翠三葉は翠朋也で出来ている
その場所は想像以上に大きかった。
コンテナだけではなく、破棄された多くの車もある。
それが何百、いや、何千と積まれている。
四葉はその光景に息を飲んだ。
朋也とアキがどんなコンテナに積み込まれたのかも分からない。コンテナではない可能性すらある。
コンテナだとして空気は持つのか?そもそも生きているのか?
四葉の横でナオも口を開けたまま突っ立っている。
絶望に囚われた二人に三葉は蹴りを入れた。
「何してんの?車動かして」
この車には四葉の会社の特別な集音機が積み込まれている。三葉はヘッドホンを嵌めていた。
「あのコンテナの山のすぐ側まで行って」
三葉の言葉にナオと四葉は動き出した。
近づけば近づくほど山の大きさがわかる。そそり立つその鉄の塊は巨大だった。
「外に出る」
それだけ言うと、三葉は助手席の窓から車の屋根に上った。
四葉も一緒に屋根に上る。
二人ともヘッドホンを嵌めている。
「四葉は音、どのくらい拾えんの?」
「何か特定の音に絞らないで音を拾うとかえって聞こえ過ぎて雑音になる。でも、呼吸音に絞ってもこの状態で聞き取れるかは分からない」
「物音、鉄を叩く音に絞って」
もし、そんな体力が残っていて朋也たちが何らかの音を出していたら二人を見つけ出す可能性はずっと大きくなるだろう。
「わかった」
頷くと、四葉は自分の中の否定的な考えを追い払った。
だが、四葉は自分の作業に集中できなった。
隣の三葉を包む空気が変わったからだ。
事務所で見たものの、それ以上の集中力。空気が研ぎ澄まされて三葉の周りに集まって行く。
力の開放。
博士が話してくれた、二人の姉たちの話。
100パーセント近く脳を稼働することが出来ると何が起こるか。
「一種の超能力だよね。一葉も二葉も物を自由に動かすことが出来た。目の動き、呼吸の音、心拍、から人の行動を読めたから、人の心が分かるようだった。でも、人の身体の作りは脳よりずっと弱い、脳の働きを自分でコントロールできなかった二人の身体はすぐに壊れてしまった」
四葉は三葉を止めようと手を伸ばした。
でも、その手は三葉に届かない。近づけないのだ。
「三葉、止めろ」
三葉の髪の毛が逆立っていく。
ビリビリと空気が揺れ、振動が伝わる。
目を閉じていた三葉がカッと目を開いた。
「朋也さん」
鼻から血が流れだす。
「ともやさん」
目からも血が流れだす。
「三葉、止めるんだ」
四葉は足を踏ん張った。ありったけの力で踏みしめていないと倒れそうだった。
「いた」
ヘッドホンを投げ出すと、三葉はバネ仕掛けの機械のような素早さで車を飛び降りた。
反動で四葉はその場に倒れ込んでしまった。手足に上手く力が入らずすぐには動けなかった。
「ナオ、追って」
四葉の声と同時にナオが運転席から飛び降りた。
「おい、あきお、聞こえているか?」
もう何時間も前から隣のアキの床を叩いていた手は止まったままだった。朋也自身もアキに声を掛けては薄っすらの動く瞼を確認しながら、何度も意識が途切れている。
「あきお、聞こえてるか?」
二度目の声に今度は少し瞼が開いた。
朋也は安堵の息を洩らす。
アキが何かを言おうと口を動かすが、カサカサに乾いた唇はくっついてしまって中々開かない。
ピりっと裂けた音と共に、ほんの少しだけ唇に隙間が出来た。
「りん、た、すかった、かな」
とぎれとぎれの微かな声だ。
「ああ、助かったさ」
アキは言葉を出そうとしたが、もう声にはならなかった。息が僅かに口から洩れる。
「俺たちも助かるさ」
アキの薄く開いた瞳が「なんで、そんな自信があるんだ?」と聞いてきた。
「わかるさ。俺の奥さん、俺のことすっごく愛してるんだよ」
アキの瞳が笑う。
「だから、頑張れ。絶対に三葉が俺たちを見つけてくれる。だから、あきお、絶対にあきらめんな。凜さんにちゃんと会おう」
朋也は残った力全部を腕に込めて手を動かし、アキを揺すった。
「目を閉じるな。あきお、起きろ」
朋也にも、もう自分がちゃんと動けているのか分からなくなっていた。手の感覚も、発している言葉も、見えている物も全部夢のような気がする。
「三葉、夢なら、三葉に、会いたい」
ガガガガガガッという大音響と共に、突然朦朧とした瞳の中に強烈な光が差し込んできた。
俺、死んだのか。
遠のく意識の中で朋也は光の中を見た。
三葉がいる。
光の中で顔中血まみれの三葉が、何か叫んでる。
「み、つ、は」
朋也は手を伸ばした。
何で血まみれなんだよ、三葉はいつも予想外だな、そんなとこが大好きだけど・・・。
朋也の伸ばした手は三葉には届かず、床に落ちた。
凄いスピードだった。
身体を鍛え始めてから、ナオもよく走るようにはなった。でも、ナオの走るというのは持久力を鍛えるためのものであって、瞬発力、スピードに重視したのものではなかった。
見る見る三葉との距離が拡がっていく。
ナオは見失わないために必死に足を動かした。
目の前にあった、コンテナの山を過ぎその角を曲がり、三葉は走っていく。
距離にしたら300メートルはなかったのかもしれない。
三葉は急に止まると、コンテナを上り始めた。
どこにそんな瞬発力があるのだろう。三葉は猿のようにビョンビョンとコンテナを登っていく。
そして三段目のコンテナの扉にしがみ付いた。
片手で上部の窪みにつかまり、閂を外す。
ギギーという金属音と共に閂が外れ、そのままの体勢で三葉は片手で扉を引いた。片方だけしか動かせないのでバランスが悪いのか扉はなかなか開かない。
ナオはやっと追いついたが、三葉のような離れ業が出来るわけがなく、ただ見上げる事しか出来なかった。
この体勢では扉が開かないと判断した三葉はぶら下がった状態から足を上げ、扉を踏みしめた。また、扉を引く。
正しく力が伝わり、ガガガガガという騒音と共に扉が開いた。
三葉が吸い込まれるようにコンテナの中に消えて行った。
「ナオ」
呆然と上を見つめているナオの肩を四葉が掴んだ。
一緒に他に捜査官が来ている。
後発の捜査官たちが追いついたのだ。
「三葉は?」
ナオは一つだけ扉が開いたコンテナを指した。
「あそこ」
四葉は頷くとすぐに行動に移り、ガタイの良い捜査官を並べた。
「ナオ、行けるか?」
ナオは頷くと、少し屈んだ捜査官の二人の背から肩に乗った。捜査官たちが慎重に立ち上がる。
手がコンテナの淵にかかる。ナオの腕の力と支えてくれていた捜査官の押し上げる力でナオはコンテナの中に這い上がった。
「三葉さん?」
立ち上がったナオの目に朋也の上に重なるように倒れ込んだ三葉が映った。




