翠三葉は翠朋也で出来ている
頭が重い。
凜は顔をしかめ、僅かに首を動かす。
瞼に光を感じながら、薄目を開き瞬きをした。
傾けた瞳の先に伏せて寝ている誰かがいる。
「たまき」
そう呼んだが、喉が張り付いたようで上手く声が出ない。
でも環は微かな凜の動きに顔を上げた。
「凜」
弾けるような声だった。
「凜」
もう一度名前を呼ぶと環の目から涙が溢れた。
凜が伸ばそうとした手を掴むと、自分の手で包んだ。
涙が止めどなく溢れている。
凜はその涙を止めたかった。でも環に包まれた手は動かすことが出来ない。
「ご、めん、ね」
何とか声を出す。
環は「うん」と頷き、「ううん」と首を振った。
この場所に戻ってこれて本当に良かった、凜は急に安堵し、生きている実感に包まれた。凜の目からも涙が溢れた。
環が手を放し額を寄せる。合わせた額はお互いの熱を伝えた。
「環、あったかい」
温かさは凜にとって生きている意味だった。
「たまき」
まだ、上手く声が出せない。
環が吸いのみを口に運んでくれた。乾いた唇、喉が潤っていく。
「環、私・・・」
凜はこれまでの経緯を話そうとした、でも、上手くまとめる事が出来なかった。こうして病院にいるのだから、自分は悪の組織から救われたということだ、でもなぜ自分が攫われることになったのか、そのことを一から話すのは簡単ではなかった。
それでも、凜はアキがどうなったのか知りたかった。
「環、男の人、アキっていう男の人いた?」
そもそも自分の賭けが当たり、自分を攫った組織とアキが繋がっていたのかも分からないのだ。
こんな曖昧な質問に環が答えられるはずもない、凜は言葉が続かず唇を噛んだ。
「お兄さんも助かったよ」
一瞬環が発した言葉の意味が分からなかった。
凜は大きく目を見張り固まった。
「凜と連絡がつかなくなってから、必死で凜を探した。三葉も巻き込んで」
環は凜が理解する間を置いてから言葉を繋いだ。
「憶測しかなかったけど、色々繋ぎ合わせて、凜の跡を追ったの。お兄さん、竜さん、朋也さん。朋也さんにたどり着いたところで警察にも連絡して、大きな捜査になった。結果、凜も今回攫われてた若い子たちも、お兄さんも救出されたのよ」
また、凜の目から涙が溢れた。
環は指先でその涙をそっとふき取った。
「待ってて。凜の目が覚めったて伝えてくるから」
病室を出ていく環の後ろ姿を見送ると、また涙が溢れる。
アキを見つけてからの数か月がフラッシュバックする。自分の常軌を逸した行動の数々が冷静に思い出される。
「兄さん」
兄さんが見つかった。
バカな事にかしなかったのに、ちゃんと見つかった。
「よかった、兄さん」
凜は顔を覆ってむせび泣いた。
「凜」
その懐かしい声を忘れたことはなかった。
凜は力の入らない身体で必死に向きを変えた。
ドアから車いすに乗ったアキを押しながら光咲が入って来た。
「兄さん、母さん・・・」
凜は必死に手を伸ばす。
アキもつんのめるように車椅子から降りるとその手を掴んだ。
光咲も駆け寄る。
凜を両側から抱きしめて三人は一つになった。
病室のドアの外で野坂仁はそれを見つめていた。
「入らなくていいんですか?」
環が声を掛ける。
仁は静かに首を振った。
環も仁の横に並んで、部屋の中の冒しがたい美しい光景を見つめた。




