
「一言でいえば朋也さんにムカついたから、なんだけど」
天上を見上げ少し環は考える。
「でも、思って見れば三葉がもう一度目覚めるかどうかって、結局朋也さんに全てかかってるんだよなって。朋也さんが絶対俺が三葉を目覚めさせるって思うかどうかなんだよ。朋也さんが必死で願えば、たとえアメリカに行っても三葉は起きるし、朋也さんが他人に任せちゃえばどんな高度な医療を受けても三葉起きないんじゃないかな」
「三葉は朋也で出来てるからね」
凜が付け足した。
「何それ」とアキが聞く。
「まあ、色々複雑ではあるんだけど、三葉が人らしく生きるためには朋也さんが必須ってことなんだよね」
「ふーん」とアキは分かったような分からないような相槌を打った。
「コンテナの中でどんどん意識が薄れていって、本当に死ぬんだなってなった時、何度も、ちいじゃなくて朋也が声を掛けてくれたんだけど、そのたびに『俺と一緒にいれば絶対見つけてもらえるから』って言ったんだよ。何度も言うからさ、『どこから来るのその自信』って聞いたんだよそしたら、『俺の奥さん、俺の事大好きだからさ』って答えたんだよ。それ聞いてすごいなって」
「すごい?頭おかしくなった、じゃなくて?」
アハハハとアキは笑った。
「まあ、それはそう思った、もうちいもやばいんだなとはね。奥さんの愛と僕らの居場所が分かるっていうのが繋がらないからね。でも、すごいと思ったんだよ。死ぬ間際になって自分の気持ちは自分のものだから分かるじゃん。ああ俺あいつのことやっぱ大好きだったわ、とか。でも、相手の気持ちにそんだけ自信持ってるってすごいな、って」
環と凜は顔を見合わせた。
「僕は凜の無事をずっと願ってた、神様信じてないのに祈ってた。ちいに僕を探すために凜が無茶したって聞いて死にそうになった。大事だから大切だから忘れて欲しかったし、会いたくなかった。凜もそうでしょ?環に何も話してなかったよね?」
凜は大きく頷く。
「環が心配するのもわかってたけど、話す選択肢はなかった。環に関わって欲しくなかった。環に何かあったら絶対に嫌だから」
そう、とアキは頷く。
「なのにちいは奥さんが来るのを待ってたんだよ。絶対俺の奥さんが見つけてくれるって。なぜなら、俺の事大好きだからって。すごいよね?」
環は吹き出した。
「すごい。確かにすごいよ」
凜も笑った。
「奥さん、意識なくてびっくりしちゃってるかもしれないけど、ちいが奥さん手放すって僕には考えられないかな」
アキのつぶやきに凜も環も大きく頷いた。
「おはようございます」
病室に入って来た四葉はその朋也の清々しい笑顔に目を細めた。
昨日の動揺した瞳はもう存在していなかった。
「よく眠れたみたいだな」
「ええ。三葉と一緒ならすごく良く眠れるんです、いつも」
「それに気づいたか?」
「はい」
しっかりと四葉を見据えるその目はもう何の怯えも不安もないようだ。
「三葉は俺が日本でちゃんと看ます」
敬礼するかのように背筋を正してから朋也は深く頭を下げた。
「俺に三葉を託して下さい」
四葉は何も言わず下げたままの朋也の後頭部を見つめていた。朋也もその姿勢を保った。
「わかった。お願いするよ」
短いが長い沈黙を四葉は破った。
わかっていたことだ、そうでなくては三葉が目覚めることなどないのだから。だが、思った以上に自分の心が重くなったことに驚いた。数日行動を共にしただけだったのに、こうまで離れがたく思うとは思わなかった。
四葉は眠る三葉の枕元に寄った。
本当にただ寝ているようだ。
「三葉、また来るよ」
優しく頬を撫でた後、四葉は部屋を出ていった。




