翠三葉は翠朋也で出来ている
朋也はごく普通に目覚めた。
むしろ良く寝た時の爽快感すらあった。
だから、すぐに目に入った人物沢口に声を掛けた。
「攫われた子たちは無事ですか?今井はどうなりました?」
寝ていると思っていた者からいきなり話しかけられ、沢口の方が驚いた。
「起きたのか?身体は大丈夫か?」
朋也はベッドから簡単に身体を起こした。
「大丈夫です」
はっきりと答える。
「それで、どうなったんですか?」
意気込む朋也に沢口は落ち着けとペットボトルを差し出した。
差し込まれたストローを外して朋也は水を飲んだ。
「今回攫われた人たちはみんな救出した。今井はまだ見つかっていない。今井の唯一の部下に安田という男がいたんだがそいつが死んだ。その安田が何度か通っていたマンションがあったんだ。そこに今井がいると踏んでいたんだが、そこに今井がいない」
簡単だが、それが事件の全容だった。
「俺と一緒にいた男は?」
「ああ、アキか。彼のほうが先に目覚めた。お前は丸まる二日寝てたんだ。アキは野坂さんも無事だったから、すぐに会いに行ったよ。野坂さんの家族も来て、あそこは良かった」
沢口の顔に微かに浮かんだ笑みは、一瞬で消えた。
「お前たちが発見されたのは奇跡に近い」
沢口の口調が明らかに堅くなった。
「クローバーちゃんががんばったからだ」
朋也はやっとそのことに気づいた。
自分が助かっているのにここに三葉がいないことに。
嫌な予感がする。
急に心臓が視えない手に掴まれたようにギュッと縮んだ。
三葉に何かある訳がない。
朋也は自分に言い聞かせた。
「三葉に何かあったんですか?」
「死んだよ」
朋也の質問にかぶるように答えが返ってきた。
朋也は条件反射のようにその声の主を見た。
三葉と同じ顔と声を持つその人を。
「・・・四葉?」
なぜ、四葉がここにいるのか、そして四葉の放った言葉の意味も朋也に理解できなかった。
「三葉が死んだ・・・?」
頭の中が真っ白になり何も考えられない。意味が分からなかった。
朋也の顔は蒼白に変わり手が震える。
「朋也さん、死んではいないよ」
四葉を押しのけるように環が入室してきた。
環はベッド脇の椅子に座った。朋也と視線を合わせる。
「死んではいない、だけど三葉は意識不明の重体だ」
「意識不明?」
「そう、植物状態。意識が戻るかはまだ分からない」
朋也の瞳が揺れ視線が外れる。
環の横に四葉が並んだ。
「死んではいないが、お前は死んだと思ってくれていい」
四葉のその発言に、環も沢口も眉を顰める。
「何で、そんなことを」
「三葉はアメリカに連れて行く。今後は向こうで治療を受ける。手配済みだ」
きっぱりとした答えだった。
「三葉を?アメリカに連れて行く?」
「そうだ」
四葉は屈んで朋也を見据えた。
「お前の身体に異常はない。お前は健康だ。すぐにでも仕事に復帰できる。今井も捕まっていない。お前、三葉を看れると言えるか?私がアメリカで看たほうが絶対に有益だ、私たちは二人きりの姉妹だからな」
朋也は何も言えなかった。
四葉の言葉に圧倒されたのもあるが、四葉の言葉は真実を捉えていた。
四葉は震える朋也から答えを得た。
「お前にはやり遂げたいという強い信念と追い求める理想があると聞いた。それは三葉よりも重いものだろう。動けなくなった三葉はもうお前を支えることはできない、手放していい。元々三葉が懇願して一緒になったのだろう、三葉にはお前が絶対に必要だったからな、でもお前は違う。三葉も十分理解していたはずだ。だから、負担に思うことも罪悪感を感じることもなくていい。死んだと思って手放してくれてかまわないんだよ」
それは四葉の偽りない本心だった。
「安心してくれ、私には三葉に最高の医療を提供できるコネクションも財力もある」
四葉は朋也が心では認めているのに承諾の返事をしないのは四葉の近況を知らないからだと思った。
それでも、朋也は動かなかった。
「少し、考える時間をやってくれ」
見かねて沢口が間に入った。
真っ白い顔をして震える拳を見つめて動かなくなった部下を見ていられなかった。
「目が覚めたばっかりだ。朋也もいきなりそんな話を聞かされても答えを出せない」
「私からもお願いするわ。まだ、三葉にも会ってもないし」
環も頭を下げる。
環が黙って四葉の話を聞いていたのには理由があった。
三葉の容体が確定した時に四葉と話をしていたのだ。その時すぐに四葉は朋也にも言ったように、アメリカに連れて行くと即答した。
環は三葉が朋也をどれだけ必要としていたかを理解している唯一の友人だと自負していた。
だから、もちろん反対した。
朋也がいなければ三葉が目覚めることはないと確信していた。
三葉は朋也で出来ている、言葉を尽くしてそう説明した。
四葉もそれは理解していた。
「だが、仕事に復帰した朋也が三葉の側にいることは不可能だろう、何か月も一人でいるなら、私がアメリカで看たほうがよっぽどいいと思う。三葉が朋也を傍に感じる様子を見た、疑似朋也を作りだすことは可能だ」
その言葉には説得力があった。
「でも、まず朋也さんの意志を確認してから決めましょう」
環は食い下がった。
環は話を聞いた朋也が四葉の言葉を否定すると思っていたのだ。だが、結果は違った。朋也は迷ったのだ。
それが、朋也が三葉の愛を軽んじているわけではないと言う事は分かっている。三葉のことを一番に考えたからこそ、三葉の目覚める可能性を考えたからこそ迷ったと分かっている。
でも、心情的に環は即答で否定して欲しかったのだ。
「自分が三葉を看る」と言い切って欲しかった。
三葉がどれだけ朋也を好きだったかを知っている。一番近くでずっと見てきたのだ。三葉がそれを求めないのも分かっているでも、環は裏切られた気分になった。
だから、すぐに二人の間に割って入れなかったのだ。
考える時間を貰った朋也が出す答えを聞くのが怖かった。
「わかった。もう少し待とう」
四葉はそれだけ言うと部屋を出て行った。
環と沢口は朋也を見た。でも、朋也が視線を上げることはなかった。




