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翠三葉(あおいみつは) は 翠朋也(あおいともや) で出来ている  作者: 椛こま


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翠三葉は翠朋也で出来ている 

 

 凜が目覚めて半日が過ぎた。

 アキには凜と光咲と再会できたことが夢のように思えた。

 二人は何も聞かなかった。

 ただ、ただ、元気でいてくれて良かったと涙を流した。

 凜は、会いたかった、ずっと会いたかった。

 ただ、それだけを繰り返した。

 一旦退室した環が戻ってきて、凜の身体の具合を簡単に説明した。強い睡眠効果のある薬を打たれ眠らされていたが、その薬からの身体への影響はあまりないとの話だった。だが、相当量の血液を抜かれたらしく、ひどい貧血になっているので当分入院が必要とのことだった。

 凜の輸血は簡単ではない、自分自身で血を補うしかないそうだ。

 でも、おとなしくしていればいいだけだからと、環は笑った。

 その言葉と笑顔がアキと光咲をとても安心させた。

「ありがとう」

 アキは環に頭を下げた。

 環は「私の仕事だし、万が一輸血が必要となったら、どんなことをしても血液を手に入れるから安心して。主治医としてだけじゃなく恋人として信頼してくれていいわ」と胸をそらした。

 凜の信じ愛する人が女性であることに何の驚きもない。

 むしろ、恋愛関係を築けていることの方に驚いた。

 アキはまた、

「ありがとう」

 と言った。他にこの気持ちを表す言葉が見つからなかった。

 環は、まあまあと手を振って応えた。

 環と美咲を部屋に残し廊下に出たアキは、辺りを見渡し誰かを探した。

 その人物野坂仁は、廊下の先の簡易的な待合席に座っていた。

 近づいても仁は気づかない。アキは目の前に立ち、下を向いて考え事をしている仁をしばらく眺めた。

 やっと自分に落ちた影に気づくと、仁はゆっくりと顔を上げた。

「アキ」

「仁さん」

 二人は見つめ合った。

 アキは視線を離すと、仁の横に静かに座った。

「ありがとう、二人を救ってくれて」

 前を向いたままアキはしゃべった。

「ありがとう、僕に気づいてくれて」


 なぜ自分がアキに興味を持つようになったのか仁自身も切っ掛けはよく覚えていない。

 何度かただすれ違っただけの少年を仁はいつからか探すようになっていた。

 ほとんどの時間をアトリエで過ごす。時々買い出しに町に下りた。

 その少年はいつも早足で急いでいた。

 たまたま見かけることが何度か重なると、仁は気にしないではいられなくなった。もう一度会いたいと思い、前回会った時とまったく同じ日、時間に会った場所に行くと、少年に会えることがわかった。

 そして見かけると少年の跡を追った。

 何度か尾行して少年が一定のパターンで行動していることが分かった。

 ATMで金を下ろし、決まったスーパーマーケットへ行き、決まった物を買っていく。そして帰路に当たるのと思われる公園で水を飲んだ。

 そして山へ消えていく。

 なぜか絶対に引き留めて話しかけてはいけないような気がした。

 だから、更にアキを観察した。

 そして、アキが山から下りて来た時もその公園に立ち寄ることに気が付いた。

 山から下りて来たアキは公園で決まって手を洗った。

 網に入った石鹸をゴシゴシと塗りたくって手の皮が薄くなるぐらい丁寧に手を洗うのだった。

 仁はその石鹸の中に手紙を忍ばせた。

「わたしはのさかじんといいます。やまのアトリエでひとりでえをかいてすごしている、がかです。きみはなにかこまってはいないか?このてがみがよめたのならせっけんにきずをつけてくれ」

 まともに教育を受けているようには思えなかったから、手紙はすべてひらがなで書いた。それでも、伝わらないかもしれないと心配していたが、せっけんには目立つ傷がつけてあった。

 しかも、翌月には返事が差し込まれていた。

「ぼくはあき。やまおくでかいぶつとくらしている。たすけてほしいひとがふたりいます。たすけてくれますか?かいぶつはおそろしい、だから、とてもきをつけなきゃいけない、このことをだれにもいわないで」

 たどたどしい筆跡のその手紙から鬼気迫るものを感じた。

 次の月に「きみたちをたすけるためになにをすればいい?」と返事を書いた。

 そして、次には長い手紙が水場の底に張り付けられていた。拾い集めたのだろう色々な紙の余白を使って自分たちが取れると思われる行動がしっかりとした大人の字で書かれていた。

 アキが救って欲しいと訴えているひとの字だと分かった。

 前のやり取りでアキが絶対に欲しいと言っていたものが一つだけあった、それが睡眠薬だ。普通なら簡単に手に入る物ではないが、長くうつ病を病んでいた仁は運よくかなり効果の高いものをすでに持っていた。

 それとアトリエのある場所の詳細な地図を仁は水道に張り付けた。

 決行は大雨の日。

 仁が分かっているのはそれだけだった。

 仁は雨が降ると一歩もアトリエを出ずに待ち続けた。

 三人の親子がこの玄関の扉を叩く日を。


「私は若い頃に紛争地域に行ったことがあるんだ。高い志があったとかではまったくない、ただ興味を満たすためだけにね。自分の絵に足りないものを探しに、本当に軽い気持ちで別世界を見てみたい、非日常が日常になった世界とはどんなものなのか、ちょっとだけ覗かしてもらおう。そんな気分だった」

 仁は話していて自分の話に気分が悪くなったと言う様に顔をしかめた。

「そして、行った先で捕虜になった。自業自得の自己責任というやつだ」

 しかめた顔を歪める。

「暴力からくる恐怖、変えられていく価値観。恐ろしかった、毎日が恐ろしかった。運よく三か月ぐらいで多国籍軍に助けられて、生きて帰ってこれた」

 初めて仁はアキの方を向いた。

「アキをあの町で見かけた時、同じだと思った。あの時の私だと」

 アキの手を握る。

「アキ、私に君たちを救わせてくれてありがとう、光咲と凜を連れてきてくれてありがとう。君たちを助けて、私はやっと生き続けることが出来るようになったんだよ」

 顔も知らなかった、声も知らなかった、ただ僕を見つけてくれた人。

 アキはその大きく温かい仁の手を握り返して、何度も「ありがとう」を繰り返した。


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